呪われた盲目姫の恋。 〜ガチムチなせいで婚約破棄された国王に求婚されました〜
「俺は盲目姫を妃に迎える」
幼き頃、魔女に呪いをかけられたフラウデン王国の盲目姫――ジゼルは、とある国王のとある魂胆から、輿入れ先が決まってしまった。
◇◇◇◇◇
ジゼルは、幼い頃からとても美しかった。
透き通るような若草色の波打った髪、世界を瞳に宿したようなアースアイ。
何よりも素直でいて勤勉な性格に、周りの大人たちはメロメロだった。
ジゼルは順調に歳を重ね十二歳になり、更に美しく可憐に育っていた。
様々な貴族子息から婚約の申し入れが殺到していたため、ジゼルの婚約者候補たちとのお茶会が王城庭園で開かれることとなった。
そのお茶会に侵入していた魔女がいた。
彼女と恋仲だった伯爵令息が、ジゼルの婚約者候補として参加する、という噂を聞きつけて。
噂は本当だった。
令息はジゼルを熱心に口説いていたのだ。
二十歳の男が十二歳の少女を必死に口説くさまは、百年の恋も興ざめであった。こんな男はもういらない、と魔女は思う。
だが、それだけでは終わらなかった。
小さな嫉妬が沸々と湧き上がってくる。
自身は灰色でボサボサの髪の毛、土色の瞳。なのになぜあの姫はあんなにもきらめいているのか。
あんなにチヤホヤされてズルい。
魔女は、身勝手な嫉妬心から些細な悪戯をすることにした。
「私は森の魔女。その姫に呪いをかけてやったわ! 姫の瞳に映る人間はみな不幸になる、という呪いをね! あーっははははは!」
王城の庭園は騒然となった。
騒然となりすぎて魔女が小声で言った『なんちゃって☆』を全員が聞き逃してしまっていた。
魔女は王城の兵士たちに一斉攻撃され、あとに引けなくなり、逃げて逃げて逃げて、誰も追いかけては来れない国にまで逃げてしまった。
…………真実を告げぬままに。
姫様っ! と叫びながら部屋に入ってきた侍女の声に、ジゼルはコテンと首を傾げた。
真っ暗な世界で頼れるのは音のみ。
侍女のこの慌てようは、尋常ではない。十年前に魔女に呪いをかけられた時のような悲痛さが、滲み出ているような気がした。
「どうかしたの?」
侍女は勢いで姫の部屋に飛び込んだものの、この可憐な少女に真実を伝えて大丈夫なのだろうかと心配になった。
「ええっと……その…………」
「何かあったのね。ちゃんと、真実を教えてちょうだい?」
ジゼルは長いあいだ音だけの世界にいたので、小さな音やいつもと違う音にとても敏感になっていた。
侍女の息遣い、強張った声、これは完全に何か良くないことが起こっている、と。
「姫様の輿入れ先が決まりました」
「……え? 本当に?」
ジゼルはポカンとなった。
瑞々しいチェリーのような唇をカパリと開けたままになるほどに。
人を見ることが出来ない。
しかも、見てしまったら不幸にしてしまう。
どんなに有能な魔法士でもあの魔女の呪いは解けなかった。何年も何年も「小さな呪いで元の呪いの形を隠蔽されている。全く痕跡が掴めない」と言われ続けていた。
自分は誰かと恋に落ちたり、結婚したりなど、夢のまた夢なのだと思っていた。ずっと、城の閉ざされた部屋にい続けなければいけないのだと思っていた。
ジゼルは心からホッとした。
やっと、両親を心労から解き放てると。
やっと、誰かと恋ができるのだと。
「私、結婚できるのね!」
「姫様! 相手は闇の王と呼ばれている、ヘリング王国のイサーク国王ですよ……」
「まぁ、そうなの?」
ジゼルの嬉しそうな声に不安になった侍女は、イサークの噂を滔々と語って聞かせた。
属国なのに戦争を仕掛けた。
戦場で一万の首を切り落とした。
三十過ぎている。
何人もの愛人がいる。
体は熊のように大きい。
口は狼のように裂けている。
目は蛇のように鋭く金色に光っている。
全身真っ黒の甲冑を着けていて、誰も顔を見たことがない。
「きっと、熊のように体毛がモサモサで、見るに堪えない姿なのですわ!」
「なぜ誰も見たことがないのに、目の色や口の形がわかるのかしら?」
「……う、噂なので…………」
もごもごと何かを言う侍女の言葉は聞き流し、ジゼルは結婚相手になったイサークのことばかり考えるようになった。
輿入れの話が出て半年後。十日間の旅路を経て、ジゼルたちはヘリング王国に入国した。
王城の馬場に到着し降りた際に、国王が謁見の間で待っていると告げられた。
侍女はイサークの出迎えがなかった事にいたく憤慨していたが、ジゼルは早くイサークに逢いたくて仕方がなかった。
――――やっと、恋ができる!
