プロローグ
彼の世界から色彩が失われたのは、彼がわずか10歳の時だった。
黒い服を着た人々。白い会場に黒い額縁。白い棺。写真には1人の笑顔。モノクロームの世界に出会った。不幸な形で。その時から、彼の両目は色を捕らえることができなくなっていた。
幼い日の彼には、それが少し残念に思えた。植物の緑も、空の青も、色とりどりの花も全てが味気ないものへと変わってしまったから。原因は分からなかった。だが、別段気にするようなことでもないような気がした。だから、自分の頰に流れる一筋の意味がわからなかった。
それから長い時間が経った。それなりの不便はあったが、なんとか普通の学生生活を送れていた。なんとかそこそこな高校へと入学し、それなりな仲間とともに、ほどほど馬鹿をやっている。それだけで彼は幸せだった。
女子は苦手だ。そう気づいたのはいつだったろうか?まず、何を考えているか分からない。会話をすることも苦手で、周りが言うような願望(彼女が欲しいだとか、イチャイチャしたいだとか)、はどうしても理解することはできなかった。付き合うなんてもってのほかだ。一度だけそんな考えを親友に伝えたこともあったが、『お前大丈夫か?』と本気で心配されたので笑ってごまかし、もう2度と口にしたことはない。
ぼんやりそんなことを考えながら、学校へと向かう支度を手早く行う。今日はあれが安い日だったかな、とモノクロのチラシ(実際には色もあるのだろうが。)に目を通す。一人暮らしには割と慣れた。最初の方は両親に心配されてはいたが、実際にやってみるとそれほど障害はないもので、そこそこな頻度で靴下の左右の色が違うという指摘を友人から受けるくらいだ。
朝食であるトーストと少しのおかずを片付ける。
「いってきます。」
無人の部屋に声が響く。戸締りと腕時計を確認して階段を降りる。流石に安アパートではエレベータなどはない。4階分ほどの階段を駆け下り、通りへと出る。
自慢ではないが遅刻等は一度もしたことがない。時間には余裕を持つ、というのが家訓だとかなんだとか言われ続けた結果、時間ギリギリで動くなどということがなかなかできなくなっていた。徒歩で通える距離にある高校へと今日も向かう。見慣れた通学路をゆったりと歩いて行った。
「おはよう!今日も暗い顔してんなー!」
校門を超えてすぐ、グラウンドの方から声が掛けられた。朝練帰りなのかタオルを首に巻く爽やかな同級生の姿。
「あぁ、おはよう陸也。朝練は終わりか?」
「おう、しっかし真面目だな、お前は。朝練なかったらもっと遅く来るのに」
そう言いながら苦笑する。仕方ないだろ、性分なんだから。
「あ、そうだ。今週末暇か?」
「俺は大抵暇だよ。どうした」
「そんな悲しいこと言うなよ、まあいい。こんなものがあるんだ」
そう言って手でヒラヒラさせたのはとあるチケット2枚。パッと見た感じ、商品券のようだ。
「母さんがな、お前でも連れて行けってくれたんだよ。彼女いないって決めつけんなよなー…」
最後に少し愚痴をこぼす。そんな友人とともに、教室へと向かうのだった。