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第二話 心にスッと染み込んだ

 団子屋の前まで来て、わたしは息を切らしながら膝をついた。

 少年は腕を頭の後ろに曲げてストレッチをしている。あんなに走ったのに全然余裕そう。


「はあー、走るのは気持ちが良いなあ」


「ハアハア……そうだね」


 お店の前には『だんご』の文字のノボリ。それと朱色の布が掛けられた長椅子。


 少年が買ってくれるらしく、「冷たい茶でも飲もうか」と言って青いのれんをくぐって団子屋に入っていった。


 わたしはお店の前の長椅子に座って、目の前の景色を眺めた。団子屋から道を挟んだ向かいには竹林が広がっている。太陽に照らされた竹は黄緑色に輝き、叩けばコンと音がなりそう。


 長椅子は屋根の下にあるから、ここは日陰になっていて暑くない。だけどきっとここの影から出るとまた暑くなるだろうな。

 足をピンと伸ばしてみるとサンダルの先が影から出た。そのまま動かさないでいると、サンダル越しにじんわりと熱さを感じた。


「来たぞー」


 少年が団子とお茶の載ったお盆を手に持って出てきた。わたしは上からピンク、白、黄緑色の三色団子を受け取った。つるりとしていてみごとな丸い形。わたしたちは並んで座って団子を食べた。


「「いただきます」」


 ひとくち食べると、もちもちと柔らかな口当たりに思わず笑みがこぼれた。


「「んー!」」


 食べた瞬間、二人で同じ反応になった。


 だってすごくおいしい!

 少年は両手にみたらし団子と三色団子を一本ずつ持っている。


「うーん、やはり甘いものは疲れがとれるなあ」

 

「うん、ほんとだね。おいしい」


 団子はやわらかくてあまかった。

 程よく冷たいお茶も、暑い中を歩いた身体に潤いを持たせた。


「団子、好きなんだね」


 わたしが言うと、少年は食べながら深くうなずいた。


「わたしも」


 それから少しして、気になっていたことを聞くことにした。


「ねえ、あの……」


 少年はもう一本の団子を食べている途中で、もぐもぐと頬張りながらこっちを向いて「ん?」と言った。


「あなたの、名前は?」


 少年はごくんと飲み込んでから、まるでそれを聞かれるのを待っていましたみたいな顔で嬉しそうに答えた。


「ねこまる」


 その可愛くて不思議な響きが、心にスッと染み込んだ。そしてわたしは思わず微笑んで言った。


「へえ、ねこまる……。なんかかわいい」


 あ……。

 言ってから思った。かわいいなんて言ったら嫌だったかもしれない。


「へへっ、そうだろう?」


 だけど、想像していた反応とは逆で、ねこまるは嬉しそうにした。


 お店の中から誰かが出てくる足音がした。きっとお店の人だ。そっちの方を向いて、串がわたしの手から落ちた。


「わ、え……、カッパ……?」


 そこにいたのは、黄緑色の肌で、頭に白いお皿を乗せ、腰に前掛けをした、人間の子どもくらいの背丈のカッパだった。


「紹介するよ。こちらカッパのカアくん」


 カアくんと呼ばれたそのカッパは、ぺこりと頭を下げた。よく見るとほっぺはピンクで、曲線の多いボディで、優しそうな可愛らしい顔をしている。カアくんはわたしの顔を見ると、にっこりと笑った。


「すずな〜、いらっしゃい」


 わ……。

 カアくんもわたしの名前を知っていた。

 動揺しながらもわたしも同じように頭を下げた。


「えと、おいしかったです……」


 この夢にはカッパも出てくるらしい。

 まるで絵本の中みたいなことばかりが展開していく。物語の主人公になったと思えば楽しいし、特に違和感もない。ここまで来たら次はもう驚かないつもり。






 その後わたしとねこまるは、最初の川よりもずっと大きな川へ行って魚釣りをした。

 釣りは初めてだったけれど、ちょっとやり方を教えてもらうと、本当に釣れて驚いた。ピチピチ跳ねる魚にちょっとビクビクしながら、水の入ったバケツに入れた。ねこまるはわたしの何倍も多く釣っていたけれど、半分以上を川に戻していた。キャッチアンドリリースってやつかな。


