法定休日は意外と週1しかない
「ねえ、私の部屋で少し話さない?」
あくる日の夜、風呂掃除を終えた2号に私は話しかけた。
2号はこくりと頷き、私についてきた。
部屋に着くと、私は2号にお茶を出した。
以前庭で見つけたローズヒップを乾燥させ、ハーブティーにしたものだ。
見た事のない鮮やかな色のお茶に、2号はいぶかしげな顔をした。
「それ、薔薇の実のお茶よ。ビタミンCという成分が豊富だから、肌がきれいになるの。そのニキビも少しは減るかもよ」
そう言うと、2号は恐る恐るティーカップを口に運んだ。
「ちょっと酸っぱいけど、美味しいわね」
どうやら、2号の口に合ったようだ。となれば、早速本題に入ろう。
「ねえ、定時については理解できたでしょう? 次は、法定休日を請求しようよ」
「ほうていきゅうじつ?」
全く分からない、といった様子の2号に、私は法定休日の説明を始めた。
「……つまり、1週間のうち、1日は休みをとる権利があるのね」
「まあ、もしくは4週間に4日以上、という基準もあるんだけど……とにかく、基本はそう」
「でも、私達が1日休むと言って、あの2人が納得するかしら」
実は私もそう思っている。だが、代替案を用意してある。
「一番いいのは、私達2人が1日休むことなんだけど、多分あんたの言う通り、2人は納得しないよね。でも、代わりの案を用意してあるの。私が休む時は、あんたが私の仕事をして、あんたが休む時は、私の仕事をあんたがやるの。それで、残業代を請求する」
「なるほど。でも、そうすると、私もあなたがやっている他の仕事を覚えないとならないのね。できるかしら……」
2号は不安そうな顔をした。
「まあ、最初のうちは私が面倒を見るから。新人研修みたいなもんよ」
「シンデレラって、よくわからない単語をたくさん知っているのね」
不思議そうな顔をする2号だったが、私の案に賛成してくれた。
2号の帰りがけ、部屋に1匹のネズミが現れた。
この前も見かけたのだが、正直ネズミはあまり好きではない。
「ああ、ネズミが出る家に住んでるなんて、最悪。猫でもいればいいんだけど」
私がそう漏らすと、なぜか2号の顔がパッと明るくなった。
「今まで自分で使えるお金がなくて言い出せなかったけど、私、ずっと猫が飼ってみたかったの。もし残業代がもらえるなら、そのお金を猫のエサ代にすれば飼えるかしら」
2号の提案に、私は同意した。実は私も猫が好きなので、結局2人の残業代として、猫を飼う費用を請求する事にした。
「ほうてい……休日?」
翌朝、早速私は継母達に法定休日を請求したが、案の定ピンと来ていないようだった。
「なんで、1日休みが必要なのよ。毎日働きなさいよ」
ゴブリン1号は相変わらず吠えているが、私はあくまでも継母と交渉する事にしているので、無視した。
「私が休みの日はシンデレラが、シンデレラが休みの日は私がお互いの仕事をやるようにするから。でも、その代わり残業代を支払ってね」
猫を飼いたいという気持ちに突き動かされた2号が、自ら母親に訴えた。
「エイミー、あんたまでこの女に洗脳されて。まったく、何でそんなもの払わなきゃならないのさ」
継母がため息をつく。
「お言葉ですけど、この家はあんたが修繕費をケチったせいで、ネズミがたくさん出るじゃない。そのせいで食料もすぐダメになるし。私達、残業代を猫の餌に充てようと思っているの。残業代を払っても、ネズミが減れば今より食費が浮くから、あんたに損はないでしょう」
私の言葉に、継母は暫く頭を抱え込んで悩んでいたが、結局自分が家事をしたくないという思いが勝ったらしく、私達の要求が通った。
「お母様まで! もう、一体どうしちゃったのよ!」
自分の思い通りに事が進まず憤慨する1号を尻目に、私と2号は早速買い出しついでに猫を探そうと町へ向かった。
「ああ、かわいいわね。なんて名前にする?」
町で生まれたばかりだという子猫をもらい、家に戻った私達は、子猫の可愛さにメロメロになった。
「名前はあんたがつけていいよ。法定休日を勝ち取れたお礼。私だけならきっと却下されてたから」
私がそう言うと、2号は嬉しそうに笑った。
こうしてみると、美人ではないものの愛嬌のある顔だ。
「それじゃあ、どうしようかな。うーん、黒猫だから、クロにしようかしら」
かなり安直な名前だが、変に凝っていても呼び辛い。
こうして、クロが私達と暮らすようになった。
こうしてこの世界になじみ始めた私だったが、いずれこの家を出ていかなければならない。
シンデレラになりきればこの国の王子と結婚できるだろうけど、伝統やしきたり、王族の義務といったものには、私は耐えられそうにない。
そもそも、舞踏会で踊っただけの相手と結婚するなんて、スピード婚にもほどがある。
それに、自分の人生を他人に丸投げするみたいで気に入らない。
かといって今の能力では、どこかの貴族に使用人として雇ってもらえれば万々歳で、しかもそうした仕事では定時で帰るのは難しそうだ。
何かいい仕事はないかなあ。私は、自分が得意で仕事に生かせそうな事を、考えてみた。
そういえば、そろばんは結構得意だったな。
この世界にはエクセルもないし、きっとみんな計算は手でやっているはず。
それなら、そろばんで培った能力を生かせる仕事があるのでは?
