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1.美しい花嫁が幸せとは限らない

読んでいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

 雲一つない澄んだ青空の下、純白のウェディングドレスを着たマイラの神々しいほどの美しさに集まった国民の誰もが目を奪われ息を呑んだ。

 元々大陸一の美女と名高い王女だったが、今日の美しさはいつにも増して非の打ち所がなかった。

 純白のウェディングドレスは、身体に沿ったデザインで甘すぎずマイラの美しさを引き立てている。特にロングベールは圧巻で、マイラの美しさを神の域まで昇華させてしまう。


 二十二歳の嫁き遅れ悪女と周囲から毒を吐かれていても、夫から一言も言葉をかけられていなくても、マイラは世界一美しく幸せな花嫁に見えた。


 事務的な会話以外はほとんどロスリーと言葉を交わす事はなくても、結婚式もお披露目も無事に終わるのだ。

 晩餐会はロスリーが隣にいないことが多くてサフォークの貴族達から嫌味三昧だったが、それは分かり切っていた事なのでマイラは全て聞き流した。そのマイラのその態度が気に食わない者もいたようだが、マイラの気品に圧倒され近づける者などいなかった。




 結婚に関わる全ての儀式が終わり、マイラはやっと部屋で一人になれた。

 周りの目がなくなり張り詰めていたものが溶け出すと、悪意に蝕まれた一日が思い起こされて苦しい。

 全く歓迎されていない雰囲気の中での結婚式とは、分かってはいてもドロドロの底なし沼にはまっていくようで身体が沈むように重い。


 トルソーにかけられたウェディングドレスが真っ白なのが信じられないほど、マイラの心は人々から投げつけられた悪意で真っ黒に染め上げられている。

 いや、マイラ自身の憎悪が一番大きい。誰にもぶつけることのできない屈辱感や痛みが、マイラの中でマグマのように沸々と赤く煮えたぎっている。


 ふとこみ上げてくる涙を、マイラは奥歯を噛みしめて止める。


(泣かない、絶対に泣かない。わたくしが泣いたりしたら、キュレーザー国の名折れ。サフォークの悪意なんて分かり切っていた事じゃない! 跳ね飛ばすつもりで来たのだから!)


 マイラが涙を呑み込むと、夫婦の寝室とロスリーの私室を繋ぐ扉がノックされた。マイラが慌ててベッドに腰を下ろすのと同時に、ロスリーが扉を開けて寝室に姿を現す。

 だが、ロスリーはマイラの側に来ることなく、すぐに足を止めてしまった。

 初夜のことを思うと不安と恥ずかしさでうつむいたマイラは、歩みを止めたロスリーの足元が夜着ではない事に気が付いた。

 ロスリーは結婚式の時と変わらない格好で、マイラに残酷な事実を告げた。


「結婚式まで済ませたのに申し訳ないが、私には跡継ぎを作る意思が…………ない」






 今日の悪意を何とか乗り切ってきたのに、最後の最期でロスリーに打ちのめされた。何が何だか訳が分からないが、自分が混乱している事だけは分かる。

 色んな感情が入り乱れながらも自室に戻ったマイラは、ベッドに大の字で横たわる。

「はは、まさか初夜に一人でベッドを独り占めできると思わなかった」

 震える声は、床に落ちて砕け散る。


(悔しい! どうして? どうして、わたくしがこんな仕打ちを受けないといけないの? 神様、多分、誰かと間違えていると思う。今なら許すから、時間を戻して! 七年前にとは言わない! 全てが激変したあの夜会でも構わないから、お願いします!)


 マイラの叫びは虚しく響くだけだ。








 クレイナル国の国花である真っ白な百合の花が贅沢に飾られた夜会会場は、白百合の香りと華やかなドレスで彩られている。

 同じ大陸にある六つの国の次世代を担う王族たちが集まり、意見交換を交わした三日間を締めくくる夜会だ。会議に参加した王族やその側近はもちろん、開催国となったクレイナル国の貴族も多く集まっている。参加している者皆が「自分は国の代表だ」と自負して、己の言動に気を遣う公の場だ。

