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番外編2.リーライの希望

これが最終話です。

よろしくお願いします。

 外国との重要な会議と言われて無理矢理出席させられたけど、相手が俺を見て話すことはない。みんな俺を無視して弟と話をする。だったら俺が出る必要はないだろうと思うが、そうもいかない。

 なぜなら、俺がサフォーク国の王太子だからだ。


 だが、まぁ、今日はましな方だな。キュレーザーの第一王女は、ちゃんと俺を見て話をしてくれる。氷姫なんて呼ばれてお高くとまった非情なお姫様かと思っていたが、案外お人好しみたいだ。後で痛い目見ないといいけど。

 何て心配してたら、もう既に外れくじを引かされていた。

 クレイナル国の甘ったれ王太子に惚れられるなんて不幸な話だ。いや、マイラほどの美人に惚れない奴はいない。小狡いクレイナルの国王はこうなる事を見越して、二人を会わせたに決まっている。


 キュレーザーの国王は死ぬほど嫌だったろうけど、これは国王としては仕方のない決断だ。

 アストラ国がクレイナル国を狙っているからだ。

 あの甘ったれが国王になったら、すぐに襲い掛かってくるはずだ。あの馬鹿が王なら、簡単に落ちる。そうなれば次に狙われるのはキュレーザー。

 五国の中では一番格下と言えど、クレイナルにだってある程度の軍事力はある。それを取り込まれた上で、アストラが侵攻して来ればキュレーザーだって危ない。

 娘にクレイナルを任せるしか、アストラの侵攻を回避する手段がない……。

 可哀相な氷姫。聡明であるが故に、馬鹿の影で国王同然の働きをしなくてはいけない。まるで、ロスリーみたいだ……。




 はぁ、毎日がつまらない。そりゃそうだ。俺は生きる事に執着がないのだから。

 まぁ、国のためを思えば、産まれてくるべきではなかった命だからな。本当は今だって、生きていない方が国のためだ。

 ただ、俺が勝手に死ぬと、そのせいで苦しむ弟がいる。俺の死を乗り越えられるくらい大事なものを弟が手にしてくれたら、俺は安心して死んでいけるんだが……。


 でも、それは今のところ無理な話みたいだ。

 さっさと王太子を投げ出して、北の離宮辺りで悠々自適に過ごせたら少しはましな人生になるのだろうか? 無理だな。今の人生を生きている限り、楽しみなんて見つけられそうもない。

 だってそうだろう? 俺は望まれて産まれた存在ではないのだから。疎まれて産まれた復讐の道具に、楽しみなんて用意されているはずもない。




 俺の祖父さんは王家を騙して娘を王太子妃に据えた。それだけではなく、クレイナル国の陰謀に手を貸した非国民だ。

 俺の母は祖父さんの意図を知ろうともしない能天気な人だったみたいだが、恋焦がれた夫が自分を望まないどころか、別に愛する相手がいる事にはすぐ気づいた。いや、気づかされたのか。王城という場所は悪意の塊だから、親切で残酷な進言がたくさんあるのだ。

 だが母の立場では身を引くこともできない。母が身を引くなんて考えるはずないか。なぜなら母は、自分を疎ましくさえ思っている父を愛していたのだ。だからこそ、必死で願って俺が生まれた。


 でもどうだ? 俺と引き換えに母は死んだ。


 子供さえいれば、跡取りさえできれば、父の関心が引けるかもしれないと思っていたのに、母は死んだ。そして、父が俺に関心を寄せる事はなかった。

 母が死んで、さすがに三年程期間は空けたが、父はかねてより愛し合っていた本来の結婚相手と添い遂げた。 

 俺が初めて父親の笑顔を見たのは、義母と一緒にいる時だ。俺に向けられた事のない笑顔。まぁ、そうだろう。俺は憎き相手から産まれた、疎まれた息子だからな。

 俺は王家が糞子爵やクレイナル国に騙された証。俺を見る度に、みんなが己の判断の甘さを思い出す憎むべき存在なのだ。


 そんな俺はさっさと王籍から抜けてしまいたい。だが、抜けたら抜けたで俺を使って、糞祖父さんやクレイナルが何か仕掛けてこない保証はない。そんな厄介な俺は、城で監視される必要があるんだ。

 名前ばかりの王子で家族の輪から完全に外れているのにも関わらず、俺が王族から抜けられないのはそういう事だ。

 

