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ユリウスは宣言どおり、ルフェルニアから一時も離れなかった。
暫くはミネルウァ公爵夫婦とシラー子爵夫婦と共に挨拶に来る人と顔を合わせていたが、ユリウスが毎回相手の爵位と名前をこっそり耳打ちしてくれるので、ルフェルニアはとても心強かった。ただ、挨拶の相手が令嬢を連れているとルフェルニアは毎回精神を削られるような思いになる。
ミネルウァ公爵とシラー子爵の仲は社交界でも良く知られているので、この場でサイラスに縁談をちらつかせるような貴族はいなかったが、令嬢たちは決まってルフェルニアを見て鼻で笑うと「今日は可愛い妹さんを連れているのね」と言うのだ。
それに対してユリウスが「そう、可愛いでしょう?」と言ってルフェルニアの腰を毎回引き寄せるので、ユリウスにくっついて緊張するやら、令嬢からの怒りの視線が痛いやらで、ルフェルニアの心拍数が上がりっぱなしだった。
それに、ユリウスが肩ではなく腰に手を回すので、引き寄せられるたびにルフェルニアの背中がユリウスの胸にぴったりくっついて、後ろから抱きしめられているような形になるのだ。ルフェルニアは挨拶が終わるたびにさりげなく少し距離を取ろうとするが、その度にユリウスに引き戻されていた。
ルフェルニアは、自分自身が緊張するのはもちろん、他人に見られるのも恥ずかしいが、何よりユリウスの両親とルフェルニアの両親に生暖かい目で見られるのが一番堪えた。ユリウスはそんな視線もお構いなしだ。
ミネルウァ公爵夫婦とシラー子爵夫婦と一緒に王族の挨拶の列にも並び、ひととおり挨拶が終わったところで、ワルツが流れ始める。
「ルフェ。今日、この場で一番可愛いお嬢さん。僕と踊ってくれますか?」
ユリウスがルフェルニアの前に跪いて手を差し伸べる。
ルフェルニアだって女の子だ、物語のヒロインに憧れはある。
正直なところ、ルフェルニアのタイプは勇猛果敢な騎士だが、このときのユリウスはさながら物語の王子様のようで、ルフェルニアは周りの目線が気にならないほど、ときめいてしまう。
「はい、よろこんで。」
ユリウスがルフェルニアの手を引いて踊りの輪の中に入ると、ルフェルニアの視界はユリウスで遮られ、この場にルフェルニアとユリウスしかいないような錯覚に陥った。
ユリウスの瞳はずっとルフェルニアだけを映している。それだけで、先ほどまでの挨拶の疲れが飛んでいくようだった。
1曲終わって、踊りの輪から抜けると、すぐに第三王子が近づいてきた。先ほど王族へ挨拶に行った際にはいなかったはずだ。
「ユリウス、踊れないなんてやっぱり嘘だったんじゃないか。」
第三王子のアスランはユリウスと同学年で、学園の同級生だ。ルフェルニアも手紙でそのことは聞いていた。
「最近、踊れるようになったのです。こちら、ルフェルニア・シラー嬢です。」
「第三王子、アスランだ。君のことはユリウスからよく聞いているよ。こんな夜会に全く興味はないが、今日は君が来ると聞いてね、会えて嬉しいよ。私は授賞式の日に会えなかったからな。」
「第三王子殿下に御挨拶申し上げます。ルフェルニア・シラーでございます。お目に掛かれて光栄です。」
ルフェルニアが緊張気味に礼を取ると、「そういうのはよいよい」とアスランは顔を上げるように言った。
「ここに来るまで、何人かに君たちの様子を聞いたが、ユリウス。ずっとルフェルニア嬢にくっついているようじゃないか。窮屈な思いをさせているんじゃないか?」
「私の一番大事な人はルフェだし、ルフェも僕が一番大事だから何も問題ありません。ねぇ、ルフェ。」
ユリウスが優しくルフェルニアに声をかけたが、ルフェルニアは肯定をせずに曖昧に微笑んだ。
確かに、ずっと一緒に居てくれるのは心強いが、ずっと独占していては、そろそろどこかの令嬢の本当に刺されてしまいそうだからだ。
今も、次にユリウスと踊ろうとする女性たちに少しの距離を置いて囲まれている。さすがに第三王子がいては会話に割り込みづらいのだろう。
「ほら見ろ、ユリウス。少しは解放してあげたらどうだ。君がルフェルニア嬢から離れたくないことはわかるが、すまない、少し仕事の話しがしたい。」
アスランが控室のある方を指さす。恐らく、他に聞かれたくない話なのだろう。
ユリウスが不機嫌そうにするので、ルフェルニアは慌てて口を開いた。
「ユリウス、私は大丈夫。」
「…ルフェ、ひとりで残していくなんて心配だ。本当に大丈夫?」
「きっと大事な話なのでしょう?私は王宮のスイーツでもいただいて過ごしておくから、すぐに戻ってきてね。」
「すぐに戻ってきてね」に少しだけ気を良くしたのか、ユリウスはルフェルニアに大人しくしているように言うと、アスランと控室の方へと消えていった。




