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肘井は投球練習において出来るだけ労力を消費せずに、バッターラップの時を待った。
幸い、この回の赤坂実業高校の攻撃は7番からという下位打線だ。しかしそれが逆に、肘井の気を緩ませる原因となったとも言える。
プレイ!
肘井は、労力をカットすべく、セットポジションから投球を行う。
真ん中から外角にずれ込むスライダーを、初級からバッターは引っ掛け、ショートゴロに終わった。これには肘井はとてつもなく助けられた。続く8番には、明らかにキレのないカーブやスライダーで追い込み、粘られながらも何とか三振にきってとった。
続くラストバッターはピッチャーの近衛。
この時、肘井の体力はついに限界を迎えていた。肘井にしては珍しく、明らかに落ち着きを失っている。さんざん今の今まで苦しめられてきた相手が、バッターボックスに立っているのだ。
普通に考えて、近衛は投手なので、バッターとしての近衛にはそこまで神経を擦り減らす必要もないだろう。しかし、この時の肘井は、疲労と、終盤における緊張から、そのような事を考える冷静ささえ失っていた。
1球目..........ストライク!
さっきまでよりも明らかに球速の落ちたストレートが、外角低めいっぱいに"たまたま"決まる。これに勘違いをして調子に乗った肘井は、はやくも追い込もうと、外角スライダーでの空振りを狙った。
..........ストライク!
近衛はボール球につられ、ハーフスイングになり、塁審によってストライクの判定を取れた。
思いのほか、簡単に追い込む事が出来た肘井は、完全に図に乗り、ベンチにいちはやく帰りたいという一心から、一呼吸を置くのも忘れ、間髪いれずにウイニングショットを投げ込んだ。
あろう事か、肘井の武器ですらない、それに今となっては大分威力の落ちたストレートで、空振りを奪おうなどと考えたようだ。
しかし冷静さを欠いた肘井は投球前にロージンバックをいじる事すら忘れ、汗だくの手でボールわ投げた。そして案の定、肘井の湿った指から放たれた投球は、外角低めに構えられたキャッチャーミットとは随分とかけはなれた、真ん中高めのゾーンに吸い込まれていった。
カキィーーーーーー!!!
近衛が放った打球は、高弾道でレフトスタンドにアーチをかけた。
打ったと同時に球場のいたるところから叫び声が聞こえ、中でも赤坂実業高校応援席からは、決勝戦にして今大会1番の大歓声が沸き起こった。
マウンド上の肘井は、打たれた瞬間、膝から崩れ落ち、立ち上がる事のないまま、大沢への交代が告げられた。
「肘井..........」
安室高校ナインは土壇場で先制を許してしまった事に、ただただ愕然とするばかりであったが、強豪赤坂実業高校を相手に1年生ながら7回3分の2を投げて1失点と、チームに希望を与えてくれたマウンド上の肘井を、安室高校ナインは責める気になど到底ならなかった。




