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「金串君、昨日紅白戦でホームラン打ったんだって?!」
「まじか!!!」
「すごいなー、1年生なのにもうチャンス掴んだんだ」
月曜の朝、またしても金串の机の周りには人だかりが出来ていた。いずれのクラスメイトも金串が昨日ホームランを打ったという噂をききつけるや否や、金串の元へ飛んで来て、ヨイショヨイショ、と賞賛する。
野球の事で人からチヤホヤされる事には慣れている金串は、ひとつひとつ丁寧に礼を言い、謙遜する。
「いやぁ〜とんでもない、たまたまだよ。たまたまバットにボールが吸いついてくれただけさ」
「いやいやそんな事あるもんか。何ていったって、逆方向にライナー性をぶちかましたらしいじゃん。相当な腕前じゃないと出来ないさ〜」
「当たり前だろ?金串君は、全国覇者なんだぜ!」
金串はゾッとした。そんな詳細な情報まで噂で回っているのか。そうか、スポーツ推薦クラスには野球部員もいるのだ。ともすれば良い時はこのようにカッコがつくが、例えば試合で4タコでもしようもんなら
示しがつかないぞ、と気を引き締めるばかりであった。
放課後、夕方のグラウンドにはトンボ掛けをする金串たち1年生の姿があった。
たとえ昨日の金串ほどの活躍を見せようとも、1年生の活動は雑用がメインだという事は変わらなかった。
「いや〜何で俺らがこんな事せなアカンの?
トンボ掛けなんぞする為に安室高校来たんちゃうねんぞ」
矢澤がぶいぶいと文句を垂れている。
それを聞いた肘井は、止まらない矢澤の愚痴に口を挟む。
「仕方がないだろ、俺たちみんな1年生なんだから」
「だってさ、肘井、俺なんか大阪大会の覇者やで。地元のチームメイトが俺がトンボ掛けなんぞしてるなんて聞いたらたまげるやろな」
「へぇ、矢澤は地方大会の覇者なのか。でもさ、そんな事言ったら俺なんか全国出てんだぜ。ていうかそもそも、この野球部の1年生ってみんな凄い人たちばっかりでしょ。君だけが例外じゃないよ」
肘井にもっともな事を言われ、矢澤は黙り込む。そうこうしているうちに、先輩たちがグラウンドに現れた。
「おい、1年ども、トンボ掛けは済んだか、ランニング始めるぞ!」
「ウッス!!!」
御木本のかけ声と共に野球部の練習が開始された。
入部当初よりは慣れたものの、1年生はまだまだ2、3年生には体力で敵わない。
ランニングを終えると、先輩たちはノックやバッティング練習を始める。1年生は全員球拾いやランナー役だ。そのサイクルを5時間ほど行い、空も真っ暗な中で解散を告げる。
地方からの上京組は寮に帰るが、金串などの地元から通っている組は帰宅する。
練習が解散になったとはいえ、残って練習するかどうかは部員の自由だ。御木本を中心に少数の上級生は自主練を行うが、大多数のメンバーはここでアガリだ。
因みに1年生は全員、練習を終了する。居残って練習する体力などもはや残っていないのだ。
金串が帰宅しようとすると、御木本に声をかけられた。
「やれやれ、期待の新人が聞いて呆れるよ。
これっぽっちの練習にねをあげるとはな」
「へへ、すいません、お疲れっす」
御木本から遠ざかりながら、矢澤はまた愚痴をこぼす。
「キャプテンのやつ、金串の才能に嫉妬して無茶いうてはりまっすわ〜」
「良いんだよ、俺が体力無いのは事実だからね、じゃ、お疲れ〜」
寮住みの矢澤、肘井たちとは学校で別れ、金串は帰宅した。
しかし実をいうと、金串が帰宅したのは体力が残っていないからでは勿論ない。これから金串の自主練習が始まるのだ。




