表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/39

25

 時は少し戻り、ヘルマンがルーテシアを室内に送り届けてから庭に出た時。一緒にいたガリオがにっこりと屈託のない笑顔を見せる。


「ルーテシアさんと順調そうですね」


 ルーテシア達からはもうずいぶんと離れているのにも関わらず小声だ。


「……そう、見えるか?」

「はい。だいぶ緊張もほぐれてきたように見えます」

「……そうか」


 ヘルマンはどこか苦い顔だがガリオはそれに気がついていない。


「お相手がルーテシアさんのような明るい方でよかったですね。結婚前、あんなに嫌な顔をしていたのが嘘のようじゃないですか」


 結婚前のヘルマンを知るガリオは嬉しそうだ。ガリオは適齢期になっても結婚しようとしないヘルマンをずっと心配していた。


 親の紹介で結婚することになったと聞いた時も、同じように心配だった。ヘルマンにまったくその気がなかったので、苦痛なだけの結婚になるのではと懸念したのだ。


 実際、結婚生活が始まってすぐの頃はまったく会話がないとヘルマンは言っていた。それを聞いて、ガリオは不安を募らせていた。


 仕事に一生懸命なヘルマンが家でも落ち着けないのでは気が休まらない。だから、徐々にヘルマンが早く帰るようになったり、休みの日を自ら選んだ時には本当に安堵したのだ。


「今後も上手くやっていけそうですね」

「……だといいんだが」

「何か不安でも?」


 ようやくヘルマンの様子に気がついたガリオがそう尋ねる。ヘルマンはしばらく口を開かずに庭を見つめていた。


 ガリオも何も言わずにヘルマンの言葉を待つ。仕事で自分の考えを述べる時、ヘルマンは長い時間考えてから物事を口にする。ヘルマンの言葉を待つことは、ガリオにとっては慣れたものだった。


「ルーテシアは俺に遠慮しているように思う」


 しばらく経って、ヘルマンは静かにそう切り出す。


「何か思い悩んでいるように見えて聞き出そうとしても、頑なに言おうとしない。怖がられているのかもしれないな」


 「そんなことないですよ」と、言いたいところだが、思い当たるところがありすぎてガリオは唸ってしまう。ガリオ自身もヘルマンと出会った当初は考えていることがわからずに怖いと思ったことがある。


 ルーテシアに公開訓練で会うまでは、どんな夫婦生活を送っているのか心配もしていた。公開訓練で笑顔でヘルマンと話すルーテシアを見てその心配はなかったと判断したのだが。


「言いにくい悩みを抱えているのかもしれませんね。お二人は夫婦なんですから、言ってくれるまで辛抱強く待ちましょう」

「……ああ」


 悩んだ末にガリオはそう励ます。ガリオから見て、ルーテシアはヘルマンに好意を寄せているように見える。ヘルマンと同じくらいに。


「でも、なるべく早く解決するといいですね。あの話が現実になれば……」

「やあ、ヘルマン、ガリオ」


 話の途中で隊長のギルガムと小隊長のアルセフがやってきた。敬礼をして挨拶をする。


「二人共、可愛い奥さんをもらって、いいねぇ」

「恐縮です」


 ガハハと笑うギルガムにガリオが苦笑で返した。


「アルセフみたいな奥さんもいいけどな」

「私の話は……」

「アルセフの話、聞きたいだろう? みんなの注目だからなぁ。ああやって支えてくれる奥さん、俺はいいと思うぞ。な?」


 ギルガムに話を振られてガリオは曖昧に笑顔を返す。アルセフのいないところで、自分も話を出していたから余計に気まずい。


「ヘルマンはどうだ? お前のところの奥さんは大人しそうだが、尻に敷かれたいって願望もあるんじゃないか?」

「おっしゃるほど大人しくはありませんよ、私の妻は」


 ヘルマンは涼し気な顔でそう答える。ギルガムが「ほう」と瞳の奥を輝かせた。


「大人しくないというと?」

「頼めば私が喋らなくてもずっと話を聞かせてくれます」

「見かけによらずお喋りな奥さんなんだな」

「ええ。それも、女性の噂話のような類のものではなく、建築などの専門的な話を永遠と」


 ガリオとアルセムは僅かに目を開いて、二人で目を合わせた。ヘルマンは目上の人に対してはちゃんと受け答えをするが、こうしてルーテシアのことを饒舌に話すところを初めて見たからだ。


「建築? 奥さんは建築関係の仕事をしていたのかな?」

「いいえ。王立図書館で司書をしています。王立図書館には一般人が読まないような専門書がたくさんあり、妻はそうしたあらゆる専門書を読んでいるので、あらゆる分野の専門家なのですよ」

「そりゃあ、アルセムとは別の意味で頭が上がらないな」

「おっしゃるとおりです」


 そして、ふっとヘルマンは表情を崩した。目尻を下げ、口角を上げる。ガリオは久しぶりにヘルマンの笑った顔を目にした。


「賢い奥さんは君にはぴったりかもしれないな」

「そうありたいと思います」

「だが……そうか、王立図書館か」


 今まで陽気に笑っていたギルガムの表情が一瞬で変わる。それは、仕事の時に見せる厳しい顔だ。


「……アンジェリカ王女のことですか?」

「そうだ」


 ヘルマンが控えめに尋ねると、ギルガムはすぐに頷く。おそらくこの話をしたくて話しかけてきたのだろうと、ヘルマンはすぐにわかった。ギルガムは陽気なだけのおじさんではなく、意外と策士なのだ。


「例の縁談、上手く行きそうなのですか?」

「……ここだけの話だが」


 ギルガムは渋面を作って続ける。


「初めは一方的だったが、アンジェリカ王女の粘りが実りそうな気配があるという。相手はプルガトル次期国王の宰相だ。娘を国外に出したくない我が国王も、正式な申し入れがあれば認めざるを得ない。身分も申し分ない上、アルビリオン第三王子もいるわけだからな」

「……そうですか」


 前回のプルガトル訪問で、アンジェリカはある男性に一目惚れをした。そのおかげでアルビリオンでの社交界に出る機会がなくなったことは、ヘルマン達騎士にとって仕事が減ってありがたかったが、実際に嫁ぐことになったらそうは言ってはいられない。


「現実となれば第三王子と共にプルガトルに渡ることになる。そうなったら3人近衛騎士が選ばれるが、アルセムとヘルマンには覚悟をしておいてもらいたい」


 二人は重く頷いた。王命に逆らうことは、騎士にはできないことだ。


「それぞれ奥さんにも心づもりはさせておけ。はっきり言うことができない分、やりにくいとは思うが」


 王族に関する話題を外に漏らすのは、例え家族であっても罪になる。それに触れない範囲で準備をするようにと、ギルガムは言った。


「まあ、まだアンジェリカ王女達、二人の関係がダメになる可能性も十分にあるがな」


 雰囲気をガラリと変えてギルガムはガハハと笑う。しかし、アルセムとヘルマンはすぐには表情を変えられず、固い表情のままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胸キュン賞受賞!弓原もい書籍デビュー作
ポプラ社たちまちクライマックスシリーズ「ほんとはずっと好きだった」7/23発売!
詳しくは活動報告まで!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