 この国のためには、王太子はロスリーが相応しい。俺みたいな糞子爵の血は残すべきではないし、グレシアとの関係性を大事にするためにもロスリーが適任なんだ。それを誰もが望んでいる。もちろん俺も望んでいる。ロスリーも望んでいる。それなのに、俺への罪悪感に折り合いをつけられない国王夫妻は、俺を王太子にしようとしている。

 狂気の沙汰としか思えない。俺に母さんの呪いでもついていて、王太子になれなければ国を亡ぼすとでも思っているのだろうか? 物語の世界じゃないんだから、有り得ない! 俺はれっきとした人間だ。


 だから俺は王太子に相応しくないよう勉強も手を抜き、性格も優柔不断な馬鹿を装った。この計画は功を奏して俺を苦々しく思う奴は急増している。国王だって内乱を起こされてまで、俺を王太子に指名するはずがない。

 だが、まだ子供のロスリーに自分の罪を擦り付けた卑怯で馬鹿な大人によって、俺達の運命は滅茶苦茶にされてしまった。


 杜撰な計画のせいで見事に失敗したから、俺を殺そうとしたのがロスリーの側近なのは多くの人が知っている。このままロスリーが王太子になれば、兄を殺そうとしてまで王太子を手に入れたと世間から思われてしまう。ロスリーは俺を家族だと思って接してくれる唯一の存在だ。優しくて真面目なロスリーに、俺みたいに世間から蔑まれる肩身の狭い道を歩いて欲しくない。

 だから俺は「俺が王太子になるのは一時的なものだ。時が来たらロスリーに返す」と決めて、一時的に受け入れる事にした。もちろん父親にもそう伝えた。まぁ、困った顔をしていたが。そんなことは気にしない。

 俺の計画は変更を余儀なくされた。「王太子になるが、無能すぎて王太子の座から引き摺り下ろされる」にシナリオを練り直したんだ。

 それなのに、当のロスリーが王太子になることを拒否した! どうしてだ? 王太子になりたいと、相応しいのは自分だと言っていたのに! 誰もがロスリーが適任で相応しいと思っているんだ。俺が一番そう思っている。


 急に気持ちを変えた理由は一つだ。両親に続き、ロスリーまで俺に罪悪感を抱いてしまったんだ。

 俺が殺されかけたのはロスリーのせいじゃない! 自分の出世しか考えていないあの側近の言い逃れに惑わされるな! 

 大体、誰かに罪があるとすれば、俺を王太子にしようとした国王だ。最初からロスリーを王太子にしていれば、こんなことは起こらなかったんだ!

 だが、ロスリーは俺の話を聞いてくれない。ロスリーまで家族の輪から外れ、馬鹿な王太子である俺を助けるためだけに生きると決めてしまった。

 どうしてだ? 俺はそんなことを望んでないのに。


 それでも俺は、王太子から引き摺り下ろされるように行動し続けた。馬鹿で無能な騙されやすいお人好しを演じ続けた。妻だって俺に擦り寄って来る中で一番馬鹿で性悪な家の令嬢を選んだ。いずれ王太子から引き摺り下ろされ、全て失わせることになっても全然心が痛まない相手だ。

 それなのにロスリーは、頑なに王太子になることを拒む。その余りの意志の強さに、自分の娘と添わせたいと考えていた有力貴族達も一人二人と諦めていった。




 焦る俺に光が見えたのは、クレイナルで行われた夜会だ。

 甘ったれたクレイナルの馬鹿王太子が、眩しいほどに美しい氷姫の誇りを傷つけた。

 氷姫はこの先あいつが生きていく上で、一番大切にしないといけない宝なのに。本物の馬鹿だなと呆れ果てた。そしたら、同じく本物の馬鹿であるシャナが、氷姫に恥をかかせるために意気揚々と一番乗りしやがった。

 本当に根性の悪い女なので、このままいくとサフォークもこの婚約破棄騒動に巻き込まれるかとヒヤヒヤして目が離せない。だが、氷姫の気高い気品に敵うわけがなく、見事に弾き飛ばされた。

 ホッと胸をなでおろしてロスリーを見ると……、あからさまに恋に落ちていた!


