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団子食べて待ってる。  作者: 天花寺たまり


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第十一話 くもり

 住宅街の分かれ道。

 自動販売機の光が黄昏に良く映えている。


「ここでお分かれですの」


「うん」


 歩きながらミリカとはいろいろ話した。

 どこに住んでいるかという話にもなって、わたしたちはけっこう家が近いことが分かった。


 ミリカは今年こっちへ引っ越してきたらしい。

 全然知らなかった。同い年の子の家族が近くに引っ越してきたんなら、家で会話に上がってもおかしくない。わたしが忘れてるだけで、前にお母さんが言ってたかもしれないけど。


「すずな、明日は正々堂々戦いましょ」


 ミリカは片手をグーにして前に突き出した。


「うん、……え」


 突然言われて何のことかピンとこなかった。

 明日も学校頑張ろう的な意味かと思って返事をしたけど、たぶん違うよね。

 分かっていないのが伝わったらしい。ミリカは胸の前で両手をグーにして、少し前のめりになる。


「体力テストのことですの!」


 勘の悪さを攻めたりはしてこない。まるで楽しみなことを考えているように目はキラキラしている。


 体力テスト……。

 そういえば明日だ。

 あれをやる季節が今年も来たんだなあ。


 握力はあんまり無いし、ボール投げるのとか上体起こしとか苦手だし、なんだか嫌だなあ。だけど、走るのはちょっと好きだったりするんだよね。


 ミリカはその場で反復横跳びの動きをし出した。ふっふっ、と息を吐きながら、速さ的にはゆっくり。


「練習っ、しておかないとですの」


 ああ、ミリカは体力テストに燃えるタイプなのかな。けっこう運動得意なのかな。わたしと逆だ。それならちょっと寂しいような……。


「運動、得意なんだ」


 自然と口からこぼれていた。


「え? ぜーんぜん!」


 動きを止めて顔を上げたミリカから返ってきたのは、予想をひっくり返したものだった。

 言った後にミリカは「ふっ、わはは」と笑い出した。よく分からないけど、連られてわたしも表情がゆるんでしまう。


「なんだ、得意だから楽しみなのかと思って」


「えへへ。実はあんまり得意な方ではないんですの……」


 ミリカは視線を別の方へ向けて頬をかいた。


「まあ楽しみなのはその通りですの。だけど、好きなことが得意なことだとは限らないってことですの。わたしは好きなこともたくさんあるから」


 好きなことが得意なことだとは限らない……。確かにそうだ。


「そっか、そうだね」


「あっ都市伝説のテレビ見なきゃ! 楽しみにしてたの。それじゃあねーすずな! また明日っ」


「うん、ばいばい」


 ミリカはわたしに手を振り、ビューンと帰って行った。楽しみなテレビがあるんだね。

 都市伝説のやつかあ。わたしも見ようかな。


 明るくて楽しい心地が胸に残ったまま、わたしは一人、家までの道を歩き出した。



「ただいまー」


「おかえりー」


 玄関を開け、家の中から母の声が返ってくる。

 手を洗って自室に行って、服を着替える。

 カバンから取り出したワークを机に広げ、わざわざ教室に取りに行った赤ペンでササッと丸つけをした。


 忘れないようにちゃんとカバンに仕舞って……これで完了。はあー、宿題終わり! 嬉しい。


 夕飯のあとは、お風呂に入った。

 都市伝説のテレビはもしかしたら怖いかもしれないからお風呂は先の方が良い。入浴剤でお湯は白っぽくて、すごく良い匂い。肌もスベスベになりそう。


 体力テストが頭に浮かんだ。

 シャトルランとか疲れるよね……。ヘロヘロにならないように、とりあえず今日はちゃんと寝ておこう。


 脱衣所のもこもこマットに乗っかり、ふわふわタオルに包まれたあと、パジャマに着替えた。時間割を見て教科書やノートをカバンに詰めて、明日の準備はオーケー。


 ふっ、今日も頑張ったぞー。

 よーし、ミリカの言ってたテレビ見てみよーっと。


 冷蔵庫を開けて麦茶ポットを取ってコップに注いだ。ソファーに腰掛け、リモコンでチャンネルを変えた。


 おお、もう始まってる。


 左上にはやたら派手な「世界ミステリー体験」の文字。番組のタイトルだ。

 今映ってるのは海外の防犯カメラの映像らしい。夜の住宅街だ。右上の丸の中には芸人さんやタレントさんの顔が映る。たしかワイプっていうやつ。


 この後防犯カメラの映像に異変が起きるらしい。よく見ておこう。わたしは麦茶を一口飲んだ。

 その時、防犯カメラの映像内の街灯の下で、ヘンな生き物みたいなのが映った。体がすごく細い。


 なにこれ!

 面白くて、わたしは画面に食い入るように見た。

 謎の生き物は、歩いているのか良くわかないけど、とにかくジリジリと画面の奥へ移動した。そして突然ピョンッと高く跳ねた。


 わたしは正体不明の不思議な生き物が出てきて、すごくわくわくした。


 す、すごい……。気味悪いけどすごい。


 いったいこの生き物はなんだったのかーー!? とナレーターが言って今の映像は終わって、次の映像に切り替わった。こういうのをどんどん紹介していく番組らしい。


 へえ、いいじゃん。

 こういうのって久しぶりに見たけど面白いかも。

 明日、もしミリカに会えたら、このテレビ見たって言おう。


 タオルドライした髪が自然乾燥できるくらいテレビを見て、早くも無いし遅くもない時間に寝た。





 目覚まし時計が鳴った。

 カチッと止めて、寝ていた体制のまま目を開けて部屋の中を見る。


 うええ、もう朝……?