 六カ国が一堂に介する機会など滅多にないので、皆ここぞとばかりに社交に忙しい。はずだ……。




 クレイナル国がある大陸には六つの国がある。一番北にあるのがクレイナル国で、国土のほとんどが寒冷地のため農業は難しい分林業が盛んだ。


 その南側にあるのが温暖なキュレーザー国で、温暖な地域を活かした農業だけでなく工業も盛んな国だ。


 クレイナル国とキュレーザー国の西側にあるのがアストラ国。農業も工業も自国でまかなえているから、必要最低限の貿易をするくらいで人の行き来はあまりない。こうやって集まりに参加するくらいだから国を閉じている訳ではないが、外交には消極的な国だ。


 キュレーザー国とクレイナル国の東側にあるのがサフォーク国で、サフォーク国の東側に並ぶようにあるのがグレシア国だ。

 両国ともキュレーザー国と同様に温暖で、国内の状態もよく似ている。

 違う点と言えば、サフォーク国とグレシア国は六カ国の中でも群を抜いて密接な関係なことが挙げられる。貴族だけでなく平民も国を跨いでの婚姻が多く、両国に親戚がいる者が国民の四分の一近くいるくらいだから、国同士の行き来も他国と比べて盛んだ。

 この五つの国は国土の面積が同じくらいなので、昔から同じような国力として扱われている。


 最後の一つのユドル国は、各国の十分の一ほどの面積しかない小国になる。場所もクレイナル国の中でも極寒地方の西側に位置しており、農業も工業も未発達な貧しい国だ。唯一の金脈は鉱山があることだが、発掘のインフラが整っておらず宝の持ち腐れになりつつある。




 そんな関係性はバラバラながらも、「大陸として協力できることはしていこう!」という国同士の未来の関係を見据えた大切な会議だった。お互いの意見を尊重し合いながら、和やかに会議を終え楽しい夜会が始まったはずだった。

 その夜会で、怒りに打ち震えている人物がいる。キュレーザー国の王太子であるランス・キュレーザーだ。体調不良の王太子妃に代わって、妹の第一王女と共に会議に出席していた。


 妹であるマイラは十代の頃から大陸一の美貌と有名で、人を寄せ付けないほどの美しさで人々の羨望を集めていた。

 星の光を集めたようなシルバーブロンドは、何もしていなくても宝石をまとったように輝いている。深みのある瑠璃色をしたアーモンド形の瞳は、月明かりで照らされた夜空のように深く美しい。その清廉でどこか神秘的な容姿は、聡明で物静かに見えるマイラにピッタリと似合っている。

 肌も雪のように白く、標準より背が高くスラリとしたスタイルも相まって、冷たい印象を持たれることが多い。そのため、その美貌を褒め称えると同時に、妬む意味も込めて「氷姫」と呼ばれている。


 二十二歳となった今も輝く美貌のマイラは、今この会場内で好奇の視線に晒されている……。もちろん本人もそれには気が付いているが、王女らしく社交に励み気丈に振舞っている。

 一方兄であるランスは妹に社交を押し付けたい訳ではないが、今は必死になってクレイナル国の国王を探している。

 しかし、腹立だしいことに見当たらない。自国開催の公的な会議なのだから、国王たるも会場内にいるべきだと苛立ちが募る。この場にいないということは、この一大事に尻込みしたのだ。面倒事が怖くて逃げ出したのが分かると、親子揃って情けない奴等だという怒りしか湧いてこない。

「……絶対に、許さない!」

 ランスは腹の底から声を出し誓った。




 一方マイラは好奇の目にはうんざりしていたが、今日の夜会に緑のドレスを選ばなかった自分の危機管理能力に拍手喝さいを送っていた。


(良かった。上半身に銀糸の刺繍がされた光沢のある青いドレスにして。いかにも自分大好き! って感じでどうしようかと思ったけど、今日の私は『自分大好き』が大正解だわ。緑のドレスなんて着ていたら、もう目も当てられない状態だったはず)


 不幸中の小っちゃな幸いに胸をなでおろすマイラの目の端に、諸悪の根源であるクレイナル国の王太子が入り込む。


(あぁ、来ちゃったよ。来なくていいのに……)


 クレイナル国の王太子ベルナルドは、今回集まった王太子の中では一番若い二十歳。会議の中でもまだまだ甘い考えが目立ち、空回りしていることが多かった。だが、クレイナル国の国王や彼の側近の誰もそれを咎めたりはしない。ベルナルドに力が無くても、ベルナルドの妻となる王太子妃に補う力があればいいと思って任せきっているからだ。