 キュレーザーの氷姫と言えば美しいだけでなく、ずば抜けて聡明で国王が務まる器だ。今回の会議でも控えめながら王太子顔負けの発言で、どんな国でも背負っていける逸材だと誰もが知っている。

「あの能力にあの容姿なのだから、年歳なんて関係ない。ぼやぼやしていたら、大陸外からも引く手あまただ。俺の事なんて気にしてたら、出遅れて手に入らないぞ!」

 そう言ってケツを叩いてやろうと思ったら、ロスリーは怒り狂うキュレーザーの王太子を捕まえていた。




 氷姫が王妃になるならサフォークは安泰だ。ロスリーが苦しまず俺を蹴落とせるように、俺を憎みたくなる理由を作ろう。それが兄として俺ができる最期の仕事だ。


 俺は氷姫の悪評を振りまいてやった。


 ちなみに「護衛と浮気」は俺ではなく、ユドル国の王女だ。もちろんすぐに調べ上げたロスリーが、アストラ国の油ギトギトで好色な国王の愛妾として送り出した。小国であっても一応王女なんだし、側室にしてやってもと思わなくもないが仕方がない。マイラに手を出したら、何十倍にもなって返ってくるってことだ。

 だから俺のことも、きっと完膚なきまでに叩きのめしてくれると思っていた……。




 だがロスリーは、俺の思惑通りには動かなかった。怒り狂って俺に襲い掛かってくると思ったのに、俺の真意を見抜いて牙も爪も引っ込めてしまった。

 生きる事に執着がなさ過ぎて、俺はミスをしたんだ。

 十一年も俺を殺しかけたと勘違いで苦しんでいるロスリーが、俺を殺せる訳がなかった。

 かといって、ロスリーはマイラを諦める事もできない。あいつだって板挟みにあって苦しんでいるが、一番苦しんでいるのはマイラだ。

 俺達兄弟の犠牲になったマイラが一番苦しんでいる。






 マイラの化粧品に薬品を混ぜたり、食事に毒を盛ろうとしたシャナは早々に隔離され、一族郎党ロスリーの監視下に置かれていた。

 そうやって裏では俺を引き摺り下ろすために準備をしているのに、なかなか重い腰を上げられないロスリー。いつまでたっても俺を殺しかけたという罪悪感から抜け出せないロスリー。王族なのに見下され、家族からは拒絶される可哀相な俺をこれ以上貶めたくないロスリー。

 でも、それは俺にとっては優しさではなく、残酷な現実を突きつけられているだけだと気づけないロスリー。

 いい加減このままではキュレーザー国がマイラを連れ戻しにきてしまう。戦争にだってなりかねない……。


 そんな時にマイラが北の離宮で静養すると言ってきた。

 あーあ、ロスリーがもたもたしているから、マイラは遠慮して完全に身を引く気だ。自分が悪役になって、怒りに震えるキュレーザーの家族を抑え込む気だ。

 こんな酷い目にあわされていたら当然だけど、ロスリーに愛されていることには気づいていない。気が付かないまま、表舞台から引っ込んで隠居状態となり、離婚される覚悟をしている。


 慌ててマイラに会いに行くと、想像以上に賢くて予想外に愉快な子だった。

 しかも俺達兄弟に共闘しろと提案してきた。外から見れば当たり前の話なんだろうが、俺には目から鱗だった。

 俺は自分を排除する方法しか考えたことがなかった。自分の命が軽くて家族を知らない俺には、それが最善に思えたんだ。




 一度王太子となれば、よっぽどのことがないと、その地位を剥奪される事はない。

 クレイナルが良い例だ。ベルナルドは勉強はできたが、甘ったれで国王の器ではなかった。それでも長男だから王太子になり、マイラに補完してもらうことで乗り切る予定だった。しかし、あの馬鹿は、自分の手でマイラを失った。

 マイラを失ったということは、未来の国益を失ったことに等しい。その上、契約違反で多額の賠償を支払うことになり、現在の国益も失った。

 まぁ、これくらいしないと廃嫡にはならない。


 だからこそ俺は、国の国益を損なう恐れのある無能な王太子として引き摺り下ろされるシナリオを用意したんだ。それはロスリーだって、同じだろう。

 だが協力すれば、別の道が見えるのだ。

 俺が暗殺されかけたあの時から、約十一年も俺達は兄弟らしい会話を避けてきた。そのせいで、別の道を見逃していたんだ。


 マイラの助言のおかげで新しいシナリオを思いついた俺は、大興奮でロスリーの執務室に走った。ノックもせずに中に入ると、既に先客がいて真っ赤な顔でロスリーに詰め寄っていた。

