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この日も安室高校野球部は、来るべき夏の大会に備えて全体練習終了後にもほとんど全員の部員が個人練習を行っていた。なかでも特に気合いが入っているのは、高杉ははじめとする3年生だ。当然である。3年生にとっては、約2ヶ月後に待ち構える夏の大会が日本一になれる最後のチャンスであるとともに、野球部員として最後の活動でもあるのだ。
さらに、高杉らベンチ入りメンバーは、昨年の御木本世代が味わった悔しさを知っているため、絶対に負けたくないという気持ちでいっぱいだった。
安室高校野球部グラウンドには、ブン、ブン、と何度もフルスイングで素振りを行う高杉や、他の部員にノックを打ってもらい、疲れはてるまで守備練習を行う大塚や葉山の姿があった。
それを見ていた今居や小久保、特に小久保は、昨年の悔しさこそ知らないものの、自分もレギュラーとしての自覚を持って頑張ろうという気持ちにさせられたようで、高杉にも劣らない気迫でバットを振っている。
するとやはり好循環が生まれる。1年生が頑張っているのに自分らも負けてはいられまいと、矢澤ら2年生もよりいっそう一所懸命、個人練習に取り組むのだ。
暗くなっても勿論練習から引き上げるものなどいるはずもなく、街から明かりが消える、つまり日付か変わる時間帯になってようやく、そろそろ引き上げようと雰囲気が蔓延する。
この日も、次の日に変わろうというところに、ゴソゴソと帰りの支度を始める部員も増えてくる。
そんな時、3年生の高杉は、思い立ったようにみんなを集合させた。みんなー、と声をかけられ、部員たちは不思議そうな顔をしながらも、高杉のもとへ集合する。
「みんな、突然わりぃ。今日はお疲れさん!
こんな遅くまで毎日練習しているからにはさ、
ここはひとつ、俺たち3年生のためにも、
夏の大会は絶対優勝させてくれよな!」
「………」
「ん?どうしたの、みんな黙り込んで」
「高杉さん……」
「おう」
「いきなり気持ち悪いやないですか(笑)」
矢澤は沈黙から一転、冗談を言うと集まっていた部員たちからはどっと笑いが起こった。
「な…!人がしんみりしてりゃなんだ!
コラー!」
「わーこわいですねん!この人がキャプテンやなくて良かった!」
「なんだとぉ〜!」
矢澤を追いかけまわす高杉の滑稽な姿に、深夜にもかかわらず野球部員たちからは笑いが耐えなかった。この2人もまた、驚異的な体力の持ち主である。あれほどまでに過酷な練習を終えた後にもまだかけっこをする体力が残っているとは。
しかし、高杉の気合いの入った演説は、最終的に冗談ぽくなったものの、野球部員全員の胸にしっかりと響いていたということは、間違いないであろう。
そうだ、夏の大会を最後に去ってゆく高杉ら3年生たちのためにもここはひとつ、チーム一丸となって死ぬ気で戦わなければならないのだ。