 平らな石がごろごろ敷き詰められた地面にしゃがんで、ねこまるが満足そうに川に魚を戻す様子を横でしゃがんで見ていた。


 膝に手をおいて、バケツの魚を覗き込んだ。自分の手のひらを二つ合わせたくらいの魚が、水の中でひらひらくるくる泳いでいる。元気だなあ。

 そういえば、とわたしは気になって聞いた。


「ねえ、この魚はどうするの」


「ああ、食べるよ。焼き魚にしようかね」


 寝子丸は釣竿を持って遠くを見ながら言う。


「食べるんだ」


 バケツの中でくるくるしているのを見ていたら、だんだん魚がかわいく見えてきて、食べると思うとちょっと可哀想に思えてきた。だけど、どんな味なのかは少し気になるかもしれない……。


「まあ、すずながいる間に食べるかは分からんなあ」


「あえ、そうなの?」


 ねこまるは変な言い方をした。どういう意味だろう。


 その時、タタタタッとカアくんが川に走ってきた。「うわ〜〜い!」みたいな声を出しながら川に飛び込むと、ザバアッと水しぶきが上がった。


「わっ」


 走ってくるのを見ていたわたしはとっさに後ろへ下がったものの、ねこまるは釣り針の先に集中していたせいで、川に飛び込んだ音でようやく気がついたらしかった。ねこまるは「えー?」と声を発しながらザッパーンと川の水を被ってしまった。

 その後カアくんは得意な泳ぎをたくさん見せてくれた。


 ああそんな、もう一回ずぶ濡れになっちゃうなんて……。

 様子を(うかが)おうと、そっと近づくと、髪や服からポタポタと滴がおちていた。


「ねこまる……」


「あああ、もうカアくんのやつう。せっかくちょっと乾いてきてたのにー」


 そう言いながらも、ねこまるはなんだか嬉しそうに見えた。二回もずぶ濡れになるなんて可哀想なのに、ギャグ漫画みたいに可笑しくて、二人で笑った。







「さ、着いた着いた」


 それは昔話に出てくるような、茅葺き(かやぶき)屋根の立派な屋敷だった。ねこまるは良い場所があるよなんて言ってここまで案内した。


「ここって、ねこまるの家?」


「いいや、ここにはたまに来るんだ。別荘ってところかね」


 ねこまるは釣った魚を台所へ持っていくため玄関から入った。わたしは屋敷の庭から入って、外の景色を見渡せる広い縁側に座った。

 縁側の床はつやつやしている。部屋の中は畳で、真ん中にちゃぶ台がひとつある。庭には色とりどりの花が咲いている。


 台所からねこまるが来て、首から鈴付きの紐を外して縁側の日の当たっているところにカランと置いた。


「これさ、水が入ってとれないんだ。だからここで乾かしておく」


 そう言うと畳の上で仰向けに寝転がり、ぐーっと伸びをした。まるで猫みたい。


「はあー、やはり畳の匂いは落ち着くなあ」


「うん。良い匂いだね」


 わたしはサンダルを脱いで、足の裏に少しついた砂を払い落として、縁側の上で体育座りをした。一度目を閉じ、また目を開けても、夏の世界は変わらずそこにあった。意味もなく手の指を閉じて、開いてみた。


