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お嬢、初めまして! 4


ディッセンバーグ家の書斎にて。

机に向かっていたリトニア公アーサーは、自らの息子が上げて来た書類を見つめて、小さなため息を吐いた。


周りに聞こえぬ様にと気を付けたつもりであったが、アーサーの直ぐ近くの席に控える彼の秘書兼側近は、長年の付き合い故にその気配を察知したらしい。

チラリとこちらに視線を寄越し、目だけで「大丈夫ですか?」と問うて来た。


それに対し、アーサーは片手を上げ問題ない旨を伝えると、再び書類の文に目を通す。


そこにはつい先日、彼が息子に命じた仕事内容の結果についての報告文が列挙されていた。



領地の視察へ向かう途中、妹のクラリスが奇妙な拾い物をした事


クラリスの言葉によれば、それは(いにしえ)より伝わりし異界の来訪者、稀人(まれびと)であろう事


それを回収し、当家預りとした事


後日改めて視察に出向き、そちらの管理者と話したところ

数年前からあった、周辺の土地に狂暴化した魔獣が増殖していた問題が、一夜にして全ての魔獣が消滅してしまった事により解決し

依頼する筈であった討伐隊や警備隊の派遣人員増加が必要なくなった事


そして、息子(かれ)の予想では、それは稀人と無関係ではないのではないかと言う事



……それらの報告をしっかりと確認して、アーサーは再びため息を吐く。


すると横からスッと紅茶が差し出された。


そろそろ必要だろうと思ったらしい秘書兼側近が、気を利かせて用意してくれていたらしい。


「ありがとう」


礼を言って、有り難く、受け取った紅茶に口をつける。

口の中に広がる温かさと甘みがいくぶん気持ちを落ち着けてくれた。


しかし、アーサーの気落ちの理由は、この報告書であってこの報告書ではない。

というより、幾つかの懸念材料があるにはあるが、知りたい事はきちんと記されているし、報告書の内容にも書式にもなんら問題はなかった。


原因は、この報告書を上げて来た相手と、アーサーの元に報告書『だけ』が上がって来たという事実にある。


(私は、今回の視察の様子を『報告に来い』と言った筈なんだがな……)


何故か呼んだ息子ではなく、こうして報告書がアーサーの元にやって来た。


持参したのも本人ではなく彼の従者であるという徹底した姿の隠しっぷりだ。

大方(おおかた)、動く手間と話す手間を省きたいという目論見だろう。

後は、上層へ伝達する必要があった場合、アーサーがこれを渡すか読み上げるかすれば書類を書く一度だけの手間で済ませられるから……といったところだろうか……。


(見解について幾つか訊きたい事もあったのだが……)


その旨を伝えて再び呼び出したとしても、また書面がやって来る様な気がしてならない。

そして、もし、万が一、その理由に「父親に会いたくないから」というものが含まれていたりしたら、流石に、いい大人のアーサーでもちょっと泣く。



(しかし……うちの子供たちはどうして揃いも揃ってこう……)


少し前には、王立学院から休暇で帰省してきた娘のほうに付けていた侍女が、「恐れ多くてこれ以上はお嬢様のお側に居られません……」と、配置の変更を願い出て来た。

在任期間はとうとう一年持たなかったらしい。


他家ならば職務の怠慢や放棄として理由を問い質しているところだろうが、残念ながらディッセンバーグ家においてはその理由に大いに心当たりがある。


アーサーの娘、クラリス・ディッセンバーグは、『一見すると』『自分に厳しく、さらに他人に対してはもっと厳しい人物』であった。


この『一見すると』というのが、かなり曲者で、アーサーなどの彼女をよく知る内輪の者が見ると、クラリスの本質は実はそうではない。


クラリスが自分に厳しいというのは、その通りだと思う。

親の贔屓目抜きにしても娘は勉強熱心で何事にもひた向きに取り組む娘だった。


実際、クラリスがウィンコット国の王子であるルクセン公カイル様の婚約者候補に名前が上がった頃。

「もしも国母となるならば必要でしょうから」と、始めた外交の勉強が高じて様々な国の書物を集め読み漁る様になり、多くの国の言語を流暢に操るまでに至ったのは、その勉強熱心の為せる業と言えるだろう。


