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シフト制なら早番がいい

 マダムには8時からでいいと言われていたものの、皆が朝から何をしているのか確認したかったこともあり、翌朝マリアたちと同じ6時から働く事にした。


「日中はお客さまの対応で忙しいから、仕立てや在庫管理なんかは朝やるしか無いのよね……」

 欠伸を噛み殺しながらマリアが言った。


 マダムとアンは裁縫室でひたすらミシンに向かって一心不乱に作業している。

 サーシャの店とは違い完全オーダーメイドの商品も取り扱っているのだが、そのほとんどはこの2人で作っているらしい。

 つまり、2人の仕事は替えがきかない訳だ。


 通いで働いているサラとナタリーは接客が主な業務になるので、9時に出勤する。


 とりあえず私は今日1日、マリアに付いて仕事を教えてもらう事になった。




 9時になりサラとナタリーが出勤すると、マダムが皆を集めて朝礼を行った。

「今日から一緒に働いてくれる事になったベスよ。マリアと同い年ですって。彼女には裁縫以外のお仕事全般をやってもらいます。皆、色々教えてあげてね」

「分からないことばかりでご迷惑おかけするかもしれませんが、皆さんよろしくお願いします!」

 皆の暖かい拍手に包まれ、朝礼は和やかな雰囲気の中進んだ。


「……それで、私とアンの予定なんだけれど、まだ出来上がっていないドレスがあります。裁縫室にいるので、混んできたら呼びにきてね」

 朝礼を終え、マダムはアンとともに裁縫室へと向かった


「ねえ、マリア。ダニエルはいつ来るの?」

「ああ、彼はお店が空いてる間しかいないのよ。つまり、10時から17時ね」


 なるほど、彼だけは定時で帰れている訳か。どうりであんなに元気な訳だ。

 マリアの言っていたとおり、ダニエルが出勤してすぐ、開店時間の10時を迎えた。




 開店からしばらくは来客も疎らで、スタッフの数が過剰にも思えた。

 しかし、11時頃になると続々と来客があり、一気に店内は満員になる。


「ベス、初日から申し訳ないんだけど、1人でも接客をお願いできるかしら。あの方、いつも来てくれるお客さまで、優しい方だから。分からないことがあったら、私に声をかけて!」

 あまりの忙しさに、マリアから突如見放された私は、1人で接客につくことになった。


「あら、もしかしてあなたが新人さん?」

 私の記念すべき接客第1号は、10歳くらいの女の子とその母親だった。


「はい、ベスと申します。よろしくお願いします。今日は何をお求めでしょうか?」

「娘が誕生日祝いに、ワンピースが欲しいというもので」

 女の子はシャイなのか、母親の陰に隠れている。


「かしこまりました。お嬢様、着てみたいワンピースはあります?」

 女の子の目線に合わせて屈んで話しかけたものの、あまり効果はなかった。


「ごめんなさい、この子恥ずかしがり屋で……。ほら、カレン、どれがいいの?」

 カレンと呼ばれた女の子の目線が一瞬、大人用のとあるドレスに向いたのを私は見逃さなかった。

 もしかしたら大人用だから、気にいったと言い出せないのかも。それなら――。


 先程見つめていたドレスに似たデザインの子供用のワンピースを持ってくると、カレンの頬が僅かに緩んだ。


「こちらはいかがですか? カレン様にきっとよく似合いますわ」

 私の言葉に、カレンはおずおずと頷いた。


 試着室で着てみると、カレンには少し大きめだった。アンに確認したところ調整可能との事だったので、サイズ直しが終わったところで再度来店してもらう事になった。


「ありがとう、ベス。お陰様でカレンが気に入るものが見つけられたわ」

「恐れいります。気に入って頂けて良かったです」

 満足そうなカレン親子を出口まで案内し見送ると、ホッとした私は思わず笑みがこぼれた。

 そんな私の様子に気付いたダニエルがドアを開けながらウインクしてきたが、私は眉をしかめて見せ、店内に戻った。


 それ以降も客足が途絶えることはなく、何とか交代で休みを取り昼ごはんを食べたものの、店が落ち着いたのは16時頃だった。


「ベス、今日はお疲れ様。いきなり1人で接客させてごめんね……。でも、さすがに前のお店で鍛えられていただけあって、まったく問題なさそうね。初日から助かっちゃった!」