 思い切り空気を吸い込んで、深く吐いた。

 ここの空気はおいしい。今まで感じたことがないくらい。ここにいるだけで、心も体も元気になっていくみたいに感じる。ここがどこなのか、なんなのかもよく分からないけど。


「ねえ、よく分からないんだ。ここがどこなのかってこと。……だけど、楽しい」


 足の指の辺りを見つめながら、そんな言葉が口からこぼれた。ねこまるはまるで良かったねとでも言うような明るさで「そっか」と言った。


 そのねこまるの返事を聞いたら、だんだん難しいことを考えても仕方がないように思えてきて、ねこまるの横に行ってパタッと寝転んだ。

 畳はツルツルとザラザラの合わさったみたいな質感で、よく分からないけど寝心地が良い。ここからは天井の木目が見えた。


「ふー、家の中は涼しいね」


 空気が気持ちよくて、目を閉じて言った。


「はは、そうだろう」


「また、ここに来たいな」


「来れるよ」


「うん。じゃあ今度来た時は、この場所のこととか、ねこまるのこと、もっと教えて」


 目を開けて横を向くと、ねこまるも寝転がったまま顔をこっちに向けた。


「うん、約束する。それじゃ、次に来る時まで待ってるよ」


「うん」


 あれ……?

 思わずそう答えてから、気がついた。でもそれじゃあなんかもう、お別れみたい。



 あれ? 音が聞こえない。なんで?



 さっきまでずっと聞こえていたセミや虫の声が何も聞こえなくなった。「あー」と言ってみても、自分の声すら聞こえない。


 ま、待ってよ。

 あ、わたし……まだあの魚食べてない。








 目を開けた。

 目の前に迫る深い谷と、そこに張られた一本のロープが、いきなり現実を突きつけた。


 うそ……。

 先程までの楽しい世界は嘘であったかのように、どこまでも暗く、寒い世界だった。


『渡れ……渡れ……』と聞こえてくる声のとおりに、迷うことなく歩いていって裸足でロープを踏む。もう片方の足をロープに乗せ、一歩、一歩と、体は勝手に進んで行く。


 ……あ。

 親指がズルッとロープから離れた。

 体が傾いた。あっ、これもうだめだ、落ちる……。

 そう思ってグッと身構えた時、しゃらんっ……という鈴の音がした。


「え?」


 そして誰かがわたしの手を強く掴んで、体が傾く動きがそこで止まった。

 誰かが手を掴んで助けてくれた。でもいったい誰が……? こんなこと、今まで一度だって無かった。


 白と緑の和服と、サラリと揺れる白い髪が見えた。見慣れた少年の顔だった。

 黄色いキラキラした瞳でわたしを見て、まるで安心させるみたいにニッと笑った。


「ねこ、まる……?」








 目が覚めた。お気に入りのかけ布団の感触と、見慣れた平凡な天井。窓の外からは朝日が照らしている。


 朝になっちゃったんだ……。


 そのまま壁掛け時計を見た。針は六時二分を指している。

 鼓動が少し早い気がする。たぶんさっき見ていた夢のせいだろう。わたしはぐーっと伸びをして、眠い目を擦りながら、ふらふらとベッドを降りた。


 なんだか楽しい夢を見ていた気がする。

 でも、何も覚えていない。

 こんなことはよくある。

 だけどなんだか本当に、楽しいという感情を夢の中でわたしは感じていたんだと思った。


 裸足で階段を降りて、洗面所へ向かう。顔を洗って鏡を見ると、昨日よりどこかすっきりとした自分の顔がある。


 なんでだろう……。

 よく分からないけど、今日は良いかんじかも。


 居間に行くと母が鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。「おはよう」と挨拶を交わし、何気ない会話をした。朝食には白いご飯と、目玉焼き、豆腐とワカメとネギの味噌汁。目玉焼きには今日は醤油をかけた。


 部屋に戻ると、ゆるくカールしたショートヘアをくしでとかし、白いブラウスに腕を通した。くるくると下向きに垂れたくせっ毛の部分はどうにもならなかったけれど、今日はこれすら少し好きだと思った。


 自分の中の何かが変わったような、生まれ変わったような不思議な良い気分で玄関のドアを開けた。


「行ってきまーす」


 希望に溢れた、新しい今日が始まった。

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