物価高対策としてクリスマスという高額出費を強いるイベントを法律で禁止し破ったカップルは厳罰に処すべきだと主張する自称庶民の味方、前座で商業ギルドを追い詰める
商業ギルドの中へと案内され見た景色は、前に来た時とガラリと違うものだった。
「床が真っ白だな」
このジャリジャリ感、塩か?
ウユニ塩湖みたいだな。
「何でこんな事しているんだ?」
「ヒッ、も、勿論お客様が二度と来ない様に大量の塩を撒いた訳ではございません!!」
「別に、疑っていないが?」
そもそも俺、塩を撒かれる様な事していないし、撒くにしてもあまりに過剰な量だ。
どれだけ関わり合いになりたく無ければこんな広いロビーこ床を埋め尽くす程の塩を撒くのか、想像するのも難しい。本当に二度と来てほしく無い相手がいるとしても、ここまでは普通しないだろう。相手が確実な厄介事、災厄を呼び込み、来ては絶対に断れない相手、そんな人物がいたとしても業務に支障をきたす様な事は普通しない。それどころでは無い存在でも来ない限りは絶対にしない筈だ。
そもそも塩を撒くのは日本の文化。ここは別世界だから、別の意味合いがあるのだろう。
「何でこんなに塩を撒いているんだ」
「ヒィッ、それはその、あの、ええっと、あれがあれで……」
「塩を溢しました!!」「模様替えです!!」「掃除の裏技です!!」「お客様に何度も来てくれる様にとお祈りした盛り塩です!!」「なんか良いなぁと思いまして!!」「食料品の様に塩漬けにすると建物も長持ちするのです!!」
把握していなかったらしく答えられない支部長の代わりに他の職員が一斉に理由を述べる。
同時に喋るから何を言っているのか聞き取り難い。何かそんな訳ないのにそれぞれ違う事を言っている気すらする。
だが俺の聖徳イヤーは聞き逃さない。
「よく聞き取れなかったが、俺に何度も来て欲しいからだったんだな!」
「「「よりにもよってどうしてそれを聞き取った!!」」」
「うん?」
「「「なっ、何でもございません!!」」」
なる程、俺に来て欲しいから儀式並に塩を撒いていたのを俺にバレて恥ずかしいんだな。
兎も角、それだけ俺に来てもらいたいという事か。
「フハハハハッ、その心意気気に入った! ここを愛用してやろう!」
「「「ぐふっ!!」」」
喜びのあまり全員吐血。
口ではなく胃の付近を押さえているから、喜びのあまり胃に穴が空いてしまったのだろう。
胃って喜びでも穴、空くんだな。
「顔も覚えておいてやるぞ!」
「「「ブクブクブク…………」」」
喜びのあまり白目を剥いて赤い泡を吐いてしまった。
すると、どこからともなく黒子みたいに顔を隠した一団が現れ、倒れた職員達の口に無理矢理ポーションを流し込む。
そして即時撤退して行った。
「「「手遅れでも良いからここじゃなくて治癒院に連れて行ってから治療しろ!!」」」
よく分からない叫びと共に復活する支部長一行。
まあ、無事に回復はしたようだ。
何も問題はないと認識しておこう。
「はぁはぁ……、失礼致しました。ささ、こちらへ」
案内されたのは建物の2階、その奥の一際大きな扉の中。
いくつかの大きな旗をバックにちょっとした玉座のような金縁に赤いクッションの椅子と重厚な机。
床には金と青を主とした色調の絨毯。その上には少し低い机と玉座っぽい椅子を広げ少し地味にした様なソファが机を挟んで2つ。
社長室っぽいが調度品が高級ホテルを豪華にした感じだ。もしくは金持ちの書斎と応接間を混ぜた様な形か。
「部屋が派手で申し訳ございません。前の部屋の主がアルベーム王国の侯爵でして。我々商業ギルドは商業の守護者であり絶対中立、自ら富む事を目的とした商会でも無ければ権威を見せつける事を良しとする貴族でもないのですが」
ふむ、一般的な商人であればこの部屋の豪華さに威圧されてしまうかも知れない。
商談をする場所としては不向きと言える。
支部長が謝罪するのも分かる。
しかし、俺はこの部屋が霞む城持ちのリッチにしてビップ。
国家予算並の賠償金は女神様に貢いたが女神様は俺の恋人なので実質的に国をも支配する国王級、いや国王も屈服させたのだから王をも超える真の王と言える。
そんな俺は、如何に高そうな部屋の中でも何も感じない。
いや、それどころか下々の部屋に来た様なものだ。
