恐れたもの
ドロっとした熱いものが頬をつたう。頭から垂れる血を拭い、ヒロタカは短剣を構え、ダクラに向き直った。
「ヒロタカ、ダクラはどうする……?」
「―――」
可能ならば、ダクラを生け捕りにして拷問でも何でもして、アリステラを元に戻してから殺したいところだが、状況は芳しくない。
最高戦力のアリステラが乗っ取られ、メーニンはアリステラの相手をし、ダクラと対峙するのは俄然ヒロタカとゴルドン。ヒロタカの氷魔法による弱体化があれど、その弱体化も次第に弱まってきている。
ダクラを生け捕りにする余裕など、ヒロタカ達にはなかった。
「―――、ダクラは……殺す……」
「――ッ! お前、それ分かって言ってんだろうな?」
「覚悟の上だよ」
苦虫を噛み潰したような声でゴルドンに答える。
ゴルドンはただ、一言…「分かった」と呟き、ダクラは軽く舌打ちした。
「殺せるなら……ねッ!」
地を蹴り、鋭い爪を光らせ、ダクラはゴルドンに接近戦を仕掛ける。先刻よりも動きは俊敏となっている。ヒロタカの細工がキレかかっている証拠だ。
なんとか、一撃目は斧を振り落とし防ぐが、すぐさま二撃目がゴルドンを襲い、胸に傷を負った。
「《斬吹雪》」
続けざまに斬ろうとするダクラだったが、ヒロタカがそれを許さない。
吹雪のような斬撃がダクラの肉体の至る所を傷つける。
「ゴルドンっ―!」
「はっ! このくらい大したことねぇ!」
胸の傷はダクダクと血を流す。だが、傷は浅い。すんでのところで回避したのだろう。
「俺がダクラと斬り合うから、その隙に一撃を叩き込んでくれ」
「あぁ……」
ヒロタカはゴルドンに耳打ちし、ゴルドンはそれに応えた。
短剣を振り被り、ダクラの間合いに詰め寄る。
魔力を込めた短剣が淡く光り、ダクラを斬り刻む。が、その攻撃は全て爪によって弾かれてしまう。
今は……注意をひくことが肝心だ。
と、心で唱えチラリとゴルドンを視界に入れる。ゴルドンは斧を大きく構え、タイミングを伺っていた。
短剣と爪の攻防。鋼がかちあう様な高い音が辺りに響く。目で追うのすら困難な刃同士の刹那的な斬り合い…一瞬の気の緩みは死に値する。
何撃か入れることが出来た。これなら……こいつを凍らせられるかも……
動きも鈍くなり、確実にダクラの隙は増えた。
その隙をゴルドンが見逃すはずがなかった。ゴルドンの影は天空へ移動し、斧を振りかぶる。
ヒロタカはゴルドンの気配を察知し斧がダクラの肉体を傷付ける極みの際まで斬り合う。ダクラもゴルドンの影には気付いているだろう。しかし、ヒロタカはダクラを逃がすことを許さない。
ゴルドンが斧を振りかざす刹那に大地を抉り、後退する。斧はダクラの肉を斬り割り、生臭い鮮血が当たりに飛び散る。が、ダグラの生命は奪えなかった。
確かにゴルドンはダクラの頭頂部目掛け斧を振り落とした、しかしダクラの反応速度が上回り、命は奪わせなかった。
ゴルドンも黙ったまま好奇を逃す男ではない、機転を利かし斧の軌道を変え、ダクラの腕を地に這いつくばらせた。
魔獣の再生能力をもってしても腕の再生にはかなりの時間と精神力が必要だ。ダクラの腕はこの戦いにおいてもうないものと考えていいだろう。
片腕を斬り落とせた……勝負を決めにいくならこれとないチャンス……!
一瞬の猶予も与えず、ダクラに接近し、魔力を込めた短剣を振りかざす。
ダクラはそれを避けようとするが体は思考より遅く、斬撃をくらう。ダクラを凍りつかせるまであと一歩だ。
ヒロタカは間髪入れずさらにダクラの腹部に短剣を刺す。短剣は皮膚を掻い潜り、肉を抉り、ダクラの内部へ侵入する。
ヒロタカはすかさず短剣へ自分の魔力を短剣からダクラへ流し込む。そして……
「ぁ……がぁぁぁァァァ………」
ダクラの動きが止まりその肉体には霜が貼っていた。
「はぁ……はぁ……、勝った……?」
ダクラの生命活動は完全に停止した。いつもならここで終わりだ。が、そうではない……
ヒロタカとゴルドンはアリステラとメーニンに目を向けた。アリステラが元に戻っていてくれと祈りながら。恐る恐る、まるでそこに恐ろしい存在があるかのごとく。
「ぁ……」
しかし、ヒロタカ達の目に写ったのは恐ろしい存在よりも恐れていたものだ。
アリステラは依然、メーニンに対し如意棒を振るっていた。




