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1,《不死身の漁り屋》マーフィ

 天に輝く丸い月。

 月光の下でマーフィは窓を見上げていた。迷宮都市ダンゲリオスの地主の屋敷の裏庭の、人目に付かない隅の一角。そこにマーフィは佇んでいた。部屋の主に呼び出されてここにいるのだが、肝心の相手は一向に姿を現さない。

「ま、こんなもんか」

 マーフィは一介の”漁り屋”に過ぎない。

 地下迷宮で命を落とした冒険者を探し出して、死体からタグを回収する。死者の装備品などはすべて所有権が喪失しており、誰が拾っても問題ない。そのため、漁り屋の主な儲けは冒険者ギルドにタグを届けた際に支払われる少額の礼金ではなく、死者の装備品を売り払った金になる。

 死者に群がる邪悪なカラス。

 忌み嫌われた穢れた存在。

 一部の”漁り屋”は死体を探さずに正者を殺して死者に仕立てあげてしまうのだから、”漁り屋”の嫌われようは半端なものではない。地上では蛇蝎のごとく扱われ、白い目で遠巻きに監視される。そんな生活に嫌気がさして、地下迷宮に逃げ込む”漁り屋”も多い。

 しかし、マーフィは少し事情が違う。

 たまたま回収したタグの持ち主が地主の友人だったおかげで地主と縁ができて、今では地主の三番目の娘に勉強と体術を教える家庭教師の仕事まで貰っている。収入はそこらの冒険者よりも多く、その気になれば地下迷宮を捨てて、安定した生活を送ることもできる。

 それでもマーフィは定期的に暇を貰って地下迷宮に潜った。

 彼を狂人とみる人もいるが、その評価はおおよそ正しい。

「冷えてきたし、そろそろ帰るか」

 白い息を吐きながらマーフィが呟くと、勢いよく窓が開いた。

「ごめん!! 遅くなっちゃった!!」

 黄金のような金髪に、溌溂とした笑顔の少女が窓から上体を突き出している。

 年齢はマーフィより一回り年下の12歳。明るく好奇心旺盛で、マーフィが勉強を教えている最中にもよくアレコレ聞いてくる。やんちゃ坊主の年ごろでもあるので父親は心配しているが、当の本人はどこ吹く風で、今夜もこうしてマーフィとの密会を楽しんでいる。

 月光の下であっても、彼女は美しかった。

「お父さんの小言が長引いちゃった。私はもっとお淑やかに過ごさないとダメだって内容の話を何十分もクドクド喋っちゃってさー。まー、娘が可愛いのは分かるけど……待たせてごめんね」

「気にするな」

 マーフィは笑顔で応じつつ、彼女のウソを嗅ぎ取った。

 天真爛漫なように見えて、彼女は自分の本心を隠す。マーフィからすれば相当綺麗な心を持っているのだからわざわざ隠す必要はないように思えるのだが、本人はそこまで自信がないそうだ。勿体ない。

「それより、今日は何の用があって呼び出したんだ?」

「知ってるくせに」

 少女は唇を尖らせた。

 もちろん、マーフィにも心当たりはある。

「二日後に地下迷宮に潜ることか」

「そう。それ、止められないの?」

「止める? どうして?」

 少女の目に涙が浮かんだ。

「どうして? あなたこそ、どうして地下迷宮に潜るのよ!! 危ないし、恐ろしい場所なんでしょ? 理由もないわざわざ行くところじゃない!! お金なら心配ないんでしょ? 足りないなら、私がお父さんに言ってあげる!! 周りの人の目が嫌なら、ここに住めばいいじゃない!! それでも文句を言う馬鹿がいたら、私が怒鳴りつけてあげるわよ!!」

 だから……

 マーフィは目を逸らした。

「心配してくれてありがとな。でも、俺は行くよ」

「どうして? そんなにここが嫌?」

「まさか! 俺はここが大好きだ。領主様は器が大きくて、俺みたいな人間にも手を差し伸べてくれるし、お前の姉さんたちも礼儀正しくて可愛いし、もちろん、俺はお前も好きだ。だが――」

 ガシッ、

 可憐な指に、胸倉を掴まれた。

 宝石のような双眸から逃れるために、マーフィは目を閉じた。

 彼の瞼の裏側には、暗く湿った地下迷宮が広がっていた。飢えと危機感に苛まれながら、一歩ずつ歩を進めていく高揚感。自分に向けて本気で放たれる殺気。汚く厳しくも美しい世界。

 ゆっくりと目を開くと、涙目の少女の顔が広がっていた。 

「だが、ここは俺の世界じゃない」

 頬を張られる音が真夜中の庭に響いた。




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