 ベルナルドは彼の明るい性格を表すようなオレンジ色の短髪をフワフワと揺らし、緑色の瞳を幸せそうに輝かせてマイラの前に立った。

 二十歳になり精悍さが増した整った顔の彼が着ている燕尾服は、全体に施された金色の刺繍が印象的だ。これだけの刺繍を施すには、一カ月以上かかるだろう。


 マイラの頭一つ分上から、「久しぶりだね」とベルナルドが声をかけてくる。三日も一緒の会議に出ていて言う言葉ではないが、いちいち反応しているのも馬鹿らしい。

「こちらはユドル国の第一王女、ミラーナだ」

 ベルナルドが紹介してくれたのは、大きなリボンが付いた緑色のドレスを着た小柄で可憐な女の子。ミルクティー色の波打つ髪に、蜂蜜色の大きな瞳、フワフワのマシュマロみたいな丸い頬、全てが甘そうな可愛らしい少女で、マイラとは正反対のタイプだ。


「初めまして。マイラ・キュレーザーです。お会いできて光栄です」

 完璧な淑女の礼を見せるマイラに対しミラーナは、「……ミ、ミラーナ・ユドルです」と親に連れられた五歳児みたいな挨拶しかできずベルナルドの後ろに隠れている。

 この様子を見れば、通常であれば嘲笑の対象はミラーナのはずだ。だが、そうはならず、嘲笑はマイラに向けられる。今この空間は異常なのだとしか言いようがない。

 ろくに挨拶もできないミラーナにベルナルドは「ミラーナはこういう場は初めてだからな」と嬉しそうに言うと、肩を抱いて去って行った。

 その異常な光景を息を止めて見ていた者達は、一人取り残されたマイラに同情と嘲りの視線を送ってくる。


(こんな状況なのだから誰かがわたくしを嘲笑いに来るだろうと思っていたけど、案の定よ。あぁ、もう面倒くさい!)


 今まで一度も会話したこともないサフォーク国の王太子妃シャナが、周りから距離を取られているマイラに近づいて来る。

 小柄な身体には不釣り合いなほど大きな胸を強調したピンクのドレスを着ているため、歩く度に下品なほど胸が揺れる。「そのドレスは誰にも注意されなかった?」と言いたくなるくらい、同性のマイラでさえ目のやり場に困ってしまう。

 そんな品性の欠片もないシャナのクリッと丸いピンクの目は、いやらしいほどに嘲りの色を湛えている。


「こんばんは、マイラ様」

「こんばんは、シャナ様。サフォーク国のシルクが引き立つ素敵なドレスですね? シャナ様にとてもお似合いです」

 ニッコリと微笑んだマイラを、シャナは鼻で笑う。マイラのかけた言葉に返事を返さないどころか、まともに聞いていた様子も感じられない。


 サフォーク国の子爵家から王太子に嫁いだシャナは、王太子妃としての技量も器も持ち合わせていないと有名だ。今回の会議でも、意見どころかまともな返答を返すことさえできず失笑を買ったのは一度や二度ではない。

 大陸の社交界の中心にいるマイラに話しかけるのなんて、今日が初めてだ。それなのにこの人を見下し、マイラの苦悩が楽しくてしょうがないというにやけた笑顔だ。

 シャナの振る舞いには誰もが顔を顰めているにも関わらず、二人の会話の内容を聞き逃すまいとジリジリと人が集まってくる。

 上辺は綺麗な泉を装っているが、足を入れれば汚泥だらけの沼。それが社交界で、女の戦場なのだとマイラは改めてうんざりしてしまう。


「ミラーナ様は、マイラ様の五歳年下で十七歳ですって! マイラ様のような美しい婚約者を残して、可憐な花と一緒に行ってしまうなんて、ベルナルド様は残酷よね?」

「ベルナルド様はお優しい方ですから、公の場に不慣れなミラーナ様を心配されているのでしょう」

 会場はマイラとシャナの会話に耳を澄まし、しんと静まり返っている。

 マイラのフォロー虚しく、「やだぁ、もうベル様ったら」「ラーナのためにと思ったのに」と能天気な二人の甘い声が静かな会場に響く。


 シャナの口角は厭らしいほどに上がり「お互いの瞳の色に合わせた衣装、一体いつ作ったのかしら?」と言いながら、ベルナルドの色が一切ないマイラの美しいドレスをねめまわす。


