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6.悪女見習い中

よろしくお願いします。

 第二王子夫婦の寝室は、掃除の必要などないと思えるほど綺麗だ。テーブルに置かれたお酒も全く手つかずで、氷が入っていたはずの容器は水で満たされている。

 その部屋を嬉しそうに眺めていたメイドは、「あの方を喜ばせる報告ができるわ」と頬を上気させ呟いた。そして、羽でも生えたような足取りで、第四王子の部屋へ向かった。


 メイドが来るのを心待ちにしていた第四王子は、珍しく身なりを整えた状態で扉を開けた。「夫婦の寝室のベッドは使われていません。二人はお互いの寝室で休まれました」というメイドの報告を聞くと、満足気に何度もうなずいた。

 そしてメイドを蕩けさせる顔でニッコリと微笑むと、「またよろしくね」と言って布袋に入った金貨を渡した。

 扉を閉めたアーロンは、身体中から喜びが湧きあがり笑いが止まらない。




 子供の頃から優秀で自分を助けてくれるロスリーを、アーロンは誰よりも尊敬していた。

 ロスリーが一番優秀で、家柄も人望も申し分ない。それなのにロスリーに劣る長男が王太子に指名された。その事実は、アーロンにとっては不満でしかない。

 最も王太子に相応しいのはロスリーなのに、何故か無能な王太子の手伝いをさせられている。やっていることは王太子同然なのに、どうして王太子は別にいるのかと納得できない。

 いつまでも大人になれないアーロンは、「どうして兄上が、こんな損な役回りを引き受けないといけないんだ? どうしてこんな目にあわないといけない?」と叫んでは側近達を困らせている。


 家族のために我慢を強いられているロスリーに幸せになって欲しいとアーロンは強く願っている。アーロンの考え幸せが、ロスリーにとっても幸せなのかは、もちろん考えていないのだが……。

 だから、ロスリーが大陸中で有名な嫁き遅れの悪女を娶ると聞いた時、アーロンは絶叫した。

 もちろんロスリーに何度も何度も何度も、この結婚は考え直すようにと忠告した。ロスリーだけではない、国王にだって王妃にだって忠告した。でも誰もアーロンの言葉は聞いてくれない。

 国王に至っては「いい加減に目に見えるもの、聞こえるものだけに囚われるな。これが最後のチャンスだぞ、アーロン。お前には次はない」と何故か脅された。


 アーロンの計画ではロスリーの花嫁は、初恋相手でロスリーがずっと想いを寄せていたアディリアのはずだった。そのために色々と準備もした。だが、ルカーシュという邪魔が入り失敗した。きっとそのせいでロスリーは、相手が誰でもよくなってしまったのだとアーロンは思っている。

 だとすれば、アディリアと結婚できるように、上手く事を運べなかった自分に責任がある。全く責任感のないアーロンが、ここで初めて責任感を発動させてしまったのだ。

 例えそれが、アーロン一人の思い込みだとしても……。




 アーロンは両拳を天井に向かって突き上げる。こんなに素晴らしい一日の始まりは、未だかつてない!

「兄上はあの悪女に手を出さなかった。ギリギリで俺の言っていることが正しいと分かってくれたんだ!」

 傷は小さい内に塞ぐべきだ、そのためには一日でも早く離婚させなくてはいけない。アーロンはロスリーの幸せのために、久しぶりに頭を働かせている。

「まずは、朝食でお祝いを言わないとな……」

 そう言うと獲物を狙う蛇のような目で笑った。






 王族専用の食堂は、マイラが足を踏み入れる前から修羅場と化していた。

 侍女の準備した紅茶がお気に召さないシャナが、「私を馬鹿にしている!」と怒鳴り散らして大騒ぎだ。侍女は必死に謝り、理由を述べようとしたが、「王太子妃である私に意見をするつもり?」と余計に怒りを買ってしまった。

「貴方はもうクビよ。下がって!」

 そう吐き捨てたシェラと、バッチリ目が合ってしまった。


 マイラはずっとシャナを凝視していたのだから、目も合うはずだ。

 食堂に入るなりシャナの横暴ぶりを目にしたマイラは、「これが本物の悪女なんじゃないの?」と思った。だから、シャナの一挙手一投足を逃すまいとしっかり観察していたのだ。紙とペンが無いのが悔やまれる!


