テラウェッジ家でホームパーティ1
想いを通じ合わせて数日後。仕事をなるべく早く切り上げて家に帰ってくるようになったヘルマンとルーテシアはリビングでくつろいでいた。
二人がけのソファに身を寄せ合って座り、しばらく甘いひとときを過ごした後、突然ヘルマンが表情を曇らせる。
「そういえば、今度の休みに近衛騎士就任のパーティをしようとライアン兄上から手紙が来ていました」
「まあ、お義兄様からですか」
テラウェッジ家の長男ライアンは当主を継いで、現在は王城の財務管理局で働いている。
「ルーテシアも一緒に行ってくれますか?」
「もちろんです」
次男のウォルトンは地方に赴任しているので結婚式の一度きりしか会ったことがないが、両親や長男のライアンも含めて、テラウェッジ家の面々はルーテシアの実家であるラルジャイル家に負けず劣らず全員明るく楽しい人たちばかりだ。ルーテシアも好感を持っているので、特に断る理由はない。
「でも、ヘルマン様。ずいぶんと浮かない顔ですね?」
両親と兄達はヘルマンと仲が悪いようには見えなかったが、思い違いだったかと思い尋ねる。
「いえ……」
ヘルマンは言葉を濁したが、ルーテシア相手に誤魔化しは効かないと、もう一度口を開く。
「どうも私は兄上の子供に怖がられていまして」
長男のライアンはもう8年ほど前には結婚していて、子供も3人いる。結婚式にも来ていてくれていたことを、ルーテシアは思い出した。
「怖がられて、ですか」
ルーテシアはヘルマンの顔をじっと見ながら、わかる気がする、と内心思う。ヘルマンはいつも無表情で笑わない。子供なら怖く思うだろう。
「私の方は苦手意識はないのですが、ああも泣かれると申し訳なくて」
「笑って差し上げればいいのではないですか?」
ルーテシアは数日前に自分に向けられた笑顔を思い出す。思い出しただけで赤面してしまいそうな、普段と違う柔和で可愛らしい笑顔。それを見たらきっと子どもたちだってヘルマンに対する気持ちが変わるだろうと思った。
「私は……なんというか、表情を作るのが苦手なので」
ヘルマンは渋い顔をする。
「感情を表に出すのが苦手、といいますか。よく兄達にも指摘されますが、昔からの性分なのでどうにもならなくて」
ヘルマンの二人の兄も両親も表情豊かで明るい人だ。だからこそ、ルーテシアは不思議に思う。
「幼い頃、何かあったのですか? 感情を出さなくするようなきっかけ、というか」
「特にありません。強いて言うなら、兄達があんな感じなので、喋る必要はありませんでしたね」
「なるほど……」
ルーテシアは妙に納得した。テラウェッジ家の中で浮いているように感じるヘルマンだが、一人落ち着いていることでバランスが取れているような印象は受けていたのだ。
「だから“笑わない騎士”なんですね」
「ええ」
ルーテシアが異名を口にするとヘルマンは困ったように目を細める。
「結婚前にもずいぶん怒られました。そんなんじゃ怖がられるし愛想を尽かされてしまうと」
「そんなことを言われていたのですか」
初めて知る事実にルーテシアは目を丸くした。
「わかってはいたのです。ですが、うちは男兄弟ですし騎士も男ばかりですから、女性にも縁がなくてどうしたらいいかわからず……」
ヘルマンはそう言いながらルーテシアの手を握る。今、こうして想いが通じ合ったからこそできる話に、ルーテシアの心も温かくなった。
「私は怖いと思ったことはありませんでしたよ。何を考えているのか、知りたいなと思っていましたが」
「口数も少ないですからね」
ルーテシアはフォローしたつもりだったが、ヘルマンは困ったような表情のままだ。気分を変えるために、ルーテシアは話題を変える。
「ですが、ヘルマン様がそんなことを考えていらっしゃったなんて。てっきり、私には興味もないのかと」
「そんなことはありません。私のような者のところに来てくれただけでもありがたかったですし、それがルーテシアのような……」
「?」
ヘルマンの言葉が途中で切られて、ルーテシアは続きを促すように首を傾げる。しかし、ヘルマンはこほんと咳払いをして、話題を逸らす。
「とにかく、そういうわけで兄の子供に怖がられてもいますので、ルーテシアがいてくれると助かります」
「わかりました」
ルーテシアは姉と兄の子供とも仲良く遊んでいるし、子供は好きだった。任せてほしいと微笑む。
「でも、ヘルマン様。もっと人前で笑ったら、きっと印象が変わると思いますのに」
ルーテシアはヘルマンの腕に頭をそっと寄せて甘えながらそう言う。ヘルマンの笑顔は人を惹きつける魅力を持っていた。
アルビリオン闘技祭でも、あのように笑ったならば、きっと人気がでるだろう。と、そこまで考えてルーテシアは首を振る。
「いや、やっぱりダメです」
「?」
「ヘルマン様が人前で笑ったら、きっと人気が出てしまいます! そんなことになったら……ちょっと嫌です」
「ルーテシア」
ルーテシアの可愛らしいヤキモチに、ヘルマンは表情を和らげた。どきりとするようなその顔も、笑顔と呼んでもいいような表情だ。
「心配しなくても、私はルーテシアだけですよ」
「ヘルマン様……」
柔らかい表情で言われる甘い言葉は、ルーテシアの心をときめかせる。蜜を絡めたかのような甘い眼差しに、ルーテシアは蕩かされてしまう。
「そういう顔をするの、私の前だけにしてくださいね」
「ええ、もちろんです」
ヘルマンは可愛らしい独占欲も含めてルーテシアを抱きしめる。顎に手を添え上を向かせると、本日何度目かの甘い口づけを落とした。