例えば、商店とか……。
お店なら、開店時間と閉店時間が決まっているし、ある程度は定時という概念が通用しそうだ。
経理の仕事以外にも、アルバイトではあるがカフェで働いていた事もあるので、接客もできる。
それに、貴族と違って、商人は使える人材なら身分を問わないはず。
そうと決まれば、町へ出た時に久しぶりに就職活動をしてみよう。
明日は丁度、1か月前に勝ち取った法定休日の日だ。
思い立ったら吉日。私は早速明日、就職先を探すことにした。
休日は二度寝するのが好きな私は、翌日のお昼になって、ようやくベッドから抜け出した。
台所では、ゴブリン2号が昼食の準備をしている所だった。
2号は結構優秀で、簡単な料理は既にマスターしていた。
「おはよう、シンデレラ。今日はどこかへ行くの?」
2号はすっかり私に懐いていた。
私が勧めたダイエットの効果が徐々に現れはじめ、体も何とか、ぽっちゃりと言えるレベルにはなった。
「午後から町をプラプラしようかなと思って。あ、ついでに買い物してこようか?」
「ううん、今日は特に買うものもないから大丈夫。楽しんできてね」
昼食を食べ終えた私は、2号に行ってきますと声をかけ、町へと向かった。
町に着いた私は、まずは雇ってくれそうな店のリサーチを始めることにした。
ある程度大きなお店で、経理が必要そうなところ……。
私は洋服店に狙いを定め、まずは暫く店の外から様子を伺う事にした。
店は中々繁盛しているようで、ひっきりなしに店内に人が入っていく。
女性が多いものの、時々男性客も入るようだ。
これくらい賑わっているお店なら、人手不足で雇ってもらえるかも。
人の並が途切れたところで、私は店内に入った。
「いらっしゃいませ」
人当たりの良さそうな女性が声をかけてくる。
継母位の歳だろうか。しかし、あの女と違って穏やかで優しそうだ。
「あの、すみません。私、ベスと申します。実は、仕事を探していて……。ここで働かせていただけないでしょうか。計算が得意なので、仕入れや売上の管理もできます。接客も経験があります」
私がそう話しかけると、女性は困ったような顔をした。
「こんにちはベス。私はオーナーのサーシャよ。残念だけど、今は人が足りているのよ。ここいらのお店は人を雇う程の規模のところはなくて……みんな、家族経営なのよ。王都のお店なら、従業員を沢山雇ったりしてるみたいだけど」
確かに、活気に溢れてはいるものの、この町の規模はそれほど大きくはない。
「ごめんなさいね。代わりと言ってはなんだけど、王都に私の親戚が貴族向けにやっているお店があるの。あなたの容姿なら、採用してもらえるかもしれないわ。良ければ、1度聞いてみましょうか」
がっかりする私を見兼ねてか、サーシャが提案してくれた。いきなり来た見ず知らずの娘にここまでしてくれるなんて、出来た人間だ。
「よろしいのですか? ありがとうございます。ぜひお願いします!」
「それじゃあ、今度親戚の店に行った時に聞いてみるわね。ただ、中々私も忙しくて、3ヶ月くらい後になってしまうと思うのだけれど……。その頃、またお店に来てもらえるかしら」
「本当にありがとうございます。よろしくお願いします」
サーシャに改めてお礼を言い、私は店を後にした。