38
帰りの馬車の音がちらほらと聞こえてきたころ、大皿に載ったスイーツはすべて無くなっていた。
「たくさんあると思ったけれど、食べきれちゃったね。」
「ルフェ、甘いものなら無尽蔵にいけるって前に言ってたもんな。」
すっかり暗がりに慣れた目でルフェルニアとサムエルは目を合わせて笑いあった。
「おなかいっぱい。いつか甘いものでおなかいっぱいになりた~いっていう夢をまさかデビュタントで叶えちゃうなんて。」
「いい思い出になりそうか?」
「うん、ありがとう。甘いものでおなかいっぱいになれた日って、覚えておくね。」
ルフェルニアとサムエルはしゃがんでいて凝り固まった体をぐぐっと伸ばすと、会場に足を向けた。
「帰りの馬車はどうする?」
「お父様とお母様の馬車に乗せてもらおうと思うから、大丈夫。ありがとう。」
「そう?じゃあ、両親に会えるところまでついていくよ。」
サムエルはルフェルニアがまた令嬢に絡まれないように気を使ってくれているようだったので、ルフェルニアはその申し出をありがたく受け取ることにした。
会場に戻り、両親を探そうとルフェルニアが会場の灯りに目を細めていると、急に強い力で腕を引かれた。
「ルフェ!どこに行っていたの!?」
引っ張られた腕の先を見れば、ユリウスが焦ったような顔で立っていた。いつもとは違って露になっていた額には汗が滲んでいる。
「ごめんなさい、ちょっと庭園で涼んでたの。」
ルフェルニアが目を合わさずに返すと、ユリウスの腕を握る力が少し強くなった気がした。
「サムエル君、ルフェと居てくれてありがとう。でももう良いよ。」
ユリウスはサムエルに目線を動かすと冷たく言い放った。
「いえ、ルフェが両親と合流するまでついていくと約束したので。」
「ルフェは僕の馬車で帰るから大丈夫。」
「でも…、」
「サムエル、ありがとう。大丈夫よ。」
ルフェルニアはユリウスが苛立っているのを感じて、言い返そうとしてくれるサムエルを止めた。ユリウスは公爵家で、サムエルは男爵家。トラブルは避けた方が良い。ルフェルニアは小さいときの癇癪を除いては、穏やかなユリウスしか見たことが無い。しかし、今は周りを魔法で凍てつかさんばかりの勢いだ。
サムエルがなおも心配そうな表情でルフェルニアを見るので、ルフェルニアは安心させるように微笑んで見せた。
「また、明日。学園でね、サムエル。今日は本当にありがとう。」
「…わかったよ、じゃあな。また明日。」
このやり取りすら気に入らなかったのか、ユリウスは2人の挨拶が終わるやいなやルフェルニアの肩を抱いて出口へと歩みを進めた。
「…大人しくしていると言ったのに、ごめんなさい。」
ルフェルニアは、自分が突然いなくなったから、エスコートをしてくれたユリウスが怒っているのだと思った。
項垂れているルフェルニアを見たユリウスは、歩みを止めてルフェルニアに向き合い両手をとった。
「ううん、ごめんね。ルフェは何も悪くないよ。僕が離れたのがいけないんだ。自分が不甲斐なくてついこんな態度になっちゃって、…ルフェ、泣いたの?」
ルフェルニアの瞳をユリウスの指が優しくなぞった。
「ちょっと目をこすっちゃっただけ。」
「嘘。ルフェルニアの嘘は、僕にはすぐわかるよ。ことの次第は周りの人から聞いたよ。」
そう言って、ユリウスがルフェルニアから視線を外し、ある1点を睨む。
ユリウスのこんなにも冷たい視線を見たことがなかったルフェルニアは、思わずその視線の先を追って、驚愕した。
ローズマリーがストロベリーピンクの瞳を真っ赤にしながら泣いていたのだ。
その周囲に先ほどまでいた令嬢たちはひとりもいない。
ローズマリーはマルキンス侯爵夫婦に支えられながら会場の出口へ泣きじゃくりながらも足を進めている。
ユリウスとルフェルニアも同じく出口へ足を進めていたため、自然とマルキンス侯爵夫婦と目が合う。マルキンス侯爵は気まずそうにユリウスへと話しかけた。
「この度は、愚娘が何やら御迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません。」
「私へ謝ってほしいわけじゃないし、貴方に謝ってほしいわけでもない。」
暗にローズマリーがルフェルニアに謝るよう告げるが、当のローズマリーは泣きじゃくっていて謝る気配はない。
「泣いたら許されると思っているのか。もう二度と私のルフェにも、私にも近寄らないでくれ。変な噂も流されて、本当に迷惑していたんだ。」
ユリウスは凍てつくような冷たい声で言うと、再び出口へと足を進めた。
ルフェルニアはローズマリーの様子が気になって少しの間目で追っていると、ローズマリーが顔を上げた。
ローズマリーは涙に濡れた悲痛な面持ちで、口を動かした。
『 』




