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「個人プレイに走るな!いつも通りにやれと言っただろう!何故俺の声を聞かないんだ!」
「..........はい。すいません」
「良いか。俺たち安室高校はな、勝つためにやってんだよ!優勝するためにやってんだよ!
お前と元チームメイトとの個人な勝負やるんなら、他所でやれや!」
「..........」
東京都営球場が一瞬にして静まり返った。
近衛を含む赤坂実業高校ナインも驚いてこちらを見ている。
「さ、次のバッターは、ええと、大沢!頑張れよ!」
「お、おう」
気を利かせた他のメンバーが、何とか試合の雰囲気を取り戻そうと、無理矢理に元気を出している。
それに応じて、思い出したように応援席も盛り上がった。
「そうだ、まだワンナウトだ!頑張れ、安室高校打線!」
「そうそう!元気出していこうぜー!」
応援席の1年生たちから思い思いの言葉が放たれる。しかし矢澤や肘井など、金串と親しいメンバーは、金串のこれからの打席に対して不安を抱いていた。
「なぁ、肘井。どう思う?」
「なんだ、いきなり。どう思うって何がだ?」
「いや、金串、これだけ冷静さを欠いていたら、次の打席も、その次の打席も集中出来ひんと思うねん」
「うん、まあなー。しかもこの試合まだ一点差だし、正直今の近衛の球を打てる気がしないし、金串がダメとなると、なー......」
「うーん......」
そんな2人の不安をよそに、試合はどんどん進んでいた。
2人が話しているうちに、9番、1番と、凡退したようだ。
2人の不安は、実に的確であり、現実となりそうだ。
その後、安室高校の先発大沢も好投を見せ、試合は投手戦にのめり込んでいった。
そして迎えた9回の表、試合は動いた。
安室高校の日々の過酷な練習を耐えてきているだけあって、大沢は涼しい顔をして8回までを投げきり、スムーズに9回の守備に入れたかと思われた。しかしそんな気の緩みが、大沢に失投を投げさせた。
カキィーーーーン!!!!!
赤坂実業高校の7番、牛島の放った打球はレフトスタンドに弾丸ライナーで突き刺さった。
ホームラン!
あろうことか9回の土壇場で同点に追いつかれてしまったのだ。
大沢はがっくりと肩を落とした。それもそのはず、今まで無失点に抑えてきたのにもかかわらず、たった一球の失投、真ん中高めへの失投をしてしまった事によって、試合が振り出しに戻り、ひっくり返る可能性すら出てきたからだ。
更に、8回までの近衛の圧巻のピッチングを見ていれば、安室高校打線が赤坂実業高校から1点をもぎ取る事がどれだけ難しいかは容易に想像できる。
土壇場で被弾し、動揺している大沢を放置するわけにはいかず、石原は主審に投手の交代を告げた。幸い、安室高校は甲子園常連校だというだけあって、投手の層は暑いのだ。