(おーい、サフォークの王太子、妻が意地汚くなってますよ。早く回収しないと、流石にみっともないと思うけど! あっ、駄目だ。サフォークの王太子はいつもニコニコと座っているだけで、対処してるのは第二王子だった……)


「どんな絶世の美女も、その美貌を誇れるのは十代までよね? 花だって見頃を過ぎたら、次の花へと心が移ろうもの」

 シャナの言う通りで美貌など衰えるものであって、大事にされていた頃には戻れないのだ。

「シャナ様の仰る通りですわ。ずっと失われない関係を作れなかった、わたくしの不徳の致すところです」

 そう言って微笑んだマイラは、愁いを帯びながらも強く輝くほどに美しかった。誰よりも美しいマイラを前に会場中の誰もが何も言えなくなり、マイラから目が離せない。




 マイラの婚約者であるクレイナル国の王太子が、マイラではなく別の国の王女を公の場でエスコートしている。信じられないことに、お互いの瞳の色をあしらったドレスを着てだ。

 もちろんベルナルドへの侮蔑の視線は激しかったが、マイラへの嘲笑には及ばない。

 他人のスキャンダルほど面白いものはなく、男女のもつれは女が痛い目を見るものだ。例えマイラに非がなくとも……。


 だからこそランスは、不躾な視線からマイラを守りたかった。何度も部屋に戻るようマイラを説得したが、マイラは最後まで王女としての社交をやり遂げた。もちろんそれは、王女としての意地に他ならない。

 話をする大半の者が汚泥だらけの沼に引っ張り込もうとする中、マイラは一人澄んだ泉に残ったまま、美しさが損なわれる事なく微笑んでいた。

 ランスだってそんなマイラを褒め称えたいが、ベルナルドやクレイナル国への苛立ちでそれどころではない。早々に今日の事実と今後の対応に関する手紙を書きあげ、キュレーザー国の国王に向けて早馬を走らせる必要があった。




 夜会終了後のランスの部屋ではマイラが「疲れた……」と脱力し、マイラの護衛であるレオンハルトは笑いを堪え切れない。

「えらい目に遭ったな! 見ている方は、マイラの痛々しさに笑いが止まらなかったぞ!」

 護衛が取る態度ではないが、同じ年の二人は子供の頃から仲の良い幼馴染だ。

 国で最も重要な要所を守る辺境伯家の一人っ子として生まれたレオンハルトは、歴代のタイラー家当主が名乗る名を拝命した時から騎士となった。五歳でレオンハルトとなった日から、マイラを、そしてキュレーザー国を守るために鍛錬を怠らない最強の騎士だ。

 短く刈り込んだ赤髪をガシガシと掻きまわして、吊り上がった黒く厳しい細目に涙を溜めてベッドの上で笑い転げているが……、間違いなく最強の騎士だ。


 夜会でのベルナルドのやらかしに、怒りと苛立ちが収まらないランスは机を叩いて物騒に吠える。

「レオン、うるさい! クレイナルとユドルをぺっちゃんこに潰す方法を考えているんだから、少し黙っておけ」

「お兄様! クレイナルにもユドルにも民がいます。民の生活を脅かすような真似は、止めて下さい!」

 ランスはとても優秀で狡猾な策士だ。彼が本気で「やる!」と言うのなら、大抵のことはその通りになってしまう。


 マイラだってベルナルドの態度には腹が立つし、自分の今後を考えると暗い気持ちにしかならない。だからといって、その腹いせに国民を巻き込むのは話が違うと思うのだ。


 ランスとてマイラの気持ちは分かっているが、国同士の問題に甘い考えを持ち込めばキュレーザー国が舐められる。それは王太子としては許せることではない。

「お前達の結婚は国同士の契約だ。あいつはマイラだけでなく、キュレーザー国を虚仮にしたんだ! それに中途半端な制裁では、ベルナルドを苦しめられないだろう?」

「殺すか?」

 レオンハルトの黒い瞳と腰の剣が、ギラリと鈍く光る。

「ちょっと、レオン、剣はしまって! 二人共物騒よ!」

「マイラは国の事になると頭を働かせるのに、自分の事になった途端にどうでもよくなるから困るんだ。レオンも俺もお前の幸せを願っている。それを踏み躙った奴を許せるか!」


