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「ちょっと待ってよ、ルフェ。あんまりじゃないか。僕たちは上司と部下の以前に、旧知の仲じゃないか。友人は一緒に出かけるものだろう?」
「ええ、ミシャと遊びに行くことはあります。でも毎週末予定を合わせて遊ぶことはありません。」
「じゃあ。毎週末じゃないなら良いの?どのくらいの頻度なら良いの?2週間に1回?」
ルフェルニアはユリウスを撒こうと可能な限り早歩きをしているつもりなのに、ユリウスはゆったりとした歩調で追いついてくる。
「私には、そんな短スパンで定期的に会うことを約束している友人はいません。何か一緒にしたいことがあったときに一緒に出かけるだけです。」
「じゃあ、ルフェの好きなパティスリー・アンジェロに行くのは?
それか新しく始まった観劇を見に行くのはどうかな?
君の出張の買い物に付き合うのだって"何か"じゃないの?」
「アンジェロの今月の新作が出るのはまだ先です。
その観劇はミシャといつか見に行く約束をしています。
出張の買い物は"一緒に"じゃなくひとりで事足ります。」
(私の意思は固いんだから!私のことをフッたのに、どうしてこんなに会うことにこだわるの!?)
ルフェルニアはユリウスの掌で転がされることが多かったが、ルフェルニアの意思が固まっているときに、ユリウスが無理強いをしてくることは絶対になかった。
だから、ユリウスがいつになく反論してくることが不思議で、思わず足を止めた。
「ねぇ、ユリウス様、」
「ユリウス様、お話し中のところ申し訳ございません...。」
ルフェルニアがユリウスに向き直り理由を問おうとしたとき、廊下で出くわした男性が居心地悪そうに話しかけてきた。
どうやら、ユリウスを探していたようだ。
「...なんだい?今、取り込み中なんだ。」
ユリウスが冷たい目で男性を一瞥すると、男性の体が一瞬で硬直した。
ユリウスはとても美しいが、それ故、その美しい切れ長の瞳が冷たい色を持つととても恐ろしくもあるのだ。
ルフェルニアはその視線を受けたことがないが、このユリウスを見ると傍らで一緒に縮み上がってしまう。
「も…申し訳ございません…。ただ…騎士局長がお呼びでして…。
急遽決定した魔獣討伐に、ユリウス様のお力添えをいただきたく…。」
魔獣は魔法を使う、野獣の総称だ。
確か今日、西の方で農作物が魔獣らしきものに荒らされ、甚大な被害になっていると報告が上がってきていた。
魔獣は知性が高く、魔法を使える分、普通の野獣の駆除と比べて厄介なため、騎士局や魔法局が魔獣の性質に応じて適正な人員を派遣して討伐を行うことが一般的だ。
ユリウスは武官ではないが、魔法の扱いに長けていることに加え、剣の扱いも上手いため、植物が関与する魔獣の被害には、無理やりこじつけられて討伐に参加させられることが多々ある。
今の騎士局長が第三王子のアスラン殿下であることも理由のひとつだろう。
ユリウスもまた、被害にあっている状況を見捨てることもできず、その依頼を毎回受けていた。
男性の急いでいる様子を見るに、明日には討伐に発つことになりそうだ。
「...わかった。」
ユリウスはしぶしぶ頷くと、先ほどまでの冷たい目が嘘のようにルフェルニアに優しい目を向けた。
「ルフェ、申し訳ないけれど、見送りはできないかもしれない。
気を付けて行ってくるんだよ。ルフェの荷物に、僕の鷹を1羽積んでもらうことにしているから、何かあったときはそいつに手紙を渡してね。」
ミネルウァ家は手紙の輸送によく訓練された鷹を使う。
どこにいても風のような速さでユリウスのもとへ帰るよう躾けられているという。
(鷹を預けてくれるなんて聞いていなかったけれど...、何があるかわからないし、ありがたくお預かりしよう。)
「ありがとうございます。ユリウス様も、お気をつけて。」
魔獣の討伐には危険がつきものだ。
ルフェルニアはユリウスの無事を願ってそう告げる。
「ありがとう。それから、先ほどの話は君が帰ってきてからゆっくり話し合おうね。」
(この流れで忘れてはくれなかったのね...。)
ユリウスが会いたいと思ってくれていることは嬉しい。
でも、ずっと今迄みたいに過度に仲の良い友人でいては前に進めないのだ。
ルフェルニアは何とも言えない表情でユリウスを見送った。




