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10.別れの挨拶

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 マイラは自分の部屋の中を、ウロウロと落ち着きなく歩き回っていいる。

 出発の準備のために早めの夕食を終えたマイラは、夜が訪れる前にアンナやルーシャを自室に戻していた。だから、いくら部屋の中を動き回ろうと、飛び回ろうと、咎める者は誰もいない。

 何がここまでマイラの落ち着きを奪っているのか? 脳内の議題は、「北の離宮に行く事について、ロスリー殿下に報告するか?」だ。


(国王夫妻には報告したし、別ルートでロスリー殿下もすぐに知ることになるだろう。私なんてお飾りにもならない妻だし、何処に居ようが興味ないわよね? 下手に話しかけて気分を害してしまったら、申し訳ないじゃない? とまぁ色々と会わない理由が頭を駆け巡るけど、逃げているだけだ。どんなに私に興味が無くても書類上は夫婦なわけだし、二度と王城には戻って来ないのだから最後の挨拶くらいしないとよね……)


 別れの挨拶をする覚悟を決め、部屋の中央で足を止める。まず最初に夫婦の寝室に繋がる扉を見るが、さすがにこの扉を開けるのは敷居が高い。というか、触れるのも憚られる。

 夫婦であることを拒否された日から、夫婦の寝室に立ち入るのは許されない事に思えるからだ。


(わたくしは、この扉を使うのに相応しい妻ではないものね)


 中から行けないのなら外からと、今度は部屋の外にある廊下をウロウロしている。

 ロスリーとマイラの夫婦の寝室があるのは、城の東の塔だ。東塔のこの階には、二人の寝室とお互いの部屋以外はない。

 だからいくらマイラが廊下をウロウロしていようとも、誰にも会う事はない。「何事だ?」と白い目でマイラを見ている護衛兵以外は……。


(何時にお戻りになるかも分からないし。大体、結婚式以来顔を合わせていないのだから、待ったところで無理よね……。でも、会おうという努力は見せた訳だから、このまま出発の日が来てしまうのは仕方のない事よね? わたくしなりの誠意は見せたわ!)


 マイラがそう自分を納得させた時、このまま永遠に会わないはずだったロスリーが何故か慌てた様子で現れた。

 廊下にいるマイラを見たロスリーが驚いているのは確かだが、特に何の言葉もない。その事実に心が折れそうなマイラは、このまま自室に戻ろうかと思った。

 だが、ロスリーは自室ではなく、夫婦の寝室の扉を開けて入っていった。


(入れってことよね? だって扉開けっぱなしだものね?)


 マイラが護衛に向かって目でそう訴えると、真っ赤になった護衛はうなずいて同意してくれた。


 寝室は毎日掃除されているから埃一つないが、ひんやりと冷たくて人が暮らしていないのがはっきりと分かる。この冷たさがマイラとロスリー間に流れる温度なのだと改めて思い知らされ、マイラは胸が苦しくなってしまう。

 そんなことは気にもしていないロスリーは冷え切ったソファに座ったが、マイラはこれ以上この冷たさを感じたくなくて立ったままだ。


(わたくしが立っていて、ロスリー殿下が座っている。これじゃ初夜と逆だけど、二人の距離感はあの時のまま。いいえ、もっとひらいてしまったのよね。もう、永遠に縮まることはないんだわ。まぁ、こうやって、距離が目に見えなくなるんだからいいわよね、お互い)


 開き直ったマイラが、冷え切った部屋に冷え切った言葉を落とす。

「……最近、体調が思わしくありません。北の離宮で静養いたします」

 そう言い終えるやいなや、マイラはゾクッと身震いした。これ以上なく冷えた部屋が、余計に寒くなった気がした。

 窓が開いているのではないかとカーテンの揺れをチェックするが、全く微動だにしていない。水色に金糸の刺繍がされたロスリー色のカーテンはぴっちりと閉じられていて、カーテンの内側を窺うことはできない。


「……いつ、出発するのだ?」

 自分の事など全く興味がないと思っていたロスリーに予想外に質問され、マイラは驚いて一瞬固まってしまった。

「……あ、はい。えーと、明後日です」

「明後日? 離宮の補修は済んでないし、必要な物資も届かないだろう?」

 ロスリーは責めるような口調で、今にも立ち上がって詰め寄ってきそうだ。急に距離をつめられそうな事態に驚いたマイラは、用意していた言い訳ではなく真実が口から滑り落ちる。

「幸い今は寒い時期ではありませんし、雨風凌げれば特に気にもなりません。離宮のそばにはアンナの実家もありますし、何とかなります」


 言ってしまってから、悪女の言う台詞でも病人の言う台詞でもなかったとマイラは青くなった。だが、ロスリーは全く反応を示さず「そうか」と言っただけだった。

 さっきまでは「無くなってしまう!」と思っていた距離も、今は元通り、いや、それ以上にひらいてしまった。


(そりゃ無反応よね、私に興味ないもの。一人で勝手にビクビクして情けないな。もしかして、私ったら、止めてもらえるとでも思っていたの? もう本当に恥ずかしすぎる! みっともないにも程があるわ……)


 心が苦しいほど重くなったマイラは、一礼して部屋を後にした。

 ロスリーはマイラが出て行った扉を、いつまでもいつまでも夜が更けても見つめていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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