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暫くしてルフェルニアは我に返ると、慌ててユリウスから手を離した。
そしてユリウスの手を振りほどいて、向かいの席に移動しようと腰を上げる。
「わっ!」
揺れる馬車の中で不安定になった体が、少し引っ張られたような感覚がした。
次の瞬間、ルフェルニアはユリウスの膝の上に横向きに座るような形になっていた。
「ルフェ、走行中の馬車の中で動くのは危ないよ?」
「今のはユリウスが引っ張ったから…!」
(ユリウスの距離感はおかしい…!!!!)
ルフェルニアは、おなかの前で手を組まれてしまっているため立ち上がることができない。
それに足も床につかないため、全体重をユリウスに預ける形になってしまっており、上半身はユリウスの胸で支えられている。つま先を可能な限り伸ばしたが、先っぽしか床につかなかったので、ユリウスへの負荷は大して変わっていないだろう。
「ちょっと、離してよ…。」
ルフェルニアは恥ずかしさのあまり力なく言うと、ユリウスがくすくすと笑いルフェルニアの鼓膜を震わせた。
(もう、すべてが恥ずかしい…!!)
好きだと自覚したせいかルフェルニアはいつになく気恥ずかしく思ってしまう。
令嬢たちに怒られる責任の一部はユリウスにあるに違いない、ルフェルニアは責任を転嫁すると先ほどまでの落ち込んだ気持ちが少しだけ軽くなった気がした。
「子供のころ、君は嫌がる僕を離してくれなかったじゃないか。」
「それは、ユリウスを女の子だと思っていたから…!」
ルフェルニアはユリウスの腕を逃れようと動いたが、動いたら動いたで、体同士が擦れるのが猛烈に恥ずかしい。ついに、ルフェルニアは膝の上でじっとしていることに決めた。
「そういえば、ルフェは王宮のスイーツを楽しみにしていたよね…。ごめんね。今度の週末に家へ遊びにおいで。王都中から美味しいスイーツを集めておくよ。」
ユリウスはルフェルニアが甘いものが大好きなことを知っており、本当に申し訳なさそうに言うので、ルフェルニアは思わず笑ってしまった。
「ううん、大丈夫。実はサムエルが庭園に全種類を持ってきてくれたの。いつか甘いものでおなか一杯になりたい、っていう私の夢を叶えてくれたのよ。」
これを聞いたユリウスは、ルフェルニアの前に回した手にぎゅっと力を込めて、顔をルフェルニアの頭に付け、口を閉ざしてしまった。
(ちょっっっと!!…ユリウスは私のことをテディベアか何かだと思っているのかしら!?)
ルフェルニアは更なる接近に心臓が口から飛び出そうなほど緊張していたが、ユリウスが急に黙ってしまったことを心配した。
「…どうしたの?」
「自分が離れたからいけないってわかっているけど…。でも、ルフェの夢はどんな些細なものでも僕が叶えてあげたかった。」
「そんな大げさな…。」
ルフェルニアはため息をと共に言葉を吐き出しながらもある考えに行きついた。
(これって…、もしかして…、ユリウスも私のことが好きなのかしら…?)
ユリウスはルフェルニアを一番大事だと言うし、前々から感じていたが、距離感が異様に近い。アスランの口ぶりでは、夜会で他の令嬢と踊ることすら無かったようだ。それに、ユリウスはローズマリーに「変な噂を流されて」と言っていたので、きっと付き合ってはいなかったのだろう。
ルフェルニアは先ほどまでの恥ずかしさとは別の意味で心臓がドキドキするのを感じた。
「大げさなんかじゃないよ。だって、ルフェは僕の大事な“お友達”だからね。」
ルフェルニアからスッと表情が消える。心拍数も一気に通常時に戻ったようだ。
「お友達って…、ユリウスは他のお友達とも馬車でこうやって座るの…?」
「お友達はルフェしかいないよ。」
ユリウスはルフェルニアの髪に埋めていた顔を上げて、ルフェルニアの頭の上に顎を置くと言葉を続けた。
「ルフェは学園でお友達を作っているみたいだけれど、一番のお友達は僕のままにしてほしいな。」
「…ハハ、ウン、ワカッタ。」




