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第六話 刃物は安全に仕舞っておこう

 アラギモである僕たちの仕事、艱難辛苦退治をしていたら、辺りはすっかり夜だ。


「あっちへ逃げたぞー」「寝子丸! あれを追えー!」とまだ日が出ている時間から僕は癒咲くんと休楽くんにたくさん走らされていた。


「ふい〜、どっこいしょ」


 適当な岩に腰かけた。ここは町外れの見晴らしの良い丘で、とにかく静かだ。ここからは賑やかな町に灯った明かりが綺麗に見える。


 はあ〜、いくら僕が弓の腕前が優れていて戦闘経験豊富で強くて動きも俊敏だからって二人は僕を頼りすぎだ。

 ……まあ頼られて悪い気はしないけども。


 ああ、それにしても喉が渇いたな。


「そうだ、なんか飲み物と……」


 僕はいつもの便利な能力で、麦茶の入ったコップと三色団子を手に出現させた。ひと休みひと休みっと。

 ゴクゴク飲んでもぐもぐ食べていると、空の上から何やら僕を目がけて飛んでくる。その形はだんだん大きくなっていき、艱難辛苦だと分かった。


「おお、あっちから来てくれるとはな」


 暗闇にすっかり目が慣れたというのもあるが、これだけ暗くても艱難辛苦だと分かるのは、この周辺を歪ませるような重苦しい妙な雰囲気のせいだ。


 手から茶と団子を一旦消し、代わりに弓矢を出現させる。岩に座ったまま、上から来る艱難辛苦に向かって射る。今回もちゃんと当たり、艱難辛苦の身体はパァァンと白い粒を散らして消えた。


「さて、休憩を続けよう」


 再びコップを出現させて麦茶を飲む。しかし中身がなくなってしまったので、麦茶ポットを片方の手に出現させる。ところがやけに軽く、振っても麦茶の入っている音がしない。


「あれっ、こっちもカラかー」


 透明な麦茶ポットを町の明かりに透かして見るとやはり中身がもう入っていなかった。げー、困ったな。

 喉が渇いているので少しでも水分を得られないものかと、フタを外して直接口にパッパッと振ってみるも、麦茶パックから出た苦い汁が口に入るだけだった。


「……うーん、まあいい。暗いしそろそろ帰るとしよう。寮には水がある」


 よいしょと立ち上がり、懐中時計を取り出す。僕だけ先に帰らせてもらおう。

 鏡の面を出した時、「おーいねこまるー!」と少し離れた辺りから誰かが呼んだ。


 げ、誰か来てしまった。どうしよう隠れるか? いやでも僕だとバレているしなあ。うーんと、この声は……。僕は諦めて辺りを見回し声の主を探した。


「ん? おお、癒咲くん」


 結った髪を揺らし、走って丘を登って来る癒咲くんの姿があった。近くまで来ると姿勢よく立ち、息を整えながら言う。


「ハァッ……俺もあれから何匹か倒したんだ」


 癒咲くんは「苦戦はしたが……」とボソッと付け加えた。


「ああ、倒したのか。よかった」


「それで、もう夕飯の時間だろ? 戻ろう」


「うん、僕もちょうどこれで帰ろうと思っていたところだよ」


 手に持ったままの懐中時計を見せると、何やら目を丸くし、眉毛を上げ「それ……」と言いかけた。その時、その言葉をかき消すように離れたところからまた別の声が聞こえた。


「お、おい! 待て! 俺のことも連れて行ってくれええええ!」


 自身の背丈程の大きな武器を手に持った怪力休楽くんが走ってやってきた。それを見た癒咲くんはスッと冷静な面持ちになり淡々と「わ、休楽のやつも来たかあ」と嬉しいんだか嫌なんだかよく分からない反応をする。


 二人は僕を囲むみたいに立った。ああ、これはどうやら懐中時計の機能を使って二人を連れて帰らなければいけないようだ。しかし、それはちょっとまずい!