「何も気にすることは無い。商売はどこでも出来る。一流は場所を選ばないものだ」
「そう言っていただけると幸いです。どうぞ、御座りください」
席に着くと、空かさず黒子みたいな服装の人がトレーを持ってやって来る。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
「支部長にはポーションです」
「…………」
黒子みたいな服装の人は、いや人達は支部長以外にもポーションを配る。
そして速やかに退出。
出来れば本物のメイドさんに是非ともお茶を淹れて欲しかったが、ここでは黒子姿での給仕らしい。
まさか黒子が給仕係だとは思わなかった。
軽いカルチャーショックだ。
「では、本題に移らせていただきます。この度は、貴重な御品をお持ちいただいたとの事ですが?」
「ああ、色々と手に入れたんで買い取って欲しい。それでまず確認なんだが、どんなものをどこまで買いってくれるんだ」
「基本的に値段が付くものであればどんなものであっても買い取り可能です。商業ギルドは市場の管理を役割としておりまして、国家による不当な買い叩き等が起きないよう最低価格の構築等を行っております。その為に様々な取り引きの仲介を担っており、一度我々の方で買い占めに近い大規模な買い取りを行い設定した最低価格で商人に売るといった事をしております。その都合上、どのようなものであっても買い手の商人を見つける事が可能です。
…………ただ、その、です、ね。例えば、盗品、でしたり、購入業者が問題に、その、巻き込まれてしまう、様なものは、その、あの、お取り引きを、お、お断り、させていただいてまして、ですね……」
ポーション飲みながら誤魔化していても、エナジードリンクの様に反動が来たのか後半しどろもどろになる支部長。
「えっとですね、その、例えば、あの、アルベーム王国、由来の、宝物だったり、しますと、買い手にアルベーム王国の貴族が、あの、その…、無理難題を、言う可能性が、ありまして、ですね。…………買い取りを、きょ、きょ、きょ、拒否、させて、いただいて、おり、まして…………」
「アルベーム王国? 何処だ? その国?」
「…………この国です」
「ああ、この国か」
そう言えばそんな名前だった。
「ん? この国の物の買い取りはしていないって事か?」
「は、はい、そう言う事に、なりましてですね……」
「そうか、この国は盗品だらけの碌でもない国だったんだな。つまり盗賊国家と言う訳か。滅ぼした方が良かったかも知れないな」
「そ、そういう事では無くてですね!」「お待ちを!」「盗賊ではありません!」
「違うのか?」
「はい!」「違います!」「通常の国家です!」
あの人の城に手を出して来たチンピラ王子や俺のアクセサリーに手を出したチンピラ王、それに全面加担し俺がまるで悪いかの様に剣を向けて来るチンピラ。
よくよく考え直すと盗賊国家そのものの様な気がするのだが?
「じゃあ、何で買取拒否なんだ?」
「え〜、と、その、アルベーム王国王太子エーリッヒ様が貴方様に城を明け渡す様に要求した様に、この国の貴族は正当に対価を支払って得た物であってもかつて自分が所有していた物であれば平気で献上する様に言って来まして」
「そ、その通りです。自分の身を守る力の無い商人では、その様な要求に逆らえません。ですので、商人の身を守る為に、買い取り自体を拒否させていただいているのです」
俺に攻撃してきた奴ら以外にも、この国の連中は碌でもない奴らだらけらしい。
まさか、俺の金策までも邪魔するとは。
「仕方がない」
「わ、分かっていただけましたか」
「邪魔な連中は先に片っ端から潰しておくか」
「「「おおお、お待ちをっ!!」」」
立ち上がろうとして俺を職員達は一斉に止める。
「何か問題が?」
「相手は国家です! 少人数の貴族を倒したところで意味はありません!」
「貴族に非があっても王国政府は貴族の味方をします! 相手は実質王国軍なのです!」
「それなら大丈夫だぞ。もう王国政府は壊滅状態だからな」
「「「この短時間で一体何がっ!?」」」
戦力も政府としての形も俺達の慈悲で残っているだけだ。
女神様が怒ればそれだけで波打ち際の砂城の様に消え失せるしか無い。
「確認を急げ! アルベーム王国総本部に連絡を入れろ!」