二十二歳という甘く熟れた体を引き立たせるタイトな白いドレス、透き通った若草色のふわふわの髪に薄ピンクの花飾り、目の部分を閉じた仮面舞踏会用の白い仮面を着け、侍女に手を引かれながら王城内を歩いた。
それまでもざわざわとしていたが、謁見の間に辿り着いたジゼルは、周りの空気の刺々しさに不安になってきた。
ヒソヒソと声が聞こえるのだ。
あれが盲目姫だ。
なんの病気を持っているかわからないのに。
あんな小娘が陛下の妃に。
目が見えないのに、王妃の仕事など出来るものか。
地位や見た目、体型はいいが、薹が立っている。
子供を産むだけの道具だろう。
ジゼルは一気に不安になってきた。
侍女に小声で「盲目姫って?」と聞くと、ジゼルの呪いは他国には知られておらず、『病で目が見えなくなった姫』となっていることを知らされた。
「そんなっ!」
呪われていてもいい、と求められたのだと思っていた。
あまり参加はしていなかったが、国の大きなイベントにはきちんと出ていた。
だから、そういった場で見初められたとばかり思っていたのだ。
「どうかしたのか?」
低く重たい声が謁見の間に響いた。
その瞬間、ヒソヒソと聞こえていた声が消え、辺りは先程とは違う種類のピリピリとした空気。
ジゼルは背中がゾワリとした。
――――これが、王の声。
「いえ、何でもございません」
「そうか。長旅で疲れているだろうが、直ぐに式を執り行う」
「え⁉」
「…………何か、問題が?」
到着して直ぐに式をする、ということに問題がないとは思えなかった。が、先程から感じるピリピリとした空気に何も言えず、ジゼルは問題ありませんと言うことしかできなかった。
言わざるを得なかった。
イサークとジゼルの結婚式は滞りなく終わった。
国王と他国の王女の結婚式というものは、国を挙げての盛大な催しになるものだと思っていた。
ところが、出席者はヘリング王国の主要な役職のみだった。
ドレスも着ていたもののまま。
司教にキスの誓いをと言われ胸が跳ねたが、杞憂に終わった。
「いい、省略する」
イサークがそう言ったから。
部屋に戻り、軽食を取り、ドレスから夜着に着替えた。
初夜用の薄い夜着。
結婚した夫婦の営み。
ジゼルは、待ち続けた。
人と会うときに必ず着けている目隠しを、このときも着けていた。
大切な旦那様を不幸にしたくないから。
それもまた、杞憂に終わった。
「姫様……陛下は来られなかったのですか?」
ジゼルは無言で頷いた。
声を出せば涙まで零れそうだった。
求められていると思った。
歓迎されると思っていた。
愛されているのだと、思っていたのだ。
――――陛下はなぜ私と結婚したのかしら?