「あら? 早くもロスリー殿下に捨てられそうなマイラ様じゃない? この国の化粧品は、貴方の美しい顔には合わないそうね? そんなにもサフォーク国がお気に召さないなら、さっさと出て行ったらいかが?」


(すごい! 昨日から頭の中で「悪女とは?」ってイメージしていたけど、意地悪とか嫌味とか具体的にどうすればいいのか分からなかったのよね。これよ! これがわたくしが求めていた悪女のお手本よ。シャナ様こそ悪女の中の悪女だわ。理想の悪女が目の前にいるのだから、技術を盗まなくては!)


「あぁ、そうね? 化粧品? そうそう、化粧品が合わないというか……。シャナ様は同じものを使っているのかしら?」

「当然よ? 王城にあるのは、この国の最高級品よ? それが合わないなんて、よっぽどこの国と相性が悪いのよ! 保湿液なんて、お化粧をした上から使ってもお化粧が崩れない優れものなのよ! 使えない侍女のせいでお肌がかさついたから、私なんて今すぐにでも使いたいくらいよ!」

「なら、丁度良かったですわ。わたくしの部屋にあった化粧品が気になって持ってきています。保湿液は……、これですね。はい、お使いください」

 マイラの部屋に置かれていた化粧品は、薬品の臭いが強かった。キュレーザーでは妹と一緒に化粧品を作っていたマイラはどうも臭いが気になって、どこかで調べる機材がないかといくつか持ち出していたのだ。

 保湿液の蓋を開けると、やはりツンと鼻につく臭いがする。だがそれは自分にはサフォークの化粧品が合わないからなのだと思っているマイラは、親切心でシャナの前に保湿液を持っていく。


「使わないわよ! 危険だから、早く蓋を閉めなさい!」

「どうしてですか? 今すぐ使いたいのですよね? あぁ、大丈夫ですよ。わたくしは一切手を付けていませんから、使いかけではありません。新品ですので、安心してお使いください」

 マイラがシャナの顔前に保湿液を差し出すと、シャナはマイラの腕ごとはたき落とした。

 透明な保湿液が床にぶちまけられ水溜りのように広がっていく中に、小さな赤い粒々が所々に見える。

「貴方の部屋に置いてあった化粧品だからこそ、危険すぎて使えないのよ!」


 後ろでドサッと何かが倒れる音がして、マイラが振り向くと専属の侍女が青い顔でへたり込んでいる。


(この化粧品からは薬品の臭いがする。私の部屋にあった化粧品だから危険。専属侍女は白状したも同然な顔色。私の部屋の化粧品に、何かとんでもないものを混ぜた訳ね。悪女って凄まじいのね、さすがに罪に問われる事はしたくないわ……)




 そんな犯罪の匂いさえする場面に、弾む足取りと満面の笑みでアーロンが登場した。

「おはよう。わぁ、初夜を終えた初めての朝を兄上と一緒に部屋で迎えないんだ。氷姫は、冷たいんだねー」


(あー、何かな? この棒読み感。知っていて言っているのが、丸出しだよ。アディリア様が言っていたアーロンに気をつけろとは、こういう事ね?)


「まぁ、仕方ないか。兄上くらい賢い人が悪女に手を出す訳ないもんなぁ。せっかくサフォークも食い物にしようと思って、意気揚々とやって来たのに残念だったね!」


(はぁ、朝から二人も相手にするの? 悪女って本当に気力も体力も使うのね。淑女の方がよっぽど楽だわ)


「まだまだ始まったばかりですから、これからがわたくしの悪女としての力の見せ所でしてよ? それにしてもアーロン殿下は本当にロスリー殿下が大好きなのですね。従兄のルカーシュ様のベッドに入り込んで、恋人の真似事をしようとして叩き出されたとアディリア様から聞きましたよ? 間違ってもロスリー殿下のベッドには潜り込まないで下さいね?」

