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社交界から離れたルフェルニアはミシャの力を借りながら、さらに学業に励み、入学当初よりはずっとましな成績をおさめるようになっていた。
ルフェルニアは無事、学園の最終学年を迎え、当然のようにユリウスと同じ研究科を選択したが、進路についてはずっと悩んでいた。
「ルフェは、卒業後どうする予定?」
今日は、休園日にユリウスのお休みが重なったため、ルフェルニアが最近見つけたお気に入りのお店、パティスリー・アンジェロに季節限定のケーキを2人で食べに来ている。
パティスリー・アンジェロは月ごとにシーズナルメニューが出るので、その度にユリウスが一緒についてきてくれるのだ。
ルフェルニアは丁度悩んでいたことを聞かれて、ユリウスには自分の心のうちが見えているのではないかと思った。
「どうして?」
「だって、今日のルフェはケーキを前にしても表情が固いままだよ。この時期だから、進路に迷っているのかと思って。」
「…うん、少し迷っているの。私には弟がいるし、両親も無理に家格を上げようなんて考えのない人たちだから。卒業して数年は、自由にしていいと言ってもらえているけれど、ありがたい一方で、逆に悩んでしまうわ。それに…、」
ルフェルニアは言葉を詰まらせる。きっとこの先の発言は学園への進学を進めてくれたユリウスをがっかりさせてしまうと思ったからだ。
「うん、それで?」
ユリウスが優しく促すので、ルフェルニアは俯きがちに言葉を続けた。
「研究科で勉強してみてわかったけれど、私は研究者になりたくても、なれないわ。何のために、何を解明したいのか、その解明した事象が他の何に役立つのか、すごい人は次から次へとアイディアとその解明に至るまでのプロセスを幾通りも考案するわ。私はその過程の中でいくつかサポートをすることはできても、自分だけで研究者として成り立つ姿が想像できないの。」
ルフェルニアは以前からこの劣等感に苛まされていた。入学に推薦してくれた学園長にも、申し訳が立たないと、自己嫌悪に陥っていたのだ。
ただ、ユリウスが王立学園への入学前に掲げていた”病気で苦しむ子を救ってあげたい”という志については、ルフェルニアも同じ思いでいた。このまま王都で頑張りたいが、その能力がない。ルフェルニアは歯がゆい気持ちを抱えていた。
「そっか。ルフェ、もし君が研究者になりたいなら、僕は応援するよ。でももし、研究者としての道に拘らないのであれば、植物学とのかかわり方は別にも色々あるさ。」
ユリウスは、ルフェルニアの予想に反して全くがっかりする様子を見せなかった。
「授賞式のときにいた、ベンジャミンのことを覚えている?」
「ええ、もちろん。サムエルのお兄様だし…。」
「まだオフィシャルではないけれど、僕は来年から少し役職が上がるんだ。そのタイミングでベンジャミンには僕の補佐官になってもらう予定で、研究所から植物局付きに異動になる。」
「そんな!ベンジャミンさんは重要な論文を纏められて、研究者としても大成していたのに…。」
「世間一般で見ればそうだけれど、本人はずっと自分のことを研究者に向いていないと思っていたみたいだよ。彼の植物学の知識に加えて、あの情報収集能力と、調整能力は政治的な部分にとても役立つと思って、打診したんだ。確かに、新しい成果を生み出すのは研究者だけれど、その成果を正しく世間に利用、普及するためには政治的な配慮も必要不可欠なんだ。だから、植物学に関わるとしても、その道は研究者だけではないよ。」
ルフェルニアは目から鱗が落ちた。研究者になるか、実家に戻ってすぐに嫁ぐか、両者択一だと思っていたのだ。
学園への入学の時もそうだったが、ユリウスはいつもルフェルニアの世界を広げる後押しをしてくれる。
「ユリウス、ありがとう。」
ルフェルニアがすっきりした面持ちで言うと、ユリウスは満足そうに笑って頷いた。




