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4.悪女への忠告

読んでいただければ嬉しいです。

 腹を括って結婚を決めてからの展開は、あっという間だった。

 婚約は書面で済まし、三か月後には結婚となった。あまりにも準備期間がないため、マイラはてっきり結婚式は省略されるのだと思っていた。だが、意外にも結婚式はするらしい。


 結婚に夢を見ていないマイラは、あまりの準備期間の無さにウェディングドレスはベルナルドとの式のために準備をしていたドレスを仕上げればいいと考えていた。それを知った王妃と妹と義姉が発狂しかけたので、何とか踏みとどまった。

 生地もないし一から作るのは無理ではないかと思っていた所に、ロスリーから純白のシルクとレースが届いた。そのあまりの美しさにマイラの胸が躍ったのは、レオンハルトしか知らない。


 届いたシルクとレースを使ってお針子達は、マイラの美しさを最も引き出すドレスを作ってくれた。誰もが寝る間を削っての作業だったが、大切なマイラのウェディングドレスだからこそ乗り切れた。

 首元から美しいレースが腰まで覆い、スカート部分は膨らませず腰の細さを強調しつつも美しいカッティングで華やかだ。

 シルクとレースに続いて送られてきたのは、ロスリーの瞳の色と同じブルーダイヤモンドのイヤリング。そのイヤリングを見ると何度か会議で顔を合わせたロスリーの顔が思い浮かび、華やいだ気分になる自分をマイラは戒めた。






 それらを身に付けて結婚式に臨んだマイラは、誰が見ても息を呑むほど美しかった。

 特にロスリーから送られた繊細なレースで作ったロングベールは圧巻だった。レースには非常に繊細で緻密な手法で作られた優しく美しい模様が施されており、マイラの美しさは残しつつ冷たさだけを打ち消し、可憐さを添えてくれていた。


 結婚を喜ばない者から野次が飛んでくることを覚悟していた王都でのパレードでさえ、花嫁の美しさに目を奪われる者が大多数だった。そのおかげで、思っていたほど嫌な思いはせずに結婚式とパレードは済んだ。

 国民へのお披露目を終え、息つく間もなく参加した晩餐会での貴族達からの嫌味にも笑顔で耐えた。ハードなミッションをこなして疲れ切ったマイラは、少し空いた時間を王族専用のサロンで休んでいた。




 一応今日はマライにとっては人生最大の晴れ舞台のはずだが、やっぱりロスリーからは何も言葉をかけてもらえていない。

 まぁ、そういう結婚だ。と一人で納得しているところに、眩しいほどに幸せな笑顔を浮かべた女性が現れた。

 オレンジ色の髪をふんわりと結い上げ、エメラルドグリーンの大きな垂れ目をキラキラと輝かせた可憐で小柄な女性。ロスリーの想い人であるアディリア・ロレドスタだ。そのアディリアが、マイラへと真っ直ぐに近づいてくる。


(私のお相手となる人って、どうしてこうも小柄でフワフワとした可憐な花を選ぶのだろう? 実際に結婚しようという私は、背も高く髪も真っ直ぐで雰囲気も冷たい。フワフワした可愛げが一切ない悪女そのものなのに……。手に入らないのだったらいっそ、真逆な者を横に置いといた方が楽って事なの?)


 マイラは心の重しを感じながら立ち上がると、今日の澄み切った空を思い出すドレスを着たアディリアの前でにこやかに挨拶をしてみせる。

「初めまして。マイラ・サフォークです。アディリア様はグレシア国の外交官夫人として、多岐にわたり活躍されていると聞いております。数学がとてもお得意だそうですね?」

 マイラの流れるような所作の美しさに見とれて呆然と立ち尽くしたアディリアは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「……アディリア・ロレドスタです。マイラ様の美しさに心奪われてしまい、大変失礼いたしました」