 確かルーシャというロスリーの裏の仕事をしている娘で、今はマイラを守るために家庭教師として側に仕えているはずだ。シャナもアーロンも馬鹿な貴族達もマイラに辿り着く前に、ルーシャに潰されていると聞いていた。


 二人共俺の存在に全く気が付かないほど、ルーシャの剣幕は激しい。

「マイラ様にたかる害虫を駆除するのは、最初の内は確かにロスリー殿下からの命令で行っていました。でもすぐに、私のお仕えすべき方はマイラ様だと思ったのです! 優柔不断なロスリー殿下に振り回されているのに、健気にも殿下の役に立とうと悪女を演じるマイラ様が可愛くて……じゃない、おいたわしくて……。もうマイラ様を支える事しか考えられなくなっているのに、マイラ様には北に来る必要はないと言われてしまったじゃないですか! 最低なことに、私はロスリー殿下の味方だと思われたんですよ! マイラ様を一番傷つけているロスリー殿下の味方だなんて……、マイラ様の最大の敵じゃないですか。全部ロスリー殿下のせいですよ! もう私を通してマイラ様の日常も聞けなくなるんですよ? 殿下は自業自得ですけど、どうして私まで巻き込むんですか! 分かってます? 殿下、今の貴方はベルナルド以下ですよ!」


 ルーシャの怒りは一向に収まる気配がなく、話はまだまだ続きそうだった。自分の俺は迷わず間に入った。

 話の腰を折られたルーシャは眉間に深い溝を作った顔を俺に向け、ロスリーは助かったと安堵の表情を見せた。だが、二人共、相手が俺だと分かると、目を真ん丸にして驚いていた。そりゃそうだ、これから殺そうとしている相手が現れたんだからな。

 だが俺は構わずに話を続けた。

「俺もその話をしに来たんだ。ロスリー、俺達は協力し合うべきなんだ。そうすれば、最悪の未来も回避できるはずだ」


 ルーシャは疑り深い顔を俺に向けたが、ロスリーは興味深げに「どういうことですか?」と食いついてきた。

 俺は新たなシナリオを二人に提示した。すぐに噛み付いてきたのは、王族にも遠慮がないルーシャだ。

「王太子殿下が重責に耐えられず自ら命を断とうとして、重大な後遺症が残る? だから王太子としての業務ができなくなり、ロスリー殿下に譲る? それはいいですよ、ロスリー殿下は王太子になれるでしょう。でもマイラ様はではなく、国内の有力貴族が王太子妃の座につくでしょうね! まぁ、それでもいいかな? ロスリー殿下みたいなクズとは離婚した方が、マイラ様にとっては幸せかも!」

 ロスリーもルーシャの意見と同じみたいで、表情が冴えない。「離婚はしたくない……」とブツブツ言っているが。


「サフォークでマイラを悪女だと信じているのは、ロスリーを利用して甘い汁を啜ろうとする一部の貴族だけだ。彼女が北に行くのなら、半年もすれば北の大地は完全に生まれ変わり始めるだろう。その頃にはマイラの悪評はマイラ自身が完全に払しょくしているし、国外にもあの噂が偽りだったと分からせる事ができるはずだ」

 半信半疑だった二人も俺の計画に協力してくれたし、グレシアはもちろんアストラやキュレーザーまでも手を貸してくれた。

 まぁ、当然キュレーザーにはコッテリ絞られたけど、殺されなかったのだからありがたい。


 本来の評価を取り戻した上に、北の大地を生まれ変わらせ、サフォークの発展に大きく貢献したマイラ。国民に慕われ貴族に尊敬されるマイラ以上に王太子妃に相応しい者がいる訳がないのは明らかだ。

 地盤固めが終わり、マイラを迎えに行ったロスリーの後を追って俺も北に向かった。


 マイラがロスリーの手を取ってくれるかが唯一の心配だったが、ロスリーが何とか強引に引っ張ったみたいなので、まぁ良かった。

 最初こそマイラとロスリーには温度差があったけど、ロスリーの努力でその差も埋まっていった。

 子供を連れて北の離宮にも遊びに来てくれるが、本当に仲睦まじい夫婦と家族で俺を安心させてくれる。

 二人が上手くいかない理由があるとすれば、悪評を流した俺の責任だからな。でも、そんな心配は一切ない。

 俺達は少し歪んだ家族関係だったけど、大事に育てられたマイラの力なのだろう。ロスリー一家は幸せな家族そのものだ。






 マイラが改装した離宮は明るく開放的で、俺には眩しすぎる。特に海に面した一面が全て窓になっているサロンは、居心地が悪いのに何故かつい足が向いてしまう。

 俺が主となっても離宮の開放は続けていて、今日も村人がひっきりなしに集まってくる。

「おはようございます! リーライ様、ルーシャ様」

「おはよう。今日も大漁だね、厨房も食堂も大喜びだ!」

 私の言葉にニカッと笑った漁師は「俺の魚は美人にしかあげないよ? だからルーシャ様に持ってきたんだよ!」と軽口をたたいて去って行く。そんな気安い関係を、俺はとても気に入っている。