 マリアが笑顔で言った。


 しかし、閉店してもまだ仕事が残っている。

 アンはカレンのワンピースのサイズ直しを始め、ローラとマリアは請求書を書き始めた。

 サーシャの店と違い客のほとんどが富裕層であるため、その場で会計する事は稀で、請求書を送る事務が発生する。


「あ、また間違えちゃったわ……」

 マリアがため息をつく。

 疲れていると、つまらない間違いをしがちになる。私はマリアに変わって請求書を書く事にした。




 なんとか20時に仕事を終えたものの、夕食の際は皆、昨日より口数も少なく、食後はおもむろに自室へと帰って行った。


 毎日この生活で、休日も取れていないならこうなるだろう。

 早く何とかしないと、誰か倒れてしまうかもしれない。


 とはいえ、1日見ただけではなんとも言えない。

 暫く様子を見て、マダムに改善作を提案しよう。

 私はベッドの中でそう誓った。




 働き始めてから1週間ほど経つと、私の増員により日中の忙しさは緩和されたものの、相変わらず残業は続いていた。


 皆のため、そして何より自分が定時で帰るために、私はマダムに交渉する事にした。


「マダム、少しお話があるのですが……」

「あら、何かしら」

 閉店後の締め作業を終え話しかけると、疲れた顔のマダムが精一杯の笑顔を見せた。


「勤務時間についてなのですが……今のままだと、マダムも含めて皆過労で倒れてしまいます。そこで、ご提案なのですが」

 マリアとローラも気になるのか、手を止めてこちらを見つめている。


「シフト制にしてはどうでしょうか。午後は確かに忙しいですが、午前中や閉店前は客も少なく、手が空く時間もあります。上手く時間をずらして勤務すれば、残業時間を減らせるかもしれません」

「しふとせい? それに、時間をずらすって、例えばどんな風に?」

 いつの間にかアンも聞き耳を立てている。


「例えば、マリアは7時から16時、ローラは10時から19時という風にすれば、11時から15時は2人が揃うから、忙しい時間帯にも対応できます。全員が朝から晩までいる必要はないと思うんです」

 私の言葉に、マダムは納得した様子だった。

 しかし、中には残業してでも稼ぎたい人もいるかもしれない。


「稼ぎたいから残業しても構わない、という人はいるかもしれません。でも、長時間労働は生産性を下げ、作業のスピードや思考能力が低下します。残業するにしても、ある程度上限を設けるべきです」


「確かにそうね。でも、今のところ残業代よりとにかく休みたいわ。皆はどう?」

 マリアがそう言うと、全員が頷いてみせた。


「それじゃ、決まりね」

 話し合いの結果、朝に弱いローラとアンが10時から、マリアと私、マダムは6時からの勤務にする事にした。メアリーはどちらでもいいとの事だったので、バランスを見て10時からの勤務になった。




 シフト制にしてから数日は、引継ぎなどで戸惑う事もあったが、1週間が経つと皆慣れ初め、残業は殆ど無くなった。アンの目の下のクマが薄くなった事がその証拠だ。

 しかし、未だに週に1度の休日が取れていない。まだまだ課題は山積みだ。


「あの、すみません」

「はい、どうなさいましたか?」

 シャツを畳みながら休日取得方法を考えていると、客から声をかけられた。

 振り返ると、眼鏡をかけた若い男性が微笑みかけてくる。


「プレゼントを買いに来たのですが、女性がどんなものを喜ぶのか分からなくて……」

「まあ、恋人への贈り物ですか? 私でよろしければ、喜んでお手伝いいたしますわ」

 私は満面の笑みで答えた。

 勇気を出して女性の園に単身で乗り込んできた男性の事は、できる限り手伝ってあげたい。


「ありがとうございます。恋人というか、片思い中の女性なんですが」

 プレゼントと一緒に告白でもするのだろうか。何を選ぶのか、責任重大だ。


「さようでございますか。どんなものがいいかしら……ちなみに、その方は何歳くらいの方でしょうか」

「……そうですね、ちょうどあなた位です」

「どんな雰囲気の方ですか? 例えば可愛らしいとか、知的とか……」

「目鼻立ちのくっきりとした美人です。あなたのような」

 一々私に絡めなくてもいいのに……。

 どう反応すればいいか分からず、私は曖昧な笑みを浮かべた。


 男性は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。この感じ、以前にも経験した事があるような……。


「本当に、あなたによく似ているんです。きっと、あなたが欲しいものなら彼女も喜ぶと思います」

 何をあげればいいか分からないと言っても、それでは私に丸投げし過ぎではないだろうか。


「私もお手伝いいたしますが、最後はご自身で選ばれるのがいいと思います。その方がきっと、お客さまの思いがお相手に――」

 やんわりと男性を諭そうと話し始めた私は、そこまで言いかけて思わず息を呑んだ。


 眼鏡をかけ、服装も地味だからすぐに気づかなかったが、この男は――。




「――ようやく気づいてくれましたね、エイミー」


 眼鏡を外して不敵な笑みを浮かべるこの男は、私がこの世界で最も会いたくない相手――。


 そう、王子だったのだ。

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