(真っ赤になって頭を下げる姿が、本当に可愛らしい。素直で一生懸命なのが見て取れるし、癒される。小さな頃から「美しい」と言われてきたけど、わたくしの持つ美しさは他を圧倒するだけで癒すことはないのよね。まぁ、悪女には向いているけど)


「お気になさらないで。それよりアディリア様、早くロレドスタ様の所に戻られた方がいいわ。わたくしの噂はご存知でしょう? 一緒にいて変な噂が出る前に、早く……」


「『ロレドスタ家に相応しくない馬鹿で愚かな怠け者』」


 アディリアの可愛らしい口から飛び出してきたとは思えない辛辣な言葉に、マイラは瞬きを繰り返す。驚くマイラに、アディリアはふんわりと笑った。

「私は十年近くそう言われ続けてきました。最近になって努力して汚名返上したつもりですが、まだ言い続ける人はいます。私の場合は自己責任ですけど、それでも周りから妬まれて誹謗中傷を受ける気持ちは分かります。だからこそマイラ様の噂が真実ではないと知っています。もちろんロスリー殿下だってご存知です」


(ロスリー殿下が彼女を愛する気持ちが分かるな。この笑顔にも、喋り方にも、心が浄化され温かさで満たされる。泣きたくなるような気分だ)


 マイラは涙を堪えるために、グッとお腹に力を入れ「買いかぶり過ぎですよ」と素っ気なく言った。それなに、アディリアは無邪気な笑顔を向けてくる。

「ロスリー殿下から聞いていなくても、私にもマイラ様が優しい方だと絶対に分かりました! だからこそ、マイラ様が被害にあうかと思うと心配です!」

「被害?」


(被害に、あう? 悪女は被害にあうんじゃなくて、被害にあわせるのよね?)


 アディリアは誰もいない部屋を用心深く見回し、くっつくようにマイラに近づくと、二人にしか聞こえない小声で忠告する。

「第四王子のアーロンにお気を付けください!」


(第四王子? 金髪に青い目のいかにも王子様っていう容姿の、軽薄な感じの子よね? 気を付けるような相手かしら?)


 アディリアは眼球しか動かなかったはずのマイラの表情を見抜いたのか、「見た目に騙されてはいけません!」と必死だ。

「アーロンは誰よりもロスリー殿下を愛する変態です。ロスリー殿下の幸せのためと思い込んだら、手段を選びません! そう言われても分からないですよね? 私がアーロンから受けた被害について、お話しします」


(変態? 色々と全然分からない……)


 こういうことは絶対に嫌でも耳に入るはずだから先に言っておきますと、アディリアは前置きして、ロスリーの初恋相手が自分だったと教えてくれた。

「もちろんそれは子供の頃の話で、今は違うとロスリー殿下も仰っています。それなのに馬鹿なアーロンは、私とロスリー殿下を結婚させようと、卑劣な真似? 下劣な真似? とにかく信じられない行動に出ました!」

 その相当酷い真似を思い出したのか、アディリアの顔が紅潮して鼻息が荒くなっていく。


「ご存じだと思いますが、私の旦那様の母は王妃様の妹です。ルカーシュ様は、アーロンの従兄なのです。約一年前ロレドスタ家に滞在していたアーロンは、二日酔いで泥酔して眠っていたルカ様の寝台に入り込みました。そして、私の目の前で、まるで二人が恋人同士のように装ったのです。アーロンとルカ様が裸で抱き合う姿にショックを受けてまともな思考回路が停止した私に、アーロンは「自分達は愛し合っているから、婚約者である私は邪魔だ。婚約を破棄しろ」と言ってきたのです!」


(何してんだ? アーロン……)


「結局はアーロンの芝居だと分かりましたが、私は何カ月も悩みアーロンに振り回されました。アーロンは多分悪い奴ではないはずですが、ロスリー殿下に対する思い入れが強すぎます。ロスリー殿下のためだと思い込むと、常識では考えられない行動をとります。どうかマイラ様は、アーロンに惑わされないで下さい!」