 この地に来て三年。俺もマイラ同様に、王族の肩書は捨て村人に交じり生活を共にしている。俺を受け入れてくれた村人のおかげで、この地を治める頼れる領主様に少しはなれていると思う。

 マイラには遠く及ばないが……。

 村人はこの地を去るマイラを惜しんだ。いや、惜しんだなんてもんじゃない。マイラを奪い去っていくロスリーに対する、殺気のこもる視線が恐ろしかった。マイラが本気で止めなければ、暴動が起きていたのは確かだ。


 そんな状態だったから、マイラの後を継ぐ俺も受け入れてもらうのに時間がかかると覚悟を決めた。だが、ありがたいことに、思いの外苦労しなかった。

 この土地の民は寛大だ。悪女と呼ばれたマイラを受け入れてくれたように、無能と蔑まれた俺さえも受け入れてくれた。

 寛大で働き者な民のおかげで、港は美しい観光地に生まれ変わっている最中だ。

 様々な国から多くの船が集まり、市場ができ、貿易も盛んな港町になったのは、マイラの計画と準備が完璧だったからだ。


 マイラからこの地を引き継ぐ時に、俺は「半年でここまで作り上げるとは思っていなかった。この後を俺に託すのは心配だろう?」と言ってマイラを困らせようとした。

 だが、マイラは静かに首を振って微笑んだ。


「殿下は陛下が罪悪感から自分を王太子にしたとお思いでしょうが、わたくしは違うと思うのです。陛下は殿下が優秀だと見抜いておられたから、サフォーク国を任せたんだと思います」

 今まで一度だって考えた事もない言葉を言われ、俺は頭が真っ白になり立ち尽くしていた。困らせるつもりが、完全に俺が困っているではないか!

 そんな俺の背中をポンと押すと、「わたくしも陛下と同じ気持ちですから、安心してこの地を去れます」そう言ってマイラは城に帰って行った。






「リーライ様、暖炉の前でうずくまって何を燃やしているのですか?」

 トテトテとサロンに現れたルーシャをソファに座らせ、俺はまた暖炉の前に座った。

「俺の母親が書いた日記を焼いている。もう、必要ないからな」

「えっ! 呪われません?」

 ルーシャは相変わらず容赦がない発言をする。

 まぁ、日記の内容は夫や国や貴族達への怨み言しか綴られていないのだから、ルーシャの言うことも一理ある訳だが。

「大丈夫だと思うよ? むしろ俺が、この日記にずっと囚われて呪われていたんだ」

 やっと解放されたから、処分する気持ちになれた。


 俺は前向きな気持ちで燃やしているのだが、ルーシャは不安そうに俺を見ている。俺の母や国に対する屈折した思いを理解しているルーシャは、俺が心配なのだろう。

 あれほど大事に思っていたマイラではなく、俺を選んで北の地に残ってくれたルーシャ。そんな大事な彼女には、きちんと俺の気持ちを伝えたい。


 俺は一番最後のページを破り取った。一番残酷で、俺の戒めとなったページ。


『このお腹の子は最後の賭けだ。この子が産まれたら、この子さえ産まれれば、陛下は私を見てくれるはずだ。そうならなければ、お腹の子と共に、陛下もこの国も全てを壊してやる』


 子爵にこの母の日記を渡された日から、絶対に母の思う通りにはさせないと誓って生きてきた。母の思う通りにしてしまったら、俺は復讐の道具として産まれてきた事を証明してしまう。

 父からは望まれず、母からは恨みを晴らすための道具として生を受けたなんて。本当に俺は生きる価値のない命だ。

 ずっと、そう思っていた。




 最後のページが灰になるのを見届けて、俺はルーシャの隣に座り、いつ生まれてもおかしくない大きなお腹に触れた。

「ルーシャとこの子のために、俺は生きようと思うんだ」



終わり


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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