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7.悪女のお仕事

よろしくお願いします。

何かの因果があるのか分からないが、その後もシャナがクビにした使用人をマイラが雇うという事が続いた。それはお針子、庭師、家庭教師、料理人と、多岐にわたる。

 嫁いだ日から気が休まる暇のないマイラにとって、新たに雇った者達は、使用人というより仲間と呼ぶべき存在になっていた。

 クビになったと言うのに何故か皆が優秀で、誰もが即戦力で力を貸してくれる。必死に悪女を極めようと奮闘するマイラを、仲間達は温かく見守ってくれていた。

 シャナやアーロンだけでなく、二人の後ろ盾を得た王城の使用人や貴族達さえもマイラを見下して嫌がらせや危害を加えてくる毎日。だが、優秀な仲間の協力もあり、悪女マイラはことごとく返り討ち? にしていた。


 もちろん、自分に危害を加えてくる者達との諍いで一日が終わる訳ではない。  

 初夜以来ロスリーと顔を合わせることはないが、第二王子妃としての仕事は与えられている。

 仕事の内容が王子妃の仕事らしからぬ城の雑務全般であっても、飼い殺しのように放っておかれるよりましだ。何もせずのんびり暮らすのは、マイラの性に合わないからだ。

 マイラは雑務を悪女らしく放り投げることなく、関係各所と相談しながら効率がよくなるよう改善に励んでいた。もちろん悪女らしく業務の変更を偉そうに指示しているつもりだが、城の文官やその下で働く者達は業務が改善され仕事がやりやすくなっていく。いつの間にか、マイラが通るたびに感謝で瞳を輝かせる者が増えている事を本人は知らない。




 今日の仕事は、王子妃として貴族達を招待してのお茶会だ。

 この仕事が精神的に一番きついが、王子妃としては避けては通れないのだから仕方がない。それに悪女をアピールし、世に知らしめるためには格好の場なのだ。

 逆に言えば、マイラを良く思わない貴族達にとっても、マイラを攻撃するには格好の場ということになるが……。


(この手のいびりは地味に胃にくるのよね……。今日の夕食は絶対に食べられないから、ソドムに早く伝えたい)


 目の前のお茶菓子どころか、夕食さえも受け付けなさそうに胃がキリキリと痛む。自分を見下している貴族との戦いは、想像以上に体力も精神力も削がれる。

 シャナのように力技ともいえる技術で蹴散らせればいいのだろうが、悪女見習いのマイラにはまだ難しい。


(シャナ様は何でも自慢するから、悪女は自慢する生き物なんだろうけど。旦那様から嫌われていることを、どうやって自慢のネタにするの? ずっと悩んでるけど、分からない。アンナ達にも相談したけど、この話になるとみんな見事に視線を逸らすのよね……)


 今日も噂好きの公爵夫人が、ロスリーの妻にと推していた自分の娘と共に、厭味ったらしい笑顔をマイラに向けてくる。

「マイラ様が嫁いで来られて三カ月経ちますが、ロスリー殿下とご一緒のところを目にしませんね?」

「あら、嫌だ。お母様ったら駄目よ! 寝室も別で、お食事も別なのよ? 一緒の時間があるはずないじゃない! マイラ様に失礼よ!」

 娘は母親を嗜める風を装って、ざっくざくとマイラを切りつける。他の招待客達も面白そうにマイラの顔色を見つめている。


(……ここまで理不尽な扱いを受ける真似を、わたくしは貴方達にしたのかしら? 

 駄目だ! まともに受け止めたら、駄目だ! 私は悪女、私は悪女! 悪女は、こんなに辛い事だって自慢に変えるはず!)


 マイラはいつも以上に胸を張って深い瑠璃色の瞳を細め、右の口角を少しだけ上げて微笑んだ。

 何度も鏡の前で練習して会得した、悪女の微笑みだ。納得のいかないことに、周りからの評判はあまり良くないが……。


 ここまできたら周りの評判なんて関係ない。マイラは独自の悪女の微笑みをたたえ、かなり強引に自慢を始めた。

「寝室や食事が別なだけではありませんのよ? 結婚式以来、一度もロスリー殿下にお目にかかっておりませんわ!」


(とりあえず、自慢してやったけど。これは失敗なの? 成功なの?

 誰もが目を見開いて固まっている。これ以上この話題を振られるのも面倒だけど、あまりにも場が盛り下がるのもお茶会として成り立たないから困るのよね。自分達で振った話題なんだから、公爵親子にちゃんと拾って欲しいのに、役立たずなんだから!)