 信じられない。 すごく嫌だ。


 もっと寝ていたいダルさに押しつぶされそうになった。昨日は寝不足気味だったし次の日は体力テストもあるってことで、よく寝ようと思ってたのに睡眠時間は結局いつもと同じくらいだった。ちょっと失敗。


 朝になったからにはベッドから降りて一階へ向かう。外も曇りだから、家の中もあんまり明るくなくて嫌な感じ。いつもより湿度もあるみたい。

 トイレに行って洗面所で顔を洗っても、なんか微妙な感じ。シャキッとしない。頭が重いかもしれない。


 いつも通り朝の情報番組を見ながら、お母さんと朝ごはんを食べて、部屋に行って制服に着替える。

 姿見の前で髪をとかした。垂れたくせ毛は、いつもより少し見た目の強さが増していて、前髪もはねている部分がある。


 うわ、嫌だなあ。湿気のせいかも。

 前髪を整える便利なアイテムなんてわたしは持っていないのでそのまま過ごすしかない。


 歯を磨いて、カバンを背負って玄関を開けた。


「行ってきまーす……」


「行ってらっしゃーい」


 ドンヨリした日だ。

 昨日まではもう少し良かった気がするけど。


 あ、体力テスト……、三時間目からか。めんどくさいなあ。一時間目と二時間目が普通に国語と数学なのも嫌だなあ。


 暗い気分で歩き出してから、ふと思って顔を上げる。昨日出会ったミリカ。今日は会えるかな。


 そりゃあ会えるよね。隣のクラスだし、体力テストは合同だし。あ、もしかしたら今もう会えるかも。だって家近いし、あっちの方から歩いてくるんだよね。

 昨日わたしたちが分かれた自販機に近づいてきた。


 いるかな……。

 もう行ったかな。

 まだ家にいるかな。

 待つのは……さすがにあれかな。


 まだそこまでの友だちじゃないと思って、心に遠慮が生まれてしまう。


 自販機を通り過ぎた。ミリカの家がある方の道を振り返る。あの子の姿は。


 ……ない。

 まあいいけど。体育の時会えるわけだし。

 明るくて良い子だったな。今日も話できるかもしれない。


 今日の楽しみが一つ生まれた。ほんの少し気持ちが晴れて、ここからは前を向いて学校への道を歩き出せた。


 歩くたびにローファーの音と、カバンの中で教科書の揺れる音がする。少し遠くには変な形をした電波塔。その背にある、包み込むように広がる空を見た。


 曇りって言ったって、そんなに悪い天気じゃないな。雲は黒くないし、グレーってよりもほぼ白だ。


 歩きながら、なんか考えた。

 たまには曇り空の日もないといけない。

 もちろん雨の日も。

 だって晴れの日ばっかりだとそれが当たり前になって、晴れた時に嬉しいって気持ちがなくなる。そう考えたら曇り空も悪くない。


 ふと、制服のリボンを付け忘れていないか確認するため襟元に触れた。

 あ、大丈夫。ちゃんと付けてる。


 四月の初め頃に一度忘れたことがあったから、それからは忘れないように気をつけている。忘れた時は職員室に行って予備を借りた。忘れる人はどの学年でもよくいるみたいで大丈夫らしいけど。


 気がつけば学校前の横断歩道まで来た。

 頭に体力テストのことが浮かんできて、なぜかドキドキしてくる。


 こういうのは、ちょっと頑張ってやってみるのと手を抜いてやるのとで、記録が変わる。


 昨年の、六年生の時のシャトルランは何回だったろう。確かあの時は割と頑張って、六十回とかいった気がする。けっこう良い記録で自分的には誇れると思った。ものすごく疲れて、終わったあとは倒れるみたいに膝をついた気がする。


 今回はあんなにいかない気がするなあ。でも、あれを超えたらすごい。だからまあ、超えるつもりで、出来る限りやってみようかな。


 なんか、ミリカにはああ思ったけど、わたしの方こそけっこう体力テストに燃えてるのかもしれない。今日やることすら昨日は忘れてたけどね。


 走るの以外は全然好きじゃない。でもなんかこういう、はっきり数字が出て、ちょっとの頑張りでも違ってくるみたいなやつが燃えるんだろうね。わたしは負けず嫌いなのかもしれない。


 そう納得していると歩行者用の信号が変わり、周りの人と一緒に歩き出した。




 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 二時間目が終わった。長かった。

 そこまで厚さのない、まだ新しい数学の教科書とノートをトントンと揃え、机の中に仕舞う。


 着替えて体育館に来た。上は長袖、下は短パン。

 なんかそうしてる人が多いし、真冬でもなければ動けば暑くなるだろうと思ってこのスタイルにした。

 何より今日は体力テスト。シャトルランなんて絶対暑くなるんだから。まだ春だけど、上下半袖の人も多いだろうね。男子なんて特に。


 体育館の中にはうちと隣のクラスの生徒が集まってくる。この中にミリカがいるはず。


 あの綺麗な外ハネの髪の毛とカチューシャ。たぶん見つけやすいはずだけど、なかなか見つからない。


 あれ、いないかも……?


 そのうちチャイムが鳴って、号令がかかって声を合わせた。体育座りをして、体力テストの記録用紙が前から後ろへと流して渡された。少ししてから鉛筆も渡された。またきょろきょろと見回しても、あの姿は見当たらない。

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