「王都方面から来た商人達から情報収集を! 冒険家ギルドにも連絡だ!」
「勇者軍はこの事を掴んでいるのか!? 使者を送れ! ギルド本部への連絡も忘れるな!」
「勇者軍なら全部知っているぞ、その場に居たからな」
「「「勇者軍がいたにも関わらず壊滅状態だと!?」」」
話が思いっ切り逸れてしまっているが、それだけの大事だったらしい。
俺からすれば、正当防衛でチンピラを排除し賠償金を請求した、後は女神様が毟り取った、ただそれだけなのだが。
「も、もしや、魔王軍が奇襲を仕掛けて来たのですか!?」
「いや、魔王軍とやらは来ていない。そのアルベーム王国とやらの連中が俺に奇襲を仕掛けて来て、その代償を支払わせてやっただけだ」
「「「国家が、たった一人に、敗れ去った……」」」
そう言えば、結局魔王軍とやらには会った事が無いな。
どんな連中なのだろうか。
そう言えば、魔王軍を名乗る連中には会った事もあったような気がするが、それっぽいのにはまだ遭遇していない。
女神様へのアピールポイントになるのだったら、今度一狩りいってみるか。
「ゆ、勇者軍はどうしたのですか!?」
「どうもしていないが。結局ただ見物していただけだったな」
「「「何故勇者軍が黙認を!?」」」
「黙認と言うか、黙らされたみたいなもんだったな」
「「「勇者軍が、黙らされた!?」」」
「ああ、威圧されて黙った」
「「「威圧だけで!? あの勇者軍が!?」」」
「因みに、俺が威圧した訳じゃないからな」
「「お客様じゃない!? お客様以外にそんなのがいるだと!? がはっ!?」」」
漏れなく吐血して、ポーションをグビッと飲み干すワーカーホリッカーズ。
そして空かさず空いたコップにポーションを注ぐ黒子達。
団体競技の様に揃い、連携している見事な動きだ。
「兎も角だ、アルベーム王国政府は壊滅状態だ。これなら問題なく元貴族の持ち物でも買い取れるか?」
「それは、その……」
これでも駄目となると、今頃アルベーム王国中の国宝やらを漁っている女神様は大いに怒り狂うだろう。
せっかく手に入れたお宝が売れないのでは、賠償金を得られていないのと変わらない。
そんな時、女神様は一体何を要求する事になるのか。少なくとも喜ぶ事は無いのは確実。
何か、女神様の笑顔の為に良いアイデアはないか?
あっ、簡単なのがあった。
「じゃあ、アルベーム王国でなくしてしまえば良いんだな?」
「……と、い、言い、ますと?」
「つまりだ。アルベーム王国が滅んでしまえば問題ないと言う事だな」
「「「…………ブクブクブク…………」」」
「「「せいやっ!」」」
「「「………………」」」
また支部長達が泡を吹いて倒れかけたが、黒子達が見事に口の中へとポーションをぶっ込み、支部長達は復活する。
何度見ても見事な連携だ。
「買い取ります! 買い取りますから!」
「国を滅ぼすのはお待ち下さい!」
「無辜の民に御慈悲を!」
「だが貴族から買い手を守るのも大変だろう? 滅ぼした方が楽なんじゃないか? それに迷惑をかける奴が滅んでみんな喜ぶと思うぞ」
商売の原則は対等であること。
一方が損ばかりするのは良くない。
ジェントルメンな俺は自分の利益以外に他者の利益も尊重できる社会性に富んだ男なのだから、いらん国くらいどうせ大した手間もかからないしサービスで滅ぼそう。
「何でこうなった……」「やんわりと盗品の買い取りはしていないと言っただけなのに……」「我々が原因で国が滅びる事に……」
「お考え直しを!」「アルベーム王国がなくなり困る者が大勢いるのです!」
チンピラの国が無くなって困る?
あっ、そう言えば国が無くなると賠償金はどうなるのだろうか?
請求先が無くなってしまえば、女神様の財布も無くなってしまうかも知れない。
「うん、確かに。アルベーム王国が無くなると困るな。今はやめておこう」
「「「…………」」」
そう言うと、またも支部長達は一斉に意識を手放しかけた。
今度は吐血などダメージを負った様子は見受けられない。寧ろ気の抜けた感じだ。
今までとは多分、別症状。複数の症状持ちとは、一体どれだけ無理して働いていると言うのだろうか。
そして、そんな体調でも気を使わせてしまうとは自分のカリスマ性が恐ろしい。
次話はバレンタインに。