「皆さんがご存じの通り、わたくしは嫁き遅れの悪女ですよ? サフォーク国の優秀な第二王子殿下が、わたくしを気にする方がおかしいと思いませんか? わたくしがサフォーク国から搾り取ろうとしても、優秀なロスリー殿下がそれを許しません。だから皆さんは安心して、ロスリー殿下を信頼してくださいね」

 微笑みを絶やさずにそう言ったマイラは、誰も敵わない美しい所作で紅茶をを飲んだ。

 誰もがマイラのその美しさに見惚れ、何とも言えない重苦しい空気がお茶会全体に圧し掛かる中、侯爵家の若い令嬢が緊張で上ずった声を上げる。


「……せ、先週、グレシア国のアディリア様にお会いしたのです。とても素敵なドレスを着ていて、どこで作ったのかお聞きしたらマイラ殿下からのプレゼントだと仰っていました!」

 アディリアの友人らしい令嬢は、マイラの着ている菫色のドレスも見つめている。

 「きたっ!」ガッツポーズを胸の内だけに留め、侯爵令嬢に笑顔で答える。

「キュレーザー国のドレスをサフォーク国向けに作ってみたのです。キュレーザー国はカッティングが特徴的でしょう? それを活かしながらもサフォークの優しい雰囲気に仕上がるように作ってみました。わたくしが着ているドレスも同じ職人が作ったのですよ。アディリア様とはまた雰囲気が違うでしょう?」

 マイラが悪女らしく自慢するように一回転すると、令嬢は立ち上がってマイラのドレスと美しさに見入っている。

「とっても素敵です! アディリア様のドレスは大人っぽい中にも可憐さあって、マイラ殿下のドレスは気品があるけど柔らかい雰囲気で、お二人共とてもお似合いです。その素晴らしい職人を、是非わたくしにも紹介していただけませんか?」


 お茶会と言えば、ゴシップと悪口と流行りのお菓子の話とファッションだ。

 何を着ても美しいマイラだけでなく、小柄なアディリアも似合っていたと聞いて、集まった女性たちの目も輝く。もしこのドレスが流行するのであれば、自分だけは逃す訳にはいかないと思うからだ。

 ドレスに手応えを感じたマイラはニッコリと微笑むと、「彼女は今は手一杯だから、後で必ず連絡するわ」ともったいぶって伝えた。


 マイラの自慢のお針子が作ったドレスを売り出すために、アディリアにドレスを贈り、宣伝用に自分にも作った。ここに集まったギラギラした女性達のドレスを全て作ることはできないのは、お針子が一人で作っているのだから。

 だが、今日のこの反応から、早急に商業化する必要があると手ごたえを感じた。






 マイラの仕事は最初こそ、城の雑務や書類の仕分けや片付けばかりだったが、いつの間にやら王太子夫婦に来た手紙の返信や、陳情書の下読みと重要度の仕分けといった風に仕事の内容が重くなってきている。特に陳情書に関しては、博学なマイラの知識で片付く事も多く、「困ったら、マイラ殿下」と言われているのを、また本人は知らない。

 そんな風に結構忙しい、仕事漬けの毎日を送っている。


 悪女と名高いマイラの執務室に遊び? に来るのは、シャナかアーロンぐらいだ。それ以外のまともな者でマイラの執務室に来るのは、仕事を抱えた城の者か、終えた書類を持って帰る城の者しかいない。だから城の者以外が、マイラの執務室を訪れるのは珍しい。いや、初めての事だった。




 ソファに姿勢正しく腰かけるマイラの後ろには、青い顔でうつむくお針子のニーナと、いつでも冷静沈着な家庭教師のルーシャが立っている。マイラの目の前には、サフォーク国で指折りのドレスサロンを経営するオーナーが余裕の笑みを見せている。

 オーナーに負けない貫禄ある笑顔を見せたマイラが、オーナーをジッと観察している。

「お忙しいところ足を運んでもらって、ありがとう。本題から言うと、わたくしは優秀な職人を預ける相手を探しています。その職人は能力は非常に高いのだけど、人と関わるのが得意ではないの。だから預ける相手は慎重に選びたいと相談したところ、ルーシャからレラワン夫人を推薦されたのです」


 レラワン夫人は前レラワン男爵の妻だった女傑だ。前レラワン男爵は大きな商会を持っていて、ドレスサロンは事業の一つにすぎなかった。下位貴族や裕福な商家の婦女をターゲットとした店で、当時はそれほど大きなサロンではなかった。

 だが前レラワン男爵の死後、息子が商会の経営に失敗した。レラワン家が全てを失う中、手先が器用だった夫人は、自らもお針子として働いてドレスサロンだけは守り抜き家族を救った。

 今では高位貴族相手のオーダーメイドサロンが一番の稼ぎ頭になっていて、サフォーク国の流行はレラワン夫人の店から始まると言われている。

 貴族として裕福に暮らしてきた女性が苦労してここまでの店にしただけあって、経営手腕だけでなく人柄も素晴らしいとルーシャからは聞いている。


「はい。その話はルーシャ様からも聞いております。こんなお願いは大変失礼だと思いますが、マイラ殿下にお立ちいただいてドレスの全体を見せていただくのは可能でしょうか?」