「なにやってんだ? 早くその便利なやつで帰ろうぜ!」


 休楽くんは機嫌良さそうに懐中時計を指さして言う。僕は「うーん……」と片手に包まれた懐中時計を見つめる。


「そうだぞ寝子丸。それで寮まで戻れるんなら、もうあの距離を歩かなくて済む。それに何を渋っているんだ? さっきそれで帰ろうとしてたじゃないか」


  体力にあまり自信が無い癒咲くんが、早く帰らせろと言わんばかりの瞳で淡々と言う。こりゃ、本当のことを言った方が良さそうだ。


「……これさ、壊れてるんだよ最近。君たちを危険に晒すわけにはいかない。だから今回は諦めて欲しい、というわけなんだ」


 ……これで伝わっただろうか。チラチラと二人の顔を見ると、どうやらそうでもないらしい。そして何やら休楽くんは斧を地面に置いてから言った。


「壊れてるう? どんなふうに。しかもおまえ、昨日も今朝も普通に使ってたろ。ほら便所行く時だってさ」


「いやそれは……自分一人なら、」


「つべこべ言わずに使わせろって」


 休楽くんがひょいっと僕から懐中時計を奪い取りやがった。


「あ! 勝手に触るなコラ! 返せ」


 どう手を伸ばしてもヤツの手から取り返せない。まるでガキ大将だよ! くうう、悔しい。


「ふん、本当は壊れてないんだろ? うーんと、どうやるんだっけこれ。開かねぇ……」


 休楽くんは懐中時計の鏡の面を出すために、力任せに縦にグイグイ引っ張ろうとした。

 あああ! ただでさえ壊れかけてるっぽいのに、ヤツの怪力で外観までメキョッとされてしまう!


「わ、分かった! 使わせてやるから! もうこれは以上はやめてえええええ!」


 僕の必死の懇願に、休楽くんも「……おう、悪かったな」と大人しく返してくれた。

 僕たちの様子を黙って見ていた癒咲くんは「はあ……」と大人を気取ったようなため息を吐いた。


「ん?」


 その時チラリと目に入り僕の不安を煽ったのは、休楽くんが地面から持ち上げようとする大きな斧だった。


「わ! 休楽くん! それ、ちゃんとカバーしといてくれよ!?」


 寮へ移動した時、またあの狭い押し入れか、はたまた箪笥の中なんてことになったとしたら、狭い場所で密着するであろう僕たちは体をズタズタにされて命を落としかねない。


「ん? カバーなんて無ェんだけど?」


「え?」


 そうか、確かにあの斧にカバー付けてるのなんて見たことないよな……。それなら、仕方ない。こうするか。


「じゃあ、それちょっと貸してくれ」


「え? おう、でもどうするんだ?」


 斧を持つとずっしりと重く、ガタッと腕が下がってしまう。……なんて重さのものを振り回してやがる。

 僕は手に持った斧を消し、別の場所へ避難させた。それを見た休楽くんが驚いて言う。


「うわあっ! 俺の斧は?」


「大丈夫だ。一時的に別の場所に移動させただけだよ。ちゃんと返すって」


 なんだ、始めからこれを使っていれば良かったじゃないか。


「おお。なんでもありだなおまえ。……そうか、普段おまえの武器を仕舞ってるのと同じ場所か?」


「そ、同じところ」


 僕には、手に持ったものを収納出来る便利な能力がある。これも懐中時計に備わっている能力だ。

 収納したものはすべて、田舎の別荘にある八畳一間の秘密の倉庫に自動的に転送される。武器や団子なんかの生き物以外のものなら、わざわざ鏡の面を出さずとも、手に持って念じるだけで移動させることが出来るというわけだ。


