5
暫くすると石原から再び合図があり、御木本が号令をかけて皆、石原の元へ集まった。
「今から2、3年生は新年のミーティングを行うとする1年は解散!各自で行動するように。
グラウンドを使って練習を続けるもよし、帰って屁こいて寝るもよし。」
「ウッス!」
「ありがとうございました!」
1年生たちは皆、なんて言葉足らずな監督であろうと思ったに違いない。しかし先ほどのホームルームと同様、てきぱきとした行動が求められるようだ。
「あ〜あ、疲れた。寮に帰ったらすぐに寝よう」
「俺、人生で1番疲れたよ」
「もうヘトヘトだ」
1年生たちから口々に発せられる言葉、どれも後ろ向きなものばかりだった。
「にしてもさあ、監督、グラウンドを使って練習しても良いとか言ってたけど、まるで分かってないよな。俺らじゅうぶん走ったっつーの。
まだこれ以上走るやついたらもうそれはバケモノだよ、いるわけねーー」
「そうだそうだ」
ところがその「バケモノ」とやらは、意外にも身近な所に存在するのだという事を、1年生たちはすぐに思い知らされる。
「そうだ、金串君、君は寮じゃなくて家に帰るのかい?金串くん、って、あれ?金串?
え!!!」
「マジかよあいつ!!!」
1人の素っ頓狂な声に反応し、彼の視線の先に注目が集まる。するとなんとあろう事か、そこには金串の姿があった。
金串はさっきと同様にランニングを行なってはいるのだが、さっきまでとは何かが違う。
スピードだ。上級生たちと走っていた時よりもさらに格段に速いスピードで、黙々とグラウンドの隅を駆け回っていた。
これには1年生の皆、度肝を抜かれた。中学時代
強豪チームの4番バッターだった者や、エースピッチャーだった者もいるだろう。しかし、その者たちですら敵わなかった安室高校野球部のランニングに置いてけぼりを食わないどころか、
余力さえ残していたとは。恐らく、1年生の誰もが、初めて出会う怪物であろう。いや、ひょっとすると2、3年生ですら中々出会った事が無いかも知れない。
負けず嫌いのアスリートたちが、まだ残って練習している者を尻目に「疲れた」という理由で帰宅するのは、かなりの屈辱だったに違いない。しかしながら、その精神的苦痛に対抗する程の体力を残していないのだ。もっとも、中には骨のある1年生も勿論いた。さっき金串に自己紹介を行なっていた肘井という男が、いい例だ。
「ははは、あいつ、バケモノだな。でもさ、負けてられないよ。俺も走ってこよ。」
「マジか。すごいな肘井君。でも、実は俺も同じこと思ってたんだ」
「俺も俺も」
こうしてひとりふたり、さんにんよにんと、バケモノが追加されていく。こうして見ると金串のストイックな姿勢は、チームにとってこれから良い傾向を生むであろうという事は言うまでもなかった。