 アディリアの涙の滲むエメラルドグリーンの目と、殴りたそうに震える血管の浮き出た両拳を見ただけで、相当酷い目にあわされたのが分かる。

 マイラがゆっくりとうなずくと、アディリアはホウっと詰めていた息を吐いて「良かった」とふわりと微笑んだ。マイラには絶対にできない、癒しの笑顔だ。


「マイラ様のウェディングドレス、とっても素敵です! グレシアとサフォークはドレスの仕立て方なんかも同じなのですが、キュレーザー国はデザインや仕立て方が違いますね。生地は同じはずなのに、私のウェディングドレスとは大違いです」

 癒しの力によってポカポカしていたマイラの心が、サッと凍りついた。


「同じ、生地?」

「はい! ロスリー殿下は結婚式をすると言い張るのに、ウェディングドレスのことは無頓着なので驚きました。サフォークのシルクは人気で、最上級の生地は注文しても一年待ちなんてざらなんです!」

 嫌な予感しかしないが、聞かずにはいられない。

「……でも、シルクをいただきましたが……」

「わたくしがウェディングドレスを作る際に、念のためにと二着分注文していたのが役に立ちました。もちろん、全く手を付けていない新しい生地ですから、ご安心ください」


(うん、確かに素晴らしいシルクだった。そっか、ロスリー殿下が準備してくれたのではなく、アディリア様から譲ってもらったんだ。余り物だったんだ……)


「そう、なのですね……。あの、レースも?」

「レースはグレシアにある私の実家の領地で作られている最高級品です! あれ? ロスリー殿下から聞いていませんでしたか? 物凄く大変だったんだから、マイラ様にちゃんと言って欲しかったのに……」

 憮然とするアディリアに、マイラは「送られてきただけだから」とはプライドが邪魔して言えなかった。


 アディリアはマイラのロングベールをうっとりと見ると、「本当に、お似合いです」と満足げにうなずいた。

「忙しいはずのロスリー殿下が、わざわざ私の実家が経営するレース工房に乗り込んできたんですよ」


(ロスリー殿下が? 何で?)


「ウェディングドレスに指示は出せないけど、レースの模様は指示が出せるでしょう? 私達はマイラ様の神々しい美しさに合わせたモチーフを考えていたのです。でもロスリー殿下は、『マイラのイメージは凛としつつも全てを優しく包み込むイメージだ!』と仰って……」

 今まで誰にもそんな風に言われた事のないマイラは、驚いて目を見張ってしまう。


「漠然としているでしょう? だからモチーフを作るのが大変で……。殿下ったら絶対に妥協しないんですよ。レースなんて編んだこともないくせに、思い入ればかり強くて工房は大騒ぎだったんです!」

 そう言ったアディリアはもう一度、マイラのロングベールに満足げな視線を向ける。

「何度も『できるかっ!』って放り出したかったけど、ロスリー殿下の満足いくものが作れてよかった。本当にマイラ様にお似合いですもの。これは、愛の力です!」

 力強くそう結論付けたアディリアは、茶目っ気ある笑顔で「でもその愛情を作品化したのは私達です!」と胸を張った。

 マイラは壊さないよう気をつけながら、でも愛おしそうにベールにそっと触れる。その美しく優しいモチーフに心癒されていると、ロスリーには自分がこう見えているのだろうかと恥ずかしくもなる。


「わたくしのために色々準備をして下さってありがとう。感謝します。何かお返しできるかしら?」

 マイラがそう言うと、アディリアの瞳が嬉しそうに輝いた。

「今度、私がドレスを作る時に、マイラ様に助言をお願いしてもいいですか?」

「え? 構いませんが、そんなことでいいのかしら?」

 マイラは困惑したが、アディリアは本当に嬉しそうに微笑んでいるので良しとした。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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