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2時間ほどが経過したころ、リリーが部屋に戻ってきた。

何やら少し慌てている様子だ。


「お嬢様、学園寮の前でユリウス様がお待ちです。」


ユリウスと今日は会う約束をしていないはずだ。

ルフェルニアはここのところ会うお誘いをするのも気が引けてしまい1ヶ月程度顔を合わせていなかった。


「今日は、特に約束をしていないと思うけど、どうしたの?」

「急ぎ、お嬢様にお伝えしたいことがあるそうです。」


(何か用事があったかしら?)


ルフェルニアは頭の中で探してみるが、ユリウスと話す必要があることは見当たらなかった。


ただ、せっかく来てくれているというなら、会いに行こうと外へ出ると、ミネルウァ邸の馬車の前でユリウスが腕を組んで待っていた。


「ユリウス、どうしたの?」

「とりあえず馬車に乗って。」


ルフェルニアは逆光でユリウスの表情に気づけなかったが、声がいつもより少し固い。

ルフェルニアは言われるがまま馬車に乗り込むが、頭の中はハテナでいっぱいだ。

ユリウスは当然のようにルフェルニアの隣につめて座ると、御者に王都のミネルウァ邸に向かうように指示して、それきり黙ってしまった。


「ユリウス、どうしたの?」

「それがわからないなんて、ルフェは会わない間に薄情になったみたいだ。」


ユリウスの責めるような発言にルフェルニアは困惑する。


ユリウスは偶に拗ねたふりをしてルフェルニアを揶揄うことがあるが、珍しいことに今日は本当に拗ねているようだ。顔もルフェルニアの方に向けることなく、正面を向いたまま。

ただ、ルフェルニアには本当に心当たりがないのだ。


「ごめんなさい…。」


ルフェルニアが困りきったように小さな声で謝ると、ユリウスは漸く視線をルフェルニアに向けた。


「…デビュタントのことだよ。」


ユリウスは困っているルフェルニアを見て諦めたのか、いつもの優しい声音で呟いた。

ルフェルニアは合点がいった。きっと、リリーが伝えたのだろう。


「色々とお母様が用意してくれるみたいだから、ミネルウァ公爵家からお借りしているリリーの手は煩わせない予定よ。さっき採寸はしてもらっちゃったけど…。」


ルフェルニアは、ミネルウァ邸の侍女を、寮生活のサポート以外で使用することに怒っているのだと思った。だからリリーもユリウスに伝えたかどうかを気にしたのだ。リリーの雇用主はミネルウァ公爵家なのだから、当然だ。デビュタントの準備となれば、侍女も業務量が増えてしまう。


「そうじゃないよ、君のデビュタントは僕がサポートするって約束だっただろう?」


ユリウスがルフェルニアの両手を握って見つめてくるので、ルフェルニアは可能な限り顔をのけぞらせて距離を取ろうとした。


(近い近い近い!!)


「そんな、ユリウスは気にしないで。普通は両親が面倒を見るものでしょう?」

「気にするよ、だって、王都でのことはミネルウァ家で面倒を見る約束だろう?」


ルフェルニアが王都に滞在している間、確かにミネルウァ公爵家のサポートを受けているが、これ以上は身に余る。そう思ってルフェルニアは首を横に振る。


「大丈夫よ。お母様が新しくドレスを用意してくださるし、学園のお友達が誘ってくれたの。」

「まだこれから準備するんだろう?それなら、僕に用意させて。エスコートも僕がするからね。」


ユリウスは依然ルフェルニアの手を握ったまま、そうすることが当然であるかのように言った。

ルフェルニアは勢いに押されそうになれながらも何とか抵抗する。


「ありがとう!御厚意だけ受け取っておくわ!それにエスコートは友達が…、」

「友達って女の子じゃないの…?」


してくれる、とルフェルニアが声に出す前にユリウスが暗い声で遮った。

これ以上ユリウスの瞳を見ているといつもみたいに流されてしまう、そう思ったルフェルニアは全力で顔をそらしているので、ユリウスの様子の変化には気づかない。


「え?男の子だけど…。」

「…サムエル・アルノルトか。」


ユリウスが低い声でそう呟くと、ルフェルニアはかっとなった。

ルフェルニアは一度だってユリウスとの手紙にサムエルの名前を出したことはない。


「ちょっと!貴方、リリーに私のことを報告させていたの!?」


ルフェルニアは思わずユリウスの手を払う。


(女子のプライベートな会話を盗み聞きしようなんて、最低よ!)


多分、何でもユリウスに報告していた以前のルフェルニアなら、ユリウスに何を知られても怒ることはなかった。

今は、悩んだ末に手紙に書かないこともある。そのことが、自分の知らないところで漏らされていたことが許せなかったのだ。


「ルフェ、ごめんね…。僕はただ心配だっただけなんだ。君は最近、教えてくれないことが多いから。」


ユリウスはよっぽどルフェルニアに拒絶されたことがよほど堪えたのか、目に見えてしょんぼり落ち込んでいる。

「嫌いにならないで。」と消えそうな声で言うと、ユリウスはルフェルニアを見つめた。


(ユリウスはずるい、こうすれば私が言うことを聞くと知ってのだから。)


ユリウスの「お願い」をルフェルニアが跳ね除けたことは一度もない。

跳ね除けた、というよりは、跳ね除け“られ”た、と言うべきか。

ルフェルニアはユリウスの綺麗な瞳でじっと見つめられると、小さい頃の“可愛いお人形さんみたいなユリウス”を思い出してしまい、拒めなくなるのだ。


(だって、可愛いのだから仕方ない。)


「怒ってごめんなさい。最近、学園で私の知らないユリウスの話をたくさん聞くから、ユリウスが遠い人になっちゃった気がして…。ちょっと寂しかっただけなの。」


ルフェルニアがそう謝ると、ユリウスは心底安心したように微笑み、ルフェルニアをそっと抱きしめた。


「ううん、ごめんね。でも学園の人が話す僕なんて、ただの張りぼてさ。僕のことはルフェが一番わかっているよ。」


(いや~~~~~~~~!!!!!)


抱きしめられたルフェルニアは心の中で絶叫した。

既に馬車の隅に追いやられていたため、逃げ場もない。

ユリウスのちょっと掠れたような切ない声が、余計にルフェルニアの羞恥心を刺激した。

ユリウスは最近さらに背が伸びたのか、抱きしめるとルフェルニアがすっぽりと隠れるほどだ。


ルフェルニアはユリウスの固い胸や腕に、異性を感じてしまい緊張で息が止まる。


「あの…。到着しました…。」


ルフェルニアが気を失いそうになる寸前、御者が遠慮がちに外から声をかけてきた。

止まってもなかなか出てこない2人を心配したのだろう。


ユリウスは真っ赤になっているルフェルニアを見て満足そうにすると、先に馬車を降りて、ルフェルニアに手を差し伸べた。

ルフェルニアとしてはしばらく1人で落ち着きたいところだが、仕方がない。


腰を上げ、ユリウスの目を見ないようにして降りようと足を踏み出す。


「あっ!」


ルフェルニアはユリウスから目を背けるのに必死になっていたためか、馬車のステップを踏み外してしまった。


ルフェルニアは来たる痛みに想像してぎゅっと目を瞑ったが、想像していた痛みは訪れず、代わりに温かいもので包まれたような感触がした。


ルフェルニアが恐る恐る目を開けると、ユリウスに抱き留められていたのだ。


「よそ見をしていると、危ないよ。」


(…!…!!!!)


ルフェルニアは今度こそ失神しそうになった。

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