14.北の離宮に馬鹿が来た②
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
ベルナルドには返事をする価値もない。マイラは完全に存在を消去した。
アーロンも自分で連れてきたくせに、さっさとベルナルドを見限った。
「今日来たのはさ、マイラにサフォーク国から出て行ってもらうためなんだ。なるべく早く、荷物をまとめて欲しい」
身勝手な発言に、レオンハルトがいきり立つ。そんなレオンハルトの膝にポンと手を置いたマイラは、アーロンを見て微笑んでみせた。
「そうですか。ロスリー殿下は、国を背負われる覚悟を決めたのですね……」
「話が早くて助かるよ。離宮に行く前も話したから分かっていると思うけど、王太子になる兄上にマイラは相応しくないんだ。兄上の治世の邪魔になる悪女には、結婚していた事実さえ見えなくなるくらい完璧に消えて欲しい」
相変わらずな言い草だが、アーロンの言う通りだ。
「そうですね。すぐに準備します」
あっさりとそう返事をしたマイラに、レオンハルトが声を荒げる。
「何を言っているんだ? この土地を生き返らせたのはマイラの手腕だ! それなのに邪魔になったから出て行けなんて、失礼にも程がある! 大体、本当にマイラと離縁したいなら、本人が頭を下げに来るべきだろう!」
レオンハルトが頑丈な一枚板の机を叩くと、机が跳ね上がり紅茶が飛び散った。女性とは思えないパワーに、アーロンは怯える目を向けた。
「あ、兄上は即位と同時に花嫁のお披露目をして、自分の立場を盤石にする必要がある。非常に忙しい身なんだ。こんな北の端まで来て、悪女の相手をしている暇はない。だから王族である俺が来てやった……」
レオンハルトの殺気に満ちた視線を受けて、アーロンの声も小さくなっていく。
恐怖で視線が下へと沈んでいくアーロンの目に、見限ったベルナルドが映った。何かいい事を思いついたのか、パッと上げた顔が輝いている。
「マイラだって、キュレーザー国に帰っても居場所がないだろ? だからベルナルドを連れてきてあげたんだ」
アーロンは「ほらね! 俺って優しい」と言いたげな顔で、感情を見せないマイラを見る。
細い黒目を見開きギリギリと奥歯を鳴らすレオンハルトが、地獄の蓋が開くような低く恐ろしい声を出す。
「ろくでなしがろくでなしを連れて来て、何をするつもりだ?」
アーロンはレオンハルトに怯え小さくなりながら、かろうじて震えないよう自分の身体を押えた。だが、これ以上殺気を受け止めるのは生死にかかわると思い、話をベルナルドに放り投げた。
「マイラはキュレーザーに帰れないだろうから、ベルナルドがもう一度妻に迎えてもいいって……」
「お前は、数分前の話を覚えていられないのか?」
レオンハルトの短剣がアーロンの股の間からお気に入りのソファににぶっ刺さる中、マイラはベルナルドにハッキリと告げた。
「王太子殿下は、クレイナル国の事を考えて行動しているのでしょうか? 勝手に他国にやって来るなんて、ご自分の立場を危うくするだけなのが分からないほど愚かなのですか!」
二人の関係を断ち切ったのは自分なのに、それが分からないベルナルドは未だにマイラに甘え切っている。それが、マイラに突き放され、目を潤ませる。
「俺はもう王太子ではない。王位継承権を剥奪された」
「だったら尚更です。お分かりとは思いますが、貴方はアーロン殿下に利用されたのです。わたくしが貴方と会っていた事を不貞と騒ぎ立てて、キュレーザー国に払う慰謝料を減らす心積もりです。そうなればクレイナルだって無傷では済まない! クレイナル国に知られれば、身分剥奪だってあり得ますよ?」
王位継承権を剥奪されたベルナルドを守ってくれる者は誰もいない。むしろ自分達を守るために、ベルナルドは切られるはずだ。
自分の状況が分かっていないのか、ベルナルドはまだマイラに頼り切った視線を向ける。
「そうだね」
「そうだねって……。一体、何をしに来たのですか?」
「アーロンの考えは分かっていたけど、もう一度マイラに会いたかった」
マイラは露骨に嫌悪感剥き出しの顔で、深くため息をついた。
「迷惑です! それに、『会いたい』ではなく、『助けて欲しい』でしょう? わたくしが貴方を助ける義理が一切ないと分かりなさい! 気分が悪くなるので、名前で呼ぶのも止めなさい!」
「でも、ロスリー殿下はマイラを捨てるんだろ?」
「だから? 行き場を無くしたわたくしが、貴方ごときに助けを求めるとでも? わたくしを馬鹿にするのも大概にして下さる? 例え時が戻ったとしても、わたくしが貴方を選ぶことは絶対にないわ!」
マイラの剣幕にベルナルドは怯えた目をむける。それなのに、まだ縋り付いてくる。
「そんなことを言わずに、俺を助けて欲しい。マイラが助けてくれたから王太子でいられたんだと分かった。ちゃんと分かったから、もう一度助けてくれ。婚約破棄されてから、城のみんなが俺を白い目で見る。平民だって俺を馬鹿にしているんだ!」
ベルナルドと婚約中のマイラは、王太子であるベルナルドを引き立てるため出過ぎずフォローに徹していた。困った事態に陥ったベルナルドが捨てられた子犬のようにマイラを見上げれば、マイラが事態を収拾して歩いていたのだ。そのせいかベルナルドにとってマイラは、いつも後ろで温かく控えてくれている存在だった。
そのマイラが、心底嫌悪に耐えられない顔を自分に向けている。呆れ果てた声は、容赦なくベルナルドを切りつける刃となる。
「自業自得じゃないですか? 大体そんなプライドのないことを言っているから、周りから舐められるのです。わたくしは貴方の尻拭いをさせられる度に、『いつまでも甘えていないで、もっと自分で考えて行動しなさい』と何度も言いましたよ? 言われた事も分からない貴方みたいなクズが王族である必要はありませんね」
はっきりとマイラからの拒絶を受けて切り捨てられたベルナルドに、薄ら笑いを浮かべたアーロンが助け舟を出す。
「そんなこと言わずに、ベルナルドを助けてあげればいいのに。マイラを連れて来たとなれば、ベルナルドはクレイナル国でまともな扱いを受けられるようになる。それに何と言っても兄上に離婚されたマイラをもらってくれるのは、ベルナルドだけだよ? マイラだって惨めな思いしなくて済むだろう?」
アーロンのマイラを馬鹿にし切った態度は、レオンハルトの怒りを振り切らせた。完全に戦闘モードで、右の口角だけを上げて不敵に微笑む姿は恐怖でしかない。
「ほう? お前等は、命が惜しくないようだな? いいだろう、私がしっかり相手をしてやろう。簡単に死ぬなよ?」
目の前の海に流氷が溢れ返りそうな冷気を発したレオンハルトは、今度は左足から短剣を抜き取るとアーロンとベルナルドの間に突き刺した。
「弱い者いじめは嫌いだ。お前達は武器を使え! 私は丸腰で相手をしてやる、外に出ろ!」
アーロンとベルナルドは、問答無用でレオンハルトに引きずられて行く。二人共揃ってマイラに助けを求めたが、マイラは冷たく微笑み返してヒラヒラと手を振ってやった。
部屋から引きずられていく二人の叫び声だけで、辛い最期が想像できる……。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだもう少し続きますので、よろしくお願いします。