 思ってもいなかった返しにアーロンは目を見開いて、餌を求める池の魚のように口をパクパクさせている。

「ん、まぁ、アーロン様はそちらの趣味なの? それじゃ、私がいくら迫っても靡かないはずだわ」

 アーロンの性癖にも、シャナの発言にも、全員が驚きを隠せず食堂はざわついている。


 そんな中、マイラ一人だけが周りの騒ぎを気にせずに、シャナにクビにされ意気消沈している侍女を指差した。

「シャナ様はそちらの侍女をクビにしたのですよね?」

「そうよ! 紅茶も分からない女に、私の侍女は務まらないわ。まぁ、マイラ様なら丁度いいかしら?」

 マイラはニッコリと微笑むと、悪女らしく皮肉を込める。

「わたくしもそう思います。わたくしの侍女は気が利きすぎて色々と手を加えてくれるので、きっとシャナ様を満足させられると思いますわ」

 とシャナに伝えると、今更バレたと思ったのか焦ったように目を逸らされた。侍女に至っては、ガクガクと青い顔で震えあがっている。二人が何をしたかなど、誰の目にも一目瞭然だ。

 だがマイラは、自分のされた仕打ちを確かめる事も咎める事もしない。

「ならば、交換という事でいいですね?」

 あっさりとそう言うと、食事もとらずに侍女を連れて食堂を後にした。




 さっさと自室に戻るとは、怯える侍女を自分の向かいに座らせた。

 茶色の髪に茶色い目をした侍女は、美しすぎるマイラを直視できずに視線を右へ左へと忙しい。

「食堂には、リュードナル産の新茶の香りがしたわ。貴方が淹れたのね?」

 その言葉に驚いた侍女は、美しいマイラの顔を直視すると、こくりとうなずいた。

「はい。リュードナル国の紅茶は確かに、王城に置かれている高級品と比べると一等級落ちます。ですが、新茶は今が旬です。新茶に関しては最高級品以上の香りと味が楽しめます」

「そうね、正解よ。わたくしが侍女でも、この時期はリュードナル産の新茶を淹れるわ。貴方、名前は?」

「はい! 大変失礼しました! セルラード子爵家三女、アンナ・セルラードと申します。この度は、ご結婚おめでとうございます! わたくしの失職の危機も救って頂き、ありがとうございます!」

 元気いっぱいのアンナは、机に頭をぶつけるのでは? という勢いで頭を下げた。


「アンナはシャナ様の侍女は、どれくらいやっていたの?」

「はい! シャナ様の侍女は半年ですが、これでもわたくしはもった方なので根性はあります! 歳は十九歳になったばかりですが、王城の侍女になって丸二年が過ぎました。領地は国の最北で寒さが厳しく作物が育たない地域で、我が家は貧乏貴族なのです。弟二人を貴族学校に入学させ卒業させるまで、わたくしが職を失う訳にはいかないのです。死ぬ気で働きますので、何でも申しつけ下さい!」

「そう、家族は良いものよね……」

 マイラはつい最近まで一緒にいた、キュレーザーの家族を思う。


(なんて感傷的になっている暇はないんだわ。わたくしは悪女になるのだから!)


「わたくしは悪女になる必要があるの。悪女がどんなものかイマイチ分からないのだけど、シャナ様の言動が一番しっくりくるわ。だから、アンナにはわたくしがシャナ様みたいに振舞えるように、力を貸して欲しいのよ」

 信じられない発言だが、マイラは真剣そのものだ。真剣な美人は迫力があり過ぎて、アンナはうなずくしかない。

「良かった。よろしくね」

 安心したように微笑んだマイラは、冷たい印象は残るがさっきほどの迫力はない。それどころか、態度からも発言からも少し風変わりな印象を受ける。見た目とのギャップに、アンナは首を傾げたいのを辛うじて堪えていた。


 そんなアンナの戸惑う様子には気づかず、大したことないような口ぶりでマイラは自分が狙われていると説明した。

「化粧品に物騒な薬品が仕込まれていたの。わたくしには守ってくれる人はいないから、食べ物も安心できないわ。アンナは厨房に仲の良い人はいる?」

「下働きや料理人の見習いなら、何人かおりますが……」

「良かった。なら早速、リュードナル産の新茶と軽くつまめるスコーンか何か持ってきてもらえる? お腹が空いちゃって。アンナも一緒に食べましょう?」

 マイラが恥ずかしそうに微笑むと、グーとお腹の音が聞こえた。

 アンナは「これだけの美女でもお腹が鳴るのか」と思うのと同時に、稀代の悪女と呼ばれるマイラに対して庇護欲を掻き立てられていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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