 ランスもレオンハルトも怒りに燃えているが、マイラの心は思いの外冷静だった。

「遅かれ早かれ、こうなったんじゃないかしら? 結婚する前で良かったのかも……」

 ランスは顔をくしゃくしゃにして「そんなこと言って、お前はもう二十二歳だぞ! 相変わらず美しいが、世間的には嫁き遅れだ……」と言って、ベルナルドへの怒りをペンに込める。


(確かに嫁き遅れだけど、結婚した後にこの事態が起こるより絶対に良かった。ここ二年位ベルナルド様は、わたくしを見るのも辛そうだった。シャナ様の言う通りで、二十歳過ぎれば見た目なんて衰えるだけなのね。見た目だけで結婚を決めたベルナルド様には、わたくしみたいな可愛げのない年上妻は無理だったのよ。まぁ、それでもと望んできたのはあっちだけどね!)






 マイラとベルナルドが婚約したのは、マイラが十五歳でベルナルドが十三歳の時だった。

 父親と共にキュレーザー国にやって来たベルナルドが、マイラに一目惚れをしたのだ。マイラだけでなく周囲までが引くぐらい、いい加減うんざりするほどに婚約の申し入れをしてきた。

 キュレーザー国の国王であるマイラの父親は、難色を示し断った。やはりマイラの方が二つ年上というのが気になっていたのと、既にマイラの美しさや聡明さは有名で名乗りを上げる候補が多かったからだ。

 だが、マイラの賢さで息子を支えて欲しいと考えていたクレイナルの王は息子同様に、しつこく諦めなかった。

 キュレーザーとの国境にある、良質な木材が採れる広大な土地を譲渡するとまで言ってきたのだ。しかもその場所は、国防上も重要と言える場所だった。

 父親とはいえ一国の王だ。国の利益を優先するのが当たり前。それに他大陸に嫁ぐより、隣の国なら様子も窺いやすいという親心も働いた。そこからはとんとん拍子に、二人の婚約が決まった。

 だがその時点で既に、王妃と兄妹は婚約に納得していなかった。家族からたった一人孤立した父を救うべく、和解交渉に忙しかったのはマイラだった。


 幼かったベルナルドも「マイラに相応しい王になる!」と可愛らしく言って、必死に勉強や鍛錬に励んだ。もちろんマイラもベルナルドの努力を誉め応援した。そのおかげでベルナルドは優秀な成績を収められるようになり、可愛らしかった顔も次第に精悍になっていった。だが、甘ったれた考え方は、なかなか治らなかった。

 それでもずっと順調だと思っていたが、マイラが二十歳を過ぎた辺りから目が合わないことが増えたし、明らかに手紙の数が減った。届く手紙の内容も他人行儀で薄っぺらい。かつてのマイラが大好きで仕方がないという情熱は失せてしまったのだろう。


 元より明るい性格だったのと、優秀で精悍な顔立ちになったベルナルドは、かねてより令嬢達に人気があった。自分より若く可愛い令嬢に気持ちが傾いたのだろうと思っても、マイラは寂しく感じるが嫉妬はしなかった。

 手のかかる子供の成長を七年も見守ってきたマイラの中で、ベルナルドは恋人というより弟に近い存在になっていた。家族になるのだから、マイラはそれでいいと思っていたのだ。


 だがそれも、昨日までの話だ。

 ベルナルドはキュレーザー国を侮辱した。

 マイラはキュレーザー国を愛している。クレイナル国よりキュレーザー国を下に見ている相手とは、結婚などできるはずがない。

 今日のこの出来事は、あっという間に大陸中に知れ渡る。公の場で堂々と浮気をされたのに、それを許してマイラが嫁げば、キュレーザー国がクレイナル国の下だと思われる。誰よりもキュレーザー国を愛するマイラには、それは絶対に許せないことだ。

 ならば、キュレーザー国が取る手段は一つ。キュレーザー国を侮辱した報いとして、クレイナル国とユドル国にそれ相応の罰を与える。キュレーザー国を怒らせたらどうなるか、大陸内外に知らしめるのだ。


読んでいただき、ありがとうございました。

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