その日から、ジゼルはイサークについて色々と調べるようになった。
基本は侍女が持ってくる噂話ではあるが、時々食事を同席した際にイサークに積極的に話しかけるようにした。
「陛下はどのような食べ物が好きなのですか?」
「…………肉、だな」
「陛下は本は読まれますか?」
「……戦術指南書なら」
「陛下は執務以外のお時間は何をされているのですか?」
「執務以外は……訓練だな」
時には歩きながらも、必死に話しかけた。
ジゼルはイサークにエスコートしてもらうことはなく、侍女に手を引かれている。
そこが少し不満ではあるが、逢うたび逢うたびにジゼルが話しかけていたので、最近はイサークの態度が柔らかくなっていた。
「陛下は――――」
「陛下と呼ばなくていい」
「え…………あの、イサーク様とお呼びしても?」
「構わない」
低く落ち着いた声でそう答えられ、ジゼルはあまりの嬉しさに花が咲き誇るような笑顔になった。
それはジゼルがヘリング王国に来て二ヶ月目にして、初めてのことだった。
「っ…………!」
急に辺りか緊迫したような空気になり、見えもしないのにジゼルはキョロキョロとしてしまう。
イサークには気にするなと言われたがどうしても気になり、足運びが疎かになっていた。
「きゃっ……」
「なっ⁉」
グラリと傾く体。
きたる衝撃に身を構えたジゼルだったが、実際の衝撃は予想だにしていなかったものだった。
後ろから抱きすくめられ、ギュムリと鷲掴みにされたのだ。
胸を。
「っ! 目が見えないのに出歩くな! 部屋にいろ!」
イサークが怒鳴りつつ立ち去ってしまった。
「……イサーク様を怒らせてしまったわ」
ジゼルは助けてもらったお礼も言えなかったと落ち込みながら部屋に戻った。
◆◆◆◆◆
数多の戦場を駆け、輝かしい戦績を収め、いつからか『闇の王』と呼ばれるようになったイサークは焦っていた。
――――初めは都合のいい女だと思ったのに。
厳つい見た目と、違わぬ中身に婚約者たちから何度も逃げられた。
泣きながら耐えようとした女もいた。国王に望まれたからと。
イサークは誰も望んではいなかった。
ただ家臣たちが王が未婚なのはいただけないというから、婚約者として受け入れていただけだった。
六人目の婚約者に触れようとした瞬間、悍ましい獣を見るような目をされ、色々なことを諦めた。
自身の見た目は、令嬢には酷なのだろうと。
だから、噂で聞いていた『盲目姫』を妃にと望んだ。
誰とも婚姻の話が出ず、行き遅れている姫。
見えなければ、触れなければ、逃げられないだろう。
これで家臣たちも静かになり、執務が捗る、という魂胆から。
国交のない国ではあったが、申し出は直ぐに受け入れられた。
フラウデンの国王からは『そちらの慣習に従う。ただ、娘を幸せにして欲しい』といった旨の親書が届いたので、了承の返事を出しておいた。
ヘリングに入国てしまえば、こちらのものだ。適当に相手しておけばいい。
そう考えながら迎え入れた謁見の間で見たのは、森から来た精霊かと見紛うような、美しいく華麗な王女だった。
ただ異質なのは、顔半分を隠す仮面。
――――あれを外したい。
本能的にそう思ってしまった自身に怒りを覚えた。
その空気でジゼルを怖がらせているとも気づかずに。
滞りなく、と思っていたのはイサークだけだったが、結婚式が無事終わり、王妃が誕生した。
普通ならばここから国民へのお披露目となるのだろうが、イサークはそういった催しを一切しなかった。
自身が国王になったときと同じく。不要なものは、全て排除した。
結婚して二ヶ月、自身の周りをチョロチョロと動き回るジゼルにも慣れた。
結婚式のときは豪奢な仮面だったが、普段はとても簡素で目元しか隠せていない。
――――この方が顔がよく見える。
イサークは、ジゼルのことが好きになっていた。たぶん、一目惚れだったのだろうと自分でも気づいている。
だからこそ、余計に触れられなくなっていた。
触れたら、自身の厳つさを知られてしまう。逃げられてしまう。
侍女たちにイサークの体型や顔について話すことを禁止している、自分が触れなければ、我慢すれば完璧なはずだった。
――――柔らかい。
気づいた時には遅かった。
躓き前のめりになったジゼルを後ろから抱きしめていた。胸を掴んだのは事故だが、数回揉んでしまったのは、完全に本能からだった。
様々な感情が入り混じり、ジゼルを怒鳴りつけてしまっていた。
「っ、クソッ――――」
◇◇◇◇◇
ジゼルは部屋に戻ると、侍女にカーテンを全て閉めてもらい、暫くのあいだ一人にするよう頼んだ。
