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12.嵐のような出発前日②

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 ルーシャの去った部屋で一人になったマイラは、ここに来た時と何ら変わらない部屋を見回していた。

 初夜を拒否された時から、この部屋に長く暮らすことはないのだろうと思っていた。だから、部屋には何一つ手を加えていない。初めてここに来た当初のままだ。

 思い入れも思い出もない部屋を見ていると、扉を叩く音がする。


(まだ私に会いたい人がいるの?)


 マイラの返事で扉が開き、王太子が入って来た。

 あまりの予想外の客にマイラは、反射的に立ち上がったまま直立不動だ。

 ゆったりとした足取りで、王太子がティーセットのワゴンを押してくる。マイラは何が起きているのか分からず、頭が真っ白になって身動きが取れない。


 何とか身体の強張りが解けたマイラが、紅茶の準備を代わろうとしたが王太子に止められてしまう。

「昨日も挨拶に来てくれたのに、会えなかったから来たんだ。これくらいは、させてくれ」

 王太子はそう言うと、器用な手つきで紅茶を淹れてくれる。

 下三人の王子が長身でブロンドに青い瞳と目を引く容姿なのに対して、王太子は茶色い髪に茶色い瞳に平均的な身長と至って平凡だ。この見た目でも、損をしている。


 王太子はマイラの前に紅茶と焼き菓子を置いて、「どうぞ」と優しく微笑んでくれる。

 躊躇うことなくティーカップを取ると、香りの良い紅茶を口にする。一口飲んで、幸せそうにホウッと息を吐き出した。

「美味しいです! 王太子殿下は紅茶を淹れる天才かもしれません!」

 紅茶を楽しんでいるマイラに対し、王太子は呆気にとられた顔をしている。

「……ははは、天才なんて言われたのは、生まれて初めてだよ。最上級の誉め言葉をありがとう。そんなことより、君は何の躊躇いもなく私が淹れた紅茶を飲むんだね? 私は君の夫の政敵だよ? 用心すべきじゃないの?」

 のほほんとした様子で過激なことを言う王太子に、マイラも微笑みながらのんびり答えてしまう。

「わたくしはロスリー殿下の足を引っ張るために選ばれた妻ですよ? わたくしが妻の座に居座り続ける方が、王太子殿下にとって好都合です。そんな大事な悪女であるわたくしを、王太子殿下が傷つける訳がありません」

 王太子はキョトンとした顔でマイラを見ていたが、表情を崩してブホッと笑い出した。


「聡明な人だとは思っていたけど、それだけじゃないんだ。『氷姫』は意外と面白い人なんだね?」

「もう『氷姫』は卒業したのです。今は『悪女』なのですよ?」

 王太子は腹を折って笑い出した。

「聡明で愉快な『悪女』は勘違いしているよ。ロスリーは自分の枷にするために、マイラを妻にした訳ではない。君を愛しているから、なりふり構わず必死になって手に入れたんだ」


(またか……。アディリア様の時もそうだったけど、こういう風に言われて浮かれ上がった後に地面に叩きつけられるのはきついのよね)


「あれ? 紅茶は私を信じて飲んでくれたのに、私の話は信じない?」

「信じる要素が何一つ存在しませんから……」

 そう言って苦笑するマイラを、王太子は申し訳なさそうに眉を寄せて見ている。

「私の存在のせいで、マイラには辛い思いをさせているよね。ロスリーは後ろめたくて、私に手が出せないんだ。ここまでくると優しいんだか、残酷なのか分からないよね?」

 王太子の言っている意味が物凄く分かるようで分からず、マイラは首を傾げる。

「あれ? 意味が分からない? マイラは本当に何も聞いてないんだね……。なら私という存在が、サフォーク王家が騙された証なんだということは知ってる?」

 もちろん知らないし、初耳なマイラは、驚きで声も出せず首を横に振った。




「国王は学生時代グレシア国に留学していて、そこでロスリー達の母親と出会い恋に落ちた。二人が婚約秒読みってところで、サフォーク国でダイヤの鉱山が見つかった。その鉱山は子爵家の領地で、強かな子爵は国有にする事に条件を付けた。国に全て取られるなら自分達の立場を守るために、自分の娘を王太子妃にしろと国王に迫ったんだ」

 農作物など貴族の領地でとれる物は、基本的には領主の物になる。だが鉱山資源となれば話は別だ。その領地は多大な恩恵を受けられる代わりに、鉱山は国有化される。

「普通に考えたらあり得ない話だ。だが子爵は根性が腐っている上に、鉱山の場所がクレイナルとの国境でどちらの土地か曖昧な場所だった。そうと分かれば鉱山が喉から手が出るほど欲しいクレイナルだって、子爵に交渉を持ちかける。両国を焦らした子爵は、『娘を妃にしないなら、条件の良いクレイナルに鉱山を売り渡す』と最後通告した」

 先代のクレイナル国王は、周りが青くなるくらい強引だったとマイラは聞かされていた。先代なら何が何でも自分の国の物にしようと動いただろう。そして、それはサフォーク国を追い詰めたはずだ。


「国王に頭を下げられた父上は、泣く泣く子爵の娘を王太子妃として迎えた。何も知らない子爵の娘は、憧れ恋していた王太子の妻になれたと愚かにも胸を躍らせた。だが、当の王太子の心は別の女性の元にあり、絶対に自分に振り向く事はないと気づかされた。それでも自分に目を向けさせたくて王太子に跡継ぎをとせがみ、私を出産した際に命を落とした」


