テラウェッジ家でホームパーティ3
ホームパーティが始まってしばらくして、早速その時はやってきた。
「ほら、おじさんに挨拶なさい」
「…………」
「…………」
ライアンの妻が子供たちと一緒にヘルマンとルーテシアのところに挨拶に来るも、子供たちは母親の影から出てこようとしない。6つの瞳はヘルマンへの興味はあるようだが、一歩踏み出す勇気はないらしい。ヘルマンは無表情のまま子供と目を合わせないようにしていた。
「こんにちは」
見かねたルーテシアが、スカートの裾が床に付くのも厭わずしゃがみこんで子供たちと視線を合わせる。子供たちは朗らかな笑みを浮かべるルーテシアに視線を移す。
「私はヘルマン様の妻、ルーテシアです。結婚式で会ったの、覚えている?」
一番大きな男の子がルーテシアに向けてこくりと頷く。ルーテシアは笑みを深める。
「まあ、嬉しい! 貴方は確かラジアン、よね?」
「……そう」
今度は声を出して肯定してくれる。
「それで、貴方はヴァン、貴女はマリーね?」
「うん」
隣にいる2人の子供も合わせて頷く。だんだんと母親のスカートを掴む力が弱まってきた。
「今日はヘルマン様と私と仲良くしてね」
「……うん」
だいぶ緊張がほぐれてきたところで、ルーテシアは立ち上がる。僅かにバランスを崩したところをヘルマンが支えてくれた。
「ありがとうございます、ヘルマン様」
「……いえ」
ルーテシアが幸せそうに微笑むので、子供たちも先程よりは警戒心薄くヘルマンを見る。変わらずヘルマンが笑顔を見せることはないが、少なくとも泣かれる心配はなさそうだ。
「後で私とお外で一緒に遊びましょうね」
警戒心の薄れた子供たちにルーテシアはそう声をかける。しかし、ヘルマンがそれを止めた。
「そんな靴で走り回れないでしょう」
「あ……」
今日はいつもよりヒールの高い靴を履いてきている。つい今しがたよろけたばかりなのに、ルーテシアはいつもの調子で動き回るつもりでいた。
「やっぱりダメ……ですか?」
「……私に抱えて走れと?」
「まあ! ヘルマン様ったら過保護なんですから!」
当たり前のようにルーテシアを抱えると言ったヘルマンに笑ってしまう。ヘルマンもつられて微笑む。それは、子供たちにとって初めて見たヘルマンの笑顔だった。僅かな変化だったが、子供たちはヘルマンに釘付けになる。
そこへ、笑いながらライアンがやってきた。
「珍しいな、ヘルマンが表情を崩すなんて」
子供の頭を順番に撫でてから、ライアンはルーテシアに微笑みかける。
「ヘルマンは不器用なのに。ルーテシアさんには面倒をかけていると思うけど」
「いえいえ」
ライアンとルーテシアが話すのをヘルマンが渋い表情で見た。
「だが、ずいぶんと仲良くなったようで俺は嬉しいよ」
「……そう、見えますか?」
ルーテシアは恥ずかしそうにそう尋ねる。
「もちろん。俺は伊達に長い間ヘルマンの兄をやっているわけじゃない。ヘルマンのことはすぐにわかるよ」
「ライアン兄上。そういうことを言うのはやめてください」
「照れなくてもいいじゃないか」
ライアンはあははと大きく口を開けて笑う。
「……照れてなど」
「俺に嘘をついても無駄だぞ?」
「……まったく、これだから兄上と会うのはやりにくいんです」
ヘルマンは困ったようにそう言った。
「うふふ」
ルーテシアは仲睦まじい様子の兄弟に思わず笑みを零す。
「ライアンお義兄様はヘルマン様のことがなんでもわかるんですね。私にも教えていただきたいです」
「……ルーテシアまでそんなことを」
「もちろん構わないよ!」
ヘルマンは良からぬ企みをするルーテシアの頭に手を置く。
「あまり調子に乗るのはやめなさい、ルーテシア。必要なら私に聞けばいいでしょう」
「ええぇ、でも……」
「本人に聞きにくいこともあるだろう。何しろこの顔だしなぁ」
「ふふふ」
「ルーテシア」
たまらずヘルマンはルーテシアを抱き寄せる。
「もうルーテシアは私のことを怖いとは思っていないでしょう」
「そうですけれど」
「見せつけてくれる。前に会った時よりずいぶんと新婚らしいじゃないか」
ライアンにニヤニヤされながらそう言われて、身を寄せ合っていた二人は慌てて離れた。
「そうだ、ヘルマン。よかったらラジアンに稽古をつけてくれないか?」
「稽古を?」
ヘルマンは、隠れるのをやめて父親の隣に立っているラジアンを見る。
「ああ、どうもラジアンは武術に関心があるらしい。俺じゃ教えられないから、ヘルマンに頼みたい」
「それは構いませんが……」
戸惑った様子でラジアンを見ると、キラキラとした瞳をヘルマンに向けていた。
「……おじさん、強かった」
「前回の闘技祭を見て、ずいぶん興奮していたもんな」
ライアンはラジアンの頭を撫でる。
「……わかりました」
「! ほんとう!?」
ラジアンはライアンの元を離れてヘルマンのところへ寄ってきた。
「じゃあ、お庭で!」
「今からですか?」
「頼むよ」
ライアンに頼まれて、ヘルマンは頷く。遊ぶことは難しいが、剣術の手ほどきをすることは普段やっていることの延長だ。断る理由はない。
「ぼくも見る!」
「わたくしも!」
そうして3人の子供とヘルマンは庭に出ていった。4人の背中を見送りながら、ルーテシアの隣に立ったライアンが微笑む。
「さあ、邪魔者がいなくなったね。ヘルマンの話でもしようか」




