お嬢、婚約破棄です! 1
「クラリス・ディッセンバーグ、貴様との婚約を今日限りで破棄する」
ウィンコットの国の外れに浮かぶ島は、学園都市である。
国の中にありながら、国から独立した体制を貫き、数多の教育施設や研究施設が集まる。
その中の一つに、王立学院があった。
13歳〜18歳までの主に良家の子女が通う全寮制の教育施設で、王立とはいえ、学園都市の中にある施設の一つとして国から独立した教育体制、管理体制を取っている。
……というのが表向きであるが、そこはやはり『王立』を冠している学院と言うべきか。
王侯貴族の上下関係やしがらみからはなかなか逃れられないのもまた、宿命である。
そして現在。
正に、その王侯貴族のしがらみの一つとも言える光景が展開されていた。
ウィンコット国王位継承権第一位のルクセン公カイル王子。
ウィンコット三大公家の一つ、リトニア公爵家の息女、クラリス・ディッセンバーグ。
ウィンコットの上層を司る両家が決めた、婚約者同士であるお二人の、婚約破棄劇が、繰り広げられようとしているのである。
「なぜ……と、お尋ねしてもよろしいですか殿下?」
「身に覚えが無いと申すか?」
「ええ、皆目見当も……」
「貴様、特待枠の学生である、リズベットをいじめていたそうだな?」
「国の上流階級に居る人達の婚約破棄の理由が『いじめ』って!うぷっ!」
「…………」
「…………」
場所は学内、校舎の中庭。
庭師により美しく手入れされた樹木が生い茂るそこは、お昼時であればそこそこに人の出入りがあるのだが、講義の終了した時間帯であれば、あまり人の姿はない。
加えて、王子がこの場所を此度の婚約破棄の舞台とするにあたり、立ち入りを規制したので、現在、中庭に居るのは当事者二人と、彼らの側近が二人の計四名だけであった。
「…………い、いじめなど、した覚えがございませんわ」
「飽くまでもしらを切り通すか……では、訊くが、貴様、リズベットの教本をズタズタに破いたそうだな?それから、歩いている時に取り巻きを使って足を引っ掻け、転ばせた。社交の場で飲み物をかけてドレスをダメにした事もあると聞いている」
「いじめっていうのがそもそもどうかとは思うけど、よりにもよってなにその発想力が幼いラインナップ!小5か!頭の中が小5のあの夏で止まっているのか!!10代も後半の貴族となれば、もっとこう知略に富んだ姑息なやつとかドロドロしたやつとかなんかあるでしょうが!あと、金かけなさいよ!貴族なんだから!せめて経済を回しなさい!……あ、でもやっぱりイジメヨクナイ、カッコ悪い……うちのお嬢だったらそんな卑しいことしない。そんな事しないで、やるならでっかく世界征服企んで世界に喧嘩売る!」
「…………世界征服するのか?」
「…………しませんわ」
昨今の婚約破棄は、大勢の証人を得るためとの名目で、夜会や卒業祝賀会など、大衆の面前で派手に演じられることも主流であるらしいのだが。
同級生を虐げるという卑劣な行いをしたとはいえ、良家の娘であるクラリスが見世物になっては可哀想だろう……と考え、人払いをした場所で行ったのはカイル王子の温情であり、彼の側近はその心を汲んで自らの気配を消し、壁もしくはオブジェと化していた。
もう一度、言っておこう。
王子の側近は、彼の心を汲んで自らの気配を消し、壁もしくはオブジェと化していた。
「コホンッ……これらの件については、リズベット本人からいじめの事実があった確認はとれているし、目撃者からの嘆願書が提出されている。それを精査した結果、貴さ……」
「一方からだけの口頭での事実確認!?目撃者!?嘆願書!?え、それって、ほぼ一方通行な目撃情報だけ!?科学的根拠も物的証拠もなし!?!?ナニソレ、証拠が目撃者からの証言だけって一国の王子様の采配としてどうなんですかね〜?ワロテまうわ〜プゲラ〜〜っっ!!」
「…………もうだめだ…………クラリス……先程から貴様付きのメイドが随分と煩く吠えている様だが?」
そう。
もう片方の側近は、ただの一ミクロンも、一切合切、黙っていなかったのである。
「もっ……申し訳ございません殿下!…………ちょっと!あなた、殿下の御前よ!お黙りなさい!!」
「だって私にはこの国の法律は適用外ですしおすし〜」
「「おす……し……?」」
「て言うかお嬢は何事も真正面から行くバカ正直な人ですし、規則守れてない人とか礼儀がなってない人に注意はしてもいじめとかしませんし……あ!物的証拠というか映像証拠ならむしろ、私、用意出来ますよ〜?……まあ、本来、思考停止型能力脆弱顔だけ男に見せるのは勿体無いところなんですけどね〜、しょうがないから見せてあげますよ、私の『お嬢、爆笑!珍プレイ好プレイ★コレクション』の数か……」
「あー!!!!!ちょっとわたくし可及的速やかに片付けて仕舞わねばならない用事が御座いましたの!!……申し訳御座いません殿下……この件は後日に改めて」
「あ……ああ……」
「ほら!!メグル!!行きますわよ!!」
「いだっ!お嬢、痛い!痛い!そこ、爪立てたら、めっちゃ痛い!」
嵐の様に去っていく二人の勢いに流されて、王子は、呆けた顔でそれを見送った。
話していた内容の真偽の如何は別として、先程の様なメイドの態度は、全て、一国の王子に対して取るにしては不敬極まりないものである。
その言葉に、王子が立腹を示したならばなおのこと。
にも関わらず、メイドは何のお咎めもなくこの場を後にした。
王子の怒り次第では、側に控えていた側近に即座に切り捨てられても文句は言えない様な言動を繰り返したのに、五体満足でここから退場していった。
それには、理由がある。
「あれは、稀人か……そう言えば公爵家が保護したんだったな……」