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29

 その日の夜。ルーテシアは帰ると食事も取らずに寝室にこもり、ベッドに潜り込んで布団をかぶる。ヘルマンはまだ帰宅していなかった。


 ベッドの中で思い出すのは昼間の女性のこと。ルーテシアがどんなに望んでも手に入らない明るい髪色と、女性らしい身体つきを持った人。


 ああいう女性をヘルマンは好むのか、と妙に冷静に考える。


(私じゃ満足できないはずだわ……)


 そう思うと胸がズキリと鈍く痛む。心は辛く冷え切っていたが、不思議と涙は出なかった。


 眠るつもりはなかったので、ただベッドの中で鬱々と過ごしていると、コンコンと寝室の扉がノックされる。物音がしていたので、ヘルマンが帰ってきていたことには気がついていた。


「ルーテシア?」


 息を潜めていたのに、ヘルマンは部屋に入ってきたようだ。足音がベッドの方へと近づいてくる。


「具合でも悪いのですか?」


 そっと布団が剥がされた。顕になったルーテシアは、ぐしゃぐしゃの髪の毛で、洋服も着替えていない。


 ヘルマンは私服ではなく、騎士服を着ている。生気のない目でヘルマンを見ながら、昼間に見たのは別人だったんじゃないかと思う。だが、あのハットはルーテシアがプレゼントしたものだ。それを、別の女性とのデートでもかぶっていったのか。


 ヘルマンは濁った目をしているルーテシアを心配そうに見つめる。ルーテシアは、別の女性を愛しても、そんな顔をできる人なんだと冷めた気持ちで見ていた。


「何か御用ですか?」


 掠れた冷たい声が出る。ヘルマンは一瞬たじろいで、唾を飲み込んだ。


「話が、ありまして。大事な話が」


 大事な話。そう聞いて思い浮かぶのは昼間の女性のことだ。


「聞きたく……ありません」


 ルーテシアはヘルマンから顔を逸らすように顔を枕に埋めた。


「具合が悪いのでしたら、明日……」

「明日も聞きたくありません」

「……ルーテシア?」


 最後くらいそんな自分を心配するような声は出さないでほしい。こっぴどく「貴女より愛する女性ができました」とだけ冷たく言って、立ち去ってほしかった。


 そうしてくれないヘルマンに腹が立って、ルーテシアはガバっと身を起こす。キッとヘルマンを睨みつけるが、出てきてほしくないタイミングで涙が滲んで悔しかった。


「黙って出て行ってください! もうヘルマン様となんてお話したくありません! それで、どこへでも行ってください!」


 せめて嫌いにさせてほしい。自分を妻にしたままではなく、離縁してどこへでも行ってほしいと思った。


 ヘルマンは目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


「まさか……知って、いたのですか?」


 それが、ルーテシアへの答えだった。女性との関係を肯定した言葉だと理解する。


「どこでそれを……」

「どこでもいいじゃないですか! もう終わったことです!」


 ルーテシアは泣きながら叫ぶ。


「それでは……私についてきてはくれない、ということですか?」


 ヘルマンは傷ついた表情でそう尋ねた。どうしてヘルマンがそんな表情をするのか、傷ついているのは自分なのに。そう思うとお腹から怒りの炎が燃えて、どうしようもない。


「どうしてそういうことが言えるんですか!? あんな……」


 心のどこかで、ヘルマンも自分のことが好きなんじゃないかと思っていた。それが、この前の懇親会での笑顔と、今日の女性とのデートで打ち砕かれた。ヘルマンは好きでもない女性にキスをしたり優しくしたりできる男性なのだと失望する。


「もう出て行ってください。二度と顔も見たくありません」


 ルーテシアはそう言ってヘルマンから顔を逸した。もう耐えきれそうにない。


 ルーテシアからの明確な拒絶に、ヘルマンの足音が静かに遠ざかって、扉が閉まる音がした。ルーテシアはしばらくそのまま身動きもできずに、肩を震わせて泣き続けた。



 翌日。ルーテシアは誰の目にも明らかなほど目は腫れ、顔色も悪かったが、それでもいつも通り王立図書館へ出勤した。ルーテシアにとってよほどのことがなければ仕事は絶対の優先事項で、事実今まで一度も仕事を休んだことはない。


 いつも出勤前に見送ってくれるヘルマンは顔を見せなかった。ルーテシアはそのことに安心し、また寂しくも思う。


 出勤してきたルーテシアの顔色が明らかに悪いのにオベロスタは気がついたが、特に言及することはなかった。どんどん状況が悪くなっていく今のルーテシアに何を言っても響かないと思ったからだ。


 しかし、そうも言っていられない出来事が昼過ぎに起こった。お昼休憩から戻ってきたオベロスタは、カウンターに座るルーテシアのところに勢いよく駆け寄る。


「おい、ルーテシア! お前のおかしな様子の原因はあれか!?」


 図書館では物音も立てることのないオベロスタにしては大きな声でルーテシアを問い詰める。何のことだかわからないルーテシアも、オベロスタのただならぬ様子に目を丸くした。


「どうしたんですか、オベロスタさん」

「どうしたって……見たぞ、掲示を!」

「掲示?」

「ルーテシアの旦那さまのだよ!」


 一向に話の通じないルーテシアにオベロスタは苛立つ。


「知ってたんだろ!? もしかしてお前、ここを離れるつもりじゃないだろうな?」

「な、なんの話ですか? 私、よくわかりません」

「まさか……」


 今度はオベロスタが驚いて息を飲んだ。


「旦那さまから聞かされてないのか? 近衛騎士の話だよ」

「このえ、きし?」


 ルーテシアだってその言葉は知っている。だが、寝耳に水ですぐに理解することができない。ただ、ヘルマンに何かが起こったことだけはわかった。


「掲示はどこに!?」

「中庭だ!」


 オベロスタに場所を聞いて、ルーテシアは図書館から走り出た。不安が身体中を駆け巡る。ルーテシアはものすごい勢いで中庭へと駆けて行った。


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