ゆっくりと目隠しを外し、目蓋を押し上げる。
――――怒らせてしまった。
優しい色合いで調えられた部屋を見渡す。あまり飾りはなくシンプルな室内。
どちらかといえば好きなのだが、ジゼルには少し物足りなかった。
フラウデンの部屋は、皆の肖像画で溢れていた。誰も見ることが出来ないから、せめて肖像画だけでもと。
だが『盲目姫』としてここにいる以上、肖像画は置けない。
イサークの顔も知ることができない。
ポロリと雫が零れ落ちる。
一粒、二粒と流れ、いつの間にかボロボロと零れていた。
流れるままに身を任せていると、部屋の外が騒がしくなり、部屋の扉が勢いよく開かれた。
ジゼルは慌てて目を閉じ、最後の光景を思い出していた。誰か瞳に映っただろうかと。
「…………泣いていたのか?」
「へ?」
驚くほどに大きく熱い手に頬を包まれた。
「イサークさま?」
部屋に入ってきたのはイサークだった。
先程の続きでまた怒られるのかと身を固くしていると、指で涙を拭われた。
「ジゼル、お前の目が見たい」
急に言われた予想外の言葉に、反応が遅れたがジゼルは慌ててイサークから離れようとした。
「いたっ……」
「急に動くな。髪がボタンに絡まった」
イサークが絡まった髪の毛を丁寧に解いている間に、ジゼルはまた泣き始めてしまった。
「ほら、解けた。もう泣くな」
頭をポンポンと優しく叩かれ、ジゼルは更に涙を零した。
イサークが強く叩きすぎたか、と焦ったように聞いてくるが、ジゼルはそれどころではなかった。
好きな人が自分の瞳を見たいと言ってくれた。自分に興味を持ってくれたのだ。
重く低い声はどんな顔から出ているのかと沢山想像していた。誰に聞いても黒い髪だとしか教えてもらえないので、想像するしかなかった。
出来ることならイサークを直接見てみたい。
だが、出来るはずがない。
瞳に映せば、不幸にしてしまうのだから。
イサークの胸に手をあて、そっと距離を取ろうとしたが、そこでまた頭にツンとした痛みを感じた。
「っ! もぅ、こんな呪い嫌っ!」
「呪い?」
「あ――――」
イサークの怪訝そうな声に、ジゼルは我に返ったが遅かった。
「何だこれは。いつ掛けられたんだ!」
イサークは国王であり、類を見ないほどに優秀な魔法士でもあった。その力で戦争を勝利へと導いていたのだ。
ジゼルは覚悟を決めた。
先程のイサークの言葉から、自身に掛けられている悍ましい呪いに気づかれてしまったようだったから。
「十二歳の頃から」
「ずっと放置していたのか⁉」
「解けるものがおらず……」
「フラウデンは、そんなに魔法に遅れていたか?」
たしかに魔法戦は苦手としていたが、などと考えていると「終わったぞ」というイサークの声が聞こえた。
「掛けられていた『髪の毛が人のボタンに絡まる呪い』は解除した」
「あ……そっちですか」
「そっち、とは?」
もうこの際だと、ジゼルは全てを話すことにした。
魔女のこと、あの日から今までのこと、イサークに恋をしたことまでも。
「ジゼル、目を開けろ」
「っ! 出来るわけがございませんっ!」
「いいから開けろ。俺を信じろ」
何度も何度も嫌だと、駄目だと言うのに、イサークはジゼルの両頬を包み、大丈夫としか言わなかった。
「ジゼル、お前にそんな呪いは掛かっていない」
「本当に?」
「あぁ」
イサークは誰よりも強い。その自分が解けない呪いなどない。そして、ジゼルには『髪の毛』以外の呪いなど一切なかったと言うのだ。
ジゼルはイサークの言葉を信じることにした。
ゆっくりと目蓋を押し上げ、目の前に現れたのは――。
しっかりと鍛えられた、厳しい体。
艷やかな黒髪。
金色に輝く瞳。
とても優しそうな男性が、眼の前にいた。
「――――素敵」
「っ!」
ジゼルの心の声は唇からこぼれ落ち、二人は時間が止まったように見つめ合う。
徐々に近づく顔。
しっとりと柔らかく重なり合う唇。
「んっ」
「……ジゼル、好きだ」
「っ、はいっ。私もです!」
その後、王城では仲良く寄り添い合う、微笑ましい二人の姿が見掛けられるようになった。
◇◆◇◆◇
「まさか呪いが嘘だったなんて。十年間も……」
「俺に出逢うための十年間だったと、思えないか?」
「イサーク様と出逢うため?」
「あぁ」
ジゼルは思ったよりもロマンチストだったイサークに、また恋をするのであった。
―― fin ――
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