(夫に興味を持たれないなんて、なんか、ちょっと、私みたいね……)


「子爵は怒り狂って、娘が死んだのは陰謀だと王家を責め立てた。そして『次期王太子は絶対に自分の孫にする』と、当時の国王に迫り証文を取った。それだけではなく、当時王太子だった父上には、『再婚相手が産んだ子供が次期王太子となれば、誰もが娘の死を訝しるだろう』と脅した」

 王家相手に相当な度胸だと驚かされるが、ダイヤモンドの鉱山が強気の交渉を後押ししていた。

 それに、王太子が愛する恋人と別れさせられたのは事実だ。王太子妃の死に対する、周りからの疑惑の目は厳しかった。子爵が強気に出られる条件が揃っていたのだ。


「ところが子爵が散々交渉の武器に使ったダイヤモンドの鉱山は、実際は価値のないものだったんだ……。あまりに強気な子爵の態度に我慢ならなくなった父上が鉱山に入ったら、ダイヤなんてほとんどなかったそうだよ。『かつて鉱山だった成れの果て』だったみたい。まぁ根性の悪い子爵は、『クレイナルに盗まれた』と言い張ったそうだけど。それをきっかけに父上は子爵との縁を切り国外追放とし、私とも二度と関わらせないと念書を取った」


(騙されたとはいえ、しっかり確認もせず子爵の口車に乗せられたのだから、サフォーク王家にも落ち度がある。まぁクレイナル国が横槍を入れてきて、それどころじゃなかったのかもしれないけど。

 あれ? でも、もしかしたら……)


「話を聞いていると、きな臭い政治の駆け引きを感じます。婚約間近だった現国王と王妃の仲を、サフォーク側が一方的に終わらせた。となれば、ロレドスタ家もグレシアも、もちろん怒りますよね? 仲の良い二国間の関係を悪化させようと、クレイナル国が謀った可能性がありますね?」

「さすがだね。初めて聞いた話なのに、そこまで頭が回るなんて羨ましいな……。男に生まれていれば、間違いなく君がキュレーザー国の王太子だっただろうね」

「どうでしょう? 兄達は優秀ですから……。でも、男に生まれた方が、わたくしは幸せだったと思います。『花嫁運』が皆無ですから……」

 真面目な顔でそう言うマイラと向き合って、王太子は堪え切れず笑い出した。涙を拭いながら「まだ、皆無かは分からないよ」と慰められたが、何の現実味も感じられない。


「サフォーク王家もマイラと同じように感じたから、国を揺るがす道具になり得る私を手放さなかった」

 王太子の言うことも大きな理由の一つではある。だが、本来であれば国家反逆罪となってもおかしくない子爵が、国外追放や縁切りくらいで済まされるのには違和感がある。

 サフォーク王家は、王太子の将来を案じたのだ。王太子を守るために、サフォークは毒を吐き出さずに呑み込んだのだ。


「子爵の事件は公にはされていないけど、知っている関係者は少なくない。今でも私を冷たい目で見る者も多い。そのせいで父上も母上も、可哀相な私に気を遣ってしまう。無能な私を王太子に押し上げて、本来王太子になるべき優秀な弟に支えてもらっている。こんなにも家族に大事にされているのに、私にとっては針の筵だ……。私が欲しかったのは家族であって、王太子の座じゃない。誰も分かってはくれないけど」

 国王夫妻にとって、自分達の仲を引き裂いた証である子供はどう映ったのだろうか? 子供に罪はないと分かっていても、受け入れ難い存在だったのだろうか? 何にしろ扱いづらい存在ではあったはずだ。


「壊さないように箱にしまって大切に守られるのって、本人からしてみれば目を向けてもらえないのと同じですからね……」

「…………ふふふ、やっぱりマイラは私の気持ちが分かるんだね。だったら話が早い」


 おっとりフワフワしていた王太子の目に力が込められた。その目で真っ直ぐにマイラを見つめる。

「これからロスリーがする事を、信じて待っていて欲しい。マイラにとっては辛い事だろうけど、耐えて欲しい」


(ということは、ロスリー殿下は国を背負うと決めたんだ。王太子はきっと廃嫡になって、私は離婚だ。それでも王太子は「これがサフォークのために最善の道なのだ」と覚悟を決めている)


「わたくしも、元より覚悟は決めております」

 お互いにうなずき合う王太子とマイラ。その重なり合う視線の間に、マイラは人差し指を突き出した。

「でも、一つだけ言わせてください。兄弟が争わずに協力する事はできませんか? 国を統率するには対立するのが手っ取り早いのでしょうが、お互いの心にしこりが残るやり方はお二人のためにならないと存じます」

 マイラの提案を聞いた王太子は、驚くほど胸がすっきりしていた。頭の中にかかっていた靄が、一気に晴れて先が見通せる!

 何かを思いついたように慌てて走り出す王太子は、「ありがとう」と満面の笑みをみせた。そして、部屋を出る前に「お礼に一つ種明かし」と振り返る。

「マイラがロスリーに送った差し入れは、一つもロスリーに届いてないよ。全部シャナが人を使って奪っていたからね」

 マイラは深い瑠璃色の目を真ん丸に見開いて、王太子の背中を見送った。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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