 今日のためにマイラはニーナが作った新しいドレスを着ていた。もちろんレラワン夫人に見せるつもりだったので、躊躇うことなく立ち上がる。レラワン夫人の前でふわりと一回転して見せる。このドレスは裾のカッティングが絶妙で、ふわりと揺れると本当に美しいからだ。分かってくれたらしく、レラワン夫人も息を呑む。


 よっぽどなことがない限り、レラワン夫人にニーナを任せると決めていた。決め手は、ルーシャの推薦だからだ。

 ルーシャはマイラが今まで会った家庭教師の中で、最も優秀で国内情勢に詳しくて人脈が広かった。それでいていつも冷静で、相手の特性を見抜いて的確な指示を出せる。たまに怒ると、とても怖く、アーロンなんてタジタジだ……。

 本来なら家庭教師をしている人材ではないはずだが、シャナにクビにされ自分の下に来てくれた事に感謝して全幅の信頼を寄せている。


「素晴らしい! キュレーザーの技術と融合したと聞いていましたが、ここまでとは……。オリジナリティもしっかりとあり、文句なしの素晴らしいドレスです!」

 レラワン夫人の誉め言葉に、マイラは我が事のようにうなずいている。


 ニーナがシャナにクビにされたのは、返事や会話ができないからだけではない。

 才能が有り過ぎて、城の縫製室で妬まれていたのだ。ニーナの力を恐れ自分達の立場を守ろうとした同僚や上司によって、シャナ担当にさせられてクビにされたという経緯がある。ニーナの才能を守るためにも、マイラは同じ轍は踏ませたくはない。


 そんなマイラの考えはお見通しのレラワン夫人は、あえて厳しい声をニーナに向ける。

「ですが、デザイナーは依頼人と会話をして依頼人の要望を聞き取りながら、その方が最も輝けるドレスを提案するのも大事な仕事です。人の後ろに隠れて間に人を置いて会話をしていては、依頼人に信頼されませんし、本当の要望を見落とします。貴方にはデザイナーになる意思があるのですか? それとも一介のお針子でいたいのですか?」

 レラワン夫人の言葉に、ニーナの肩がビクリと揺れた。いつもうつむきがちな顔をしっかり上げ、真っ赤な顔の中にある薄茶色の瞳は真っ直ぐにレラワン夫人に向けられた。

「デ、デザイナーとして……。マイラ様のドレスを作るのに相応しい、デザイナーになりたいです!」

 レラワン夫人は満足そうに微笑むと、マイラを見て「マイラ殿下さえよろしければ、わたくしが一流のデザイナーに育て上げて見せます」と力強く言ってくれた。


(私は守ることばかり考えてしまったけど、それでは独り立ちできないんだわ。レラワン夫人の言う通り、ニーナは自分の夢のために自らの手で殻を破らないといけないのよね。いい人を紹介してもらえて、よかった。これでニーナは安心ね)


 ホッとしたマイラは、思わずレラワン夫人の手をギュッと握りしめて「どうぞ、ニーナをよろしく」とお願いしていた。

 そして、ハッと気づく。


(しまった! これじゃ全然悪女っぽくない!)


 慌ててソファに座ったマイラは、不評な悪女の笑顔を作りレラワン夫人を見る。

「レラワン夫人、ニーナの後ろにはわたくしがいる事を、忘れないでいただきたいの。ご存知の通り、わたくしは国からお金をむしり取る悪女です。ニーナに何かあれば、わたくしが何をするか分かりますよね?」

 マイラの予定では、しっかり悪女を装ってニーナに危害を加えればたたじゃ済まさないと匂わせるつもりだった。だが、しっかりと頭を下げてしまった後では、何とも珍妙だ。


 レラワン夫人は何かを堪えるような顔をしている。最近マイラの周りでよく見る表情で、執務室にやってくる文官達も同じ顔を見せる。

「もちろんですとも。マイラ殿下の影響力はよく、存じ上げております。準備が整い次第、ニーナはわたくし共で預かります。寮がありますので、身の回りの物だけお持ちいただければ大丈夫ですよ」

 レラワン夫人は一旦言葉を切ると、経営者らしい目をマイラに向けた。

「わたくしからもマイラ様にお願いがあります。ニーナの作った服の他にも、私共のサロンのドレスをお召しになっていただきたいのです」


(ありがたい話だわ! ニーナの才能を妬んで虐めた、城の縫製室が作った服なんて着たくないと思っていたのよ。でも、いいのかな?)


「わたくしは悪女ですから、城で作られた服など着なくて構いません。ですが、わたくしのような悪女が着ているとなると、レラワン夫人のサロンにご迷惑がかかりませんか?」

 レラワン夫人は、また何かを堪える顔をした。だが、さっきよりは短時間で回復した。

「……マイラ様ほど世間からの注目を集める広告塔はおりませんから、是非ともお願いいたします!」


(確かに、悪女って噂の的だものね)


 レラワン夫人が「これから大忙しだわ!」と嬉しそうに帰り、ニーナも「アイディアが湧きました!」と言って部屋に戻った。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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