しかしその反面、クラリスは他人の不得手に対して理解を示さず、非常に当りがきついという側面を持っていた。

それは、自らの努力家な一面を補って余りあるほどに。


『その様な事もお出来になりませんの?わたくしの横に立つのならもっと上を目指して頂かなくてはいけませんわ!』


だの


『危なっかしいわね!もう、わたくしがやったほうが早いからそれをこちらへ寄越しなさい!』


だの言われ、やる気を挫かれてしまった若い使用人がディッセンバーグ家には多い。


それがクラリスの口先だけで、彼女自身の能力が伴っていないのならば、反発心なども抱き様があったが、実際、クラリスは宣言通りに出来てしまうので、ただただ相手の心を折るばかりである。


そもそも、出会いから、『あなたがわたくし付きの新人ね。精々わたくしの足を引っ張らない様に精進なさい』と言われて仕舞えば端から萎縮するのも仕方ないだろう。


これが、クラリスが『自分に厳しく、さらに他人に対してはもっと厳しい人物』とされる所以(ゆえん)だった。


ところがこの側面。

彼女をよく知る者からすれば、全く違う印象となる。


幼い頃よりクラリスを知る古参の使用人が言うには、「お嬢様はねぇ……『本人はすごく素直』なんですけれど、『お口が全く素直じゃない』ですから」という事になるらしい。


そう。クラリスは、照れや虚勢で極端にきつい物言いをしてしまう質の娘であった。


年齢や立場などの要因で俯瞰でクラリスを見ることが出来る者ならばそれが解るのだろうが、これからを担う発展途上な状態の人間に、鷹揚にして理解を示せというのは酷だろう。


一応、アーサーからもクラリスに「穏便な態度を心がけなさい」と折に触れては伝えているが、生まれもった性質はなかなか変えられるものでもないらしい。


(昔からうちに従事してくれているの者の中からクラリスに一人付けるという案もあったが……)


そういった使用人は、大半が家庭持ちであるため、「ほとんど帰れない様な長期拘束を強いる訳にはいかない」と、クラリスの側からきっぱりと断られた。


学院に同行が可能な者で、ありのままのクラリスの事を理解してくれるか興味深く思ってくれる者が在ればよいのだが、そうそう都合よくも行かない。


(興味深く思う……と、言えば……)


息子からの報告書に記載のあった稀人の件で。

記述を見て直ぐに、「何かあってはいけない」と、急ぎ確認を取らせた際に受けた(しら)せに、『クラリスお嬢様に大変なついて、健やかに過ごしております』というものがあった。


((なつ)く……)


まるで愛玩目的で飼っている犬か何かに対する様な表現で報告され、問題が起きていないならまあいいか……と、その時は思ったが……。


(つまり好感触なのだと捉えるならば、例えばその稀人がクラリスに仕えてくれる様になれば……)


稀人は例外無く高度な能力を持ち合わせるという。

ならば、味方になってくれたなら安心安全という面でこれ程心強いものもないだろう。

クラリスの問題も解決……という点で、アーサーの心も安心安全である。


だが……。


(そう都合良くはいかんだろうな)


稀人は世界を脅かす程の問題を起こさない限りは丁重に扱わねばならない


問題を起こさぬ限りは望む自由を与え


もしも問題が起こるようならば世界が消え去る覚悟をもってこれを諌めよ


これが、アーサー達の生きる世界に存在する稀人の不文律である。

これは、かつて実際にあった出来事に端を発すると聞き及んでいる。


発見した稀人を保護し、国の上層に報告するまでは、稀人を見つけたディッセンバーグ家の管轄だが、そこから先にどういう道を選ぶかは稀人自身の自由な権利だ。


アーサーは三度(みたび)書類に視線を落とし、ため息を吐いた。


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