 二人に両肩にしがみついてもらい、僕は懐中時計の鏡の面を出し、鏡を覗いてもらった。


「ふー、それじゃ。二人とも、どうなっても知らないからな。……『飛べ』」


「なんだよそれ!? やっぱり安全では無いのか?」


 癒咲くんの心配したような声を最後に、フッと辺りの景色が切り替わった。


「うわあっ!」


 腰の辺りに何かがドン! とぶつかり、あざにもならない程度であろう鈍い痛みを受けた。しまった、なにか衝撃を吸収してくれる柔らかいものでもあれば良かったな。

 身体は前に倒され、膝を付いた。すると、じゃり……と膝が砂だらけの地面に触れる感覚がした。外と同じような涼しい空気で、暗いここは……。


「二人とも大丈夫か?」


 僕はとりあえず二人の安否を確認する。

 休楽くんは「おう。しかしどこなんだここは?」とピンピンしていて、癒咲くんは「上から押された感覚がしたな。ここ、……地面?」と冷静だ。


 二人の声を聞くに、体が潰れたり一部がどこかに挟まったりはしていないようなのでひとまず安心だ。


「なあ、なんかここ外っぽくないか?」


「そうみたいだな」


 休楽くんの言う通りだろう。寮の自室を思い浮かべて飛んだが、ここはどうやら建物の中ですらないようだ。手を横にそっと伸ばしてみると、トン……と木の柱のようなものに当たった。


 ここがどこなのか勘づいた僕は、上に手を伸ばし、出口を探した。やがて四角い木製の板に手が触れた。これは僕がいつも見ているあの戸に違いない。指にグッと力を込めて押し上げると、戸が上に開いた感触がした。


「みんな、ここは床下だ。ここから僕の部屋に上がれる」


「床下だあ〜?」と休楽くんは驚きの声を上げた。


 順番に戸を(くぐ)り、全員僕の部屋へ脱出できた。床下の戸を締め、次は廊下へ出る引き戸を開ける。明るい照明の付いた廊下へ出た。


「寝子丸の言っていた壊れてるってのはこういうことだったんだな」


 僕が戸を閉めるのを見ながら癒咲くんは言った。


「そうだ。移動先を頭に浮かべて飛ぶんだが、どういうわけか最近移動先がズレるんだ」


「へえ。……そういや思ったんだが、なんで移動先を寝子丸の部屋にしたんだ? こんなふうな危険が伴うんなら、狭い部屋の中じゃなくて、もっと広い、玄関前とか裏の原っぱとかあるだろ」


「ああ、それはなあ、これって移動先がどうなってるのか分からないんだよ。そこに人がいるのかとか。だから、もし移動先を人通りの多い玄関前にしたんなら、突然現れた僕たちにぶつかったりしたら大変だろ?」


 頭の後ろで手を組んで歩きながらそう説明してやると、癒咲くんはなにやら()に落ちないと言ったような顔をした。


「どうしたんだ?」


「だけどよ、たとえおまえの部屋だって、誰かが中にいるかもしれないだろ?」


「え……いやまあそうだが、そうそういないだろ?」


変なことを言うやつだな癒咲くんは。


「おーいおまえら、ゆっくり歩いてねーで、早く記録書きに行こうぜー? その後夕飯と風呂だぞー」


 先を歩いていた休楽くんが振り返って言い、「おー」と僕らは答える。そしてふと思い出した。


「あ、休楽くーん! 斧いつ返すー?」


「あっ! 今今!!」


 僕は「りょうかーい」と言って即座にあの重い斧を手に出現させ、走ってきた休楽くんへ手渡した。



 廊下を進み、広い玄関の隅に置かれた記録台へ行く。台の上には表の書かれた紙が置かれており、備え付けの筆で、その表の名前の書かれた列に、今日浄化した艱難辛苦の数を書くのだ。


 えーと、あそこの通りで一匹、あっちの住宅街で五匹で……。そう僕が倒した艱難辛苦を思い出していると、二人はもう書き終えてしまった。


「俺七匹〜」


「げっ、俺は三匹だけど……?」


 僕の横であーだこーだ言い合って、すぐそこにある食堂の入口へ向かう。


「癒咲少なー! あっはは!」


「なっ……、今日は逃げられたんだよ!」


 ……よし!

 僕も書けたので二人を追いかけた。食堂に入ると意外とガラガラで、僕たちは早い方なようだった。


「で、寝子丸は何匹なんだ?」


 三人で席に着いてから、休楽くんが少しニヤッとした顔で言った。よくぞ聞いてくれたというかんじで、僕は自信満々で答える。


「十九だ!」

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