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翌日、通いの侍女に手伝ってもらって支度をしたルーテシアは、いつもよりもゆっくりと玄関へと向かう。既に玄関でいつもと同じ騎士服姿で待っていたヘルマンは、ルーテシアがやってくるのに気がついて階段の途中まで迎えに来た。
広がりの控えめなドレスだとは言っても、やはり普段の服とは段違いに重く、動きにくい。侍女に手を引かれながら一歩一歩慎重に階段を降りていたルーテシアはヘルマンがすぐ近くまで来てようやく気がつく。
「ルーテシア」
ルーテシアより数段下でヘルマンは手を差し伸べている。まるで王女とその騎士のようだと、周りに控える侍女はうっとりと見ていた。ルーテシアは侍女の手を離してヘルマンの手を取る。
二人はルーテシアのペースに合わせて階段を降りていく。後ろでまとめられた髪の毛には、昨夜ヘルマンがプレゼントしてくれた紫色の髪飾りが付いている。ドレスのピンクともよく合って、ルーテシアの可愛らしさを引き立たせていた。
「付けてくれたのですね」
階段ももう数段というところまで来た時、ヘルマンがルーテシアの髪飾りを見ながらそう言う。
「はい。今日のドレスに合うかと思いましたので。とっても素敵な髪飾りをありがとうございます」
ルーテシアは伏し目がちでそうお礼を言った。
ようやく階段を下り終え、ヘルマンに手を引かれたまま外で待っている馬車へと向かう。こうしてエスコートされるのは結婚式の時以来だな、とヘルマンの手の熱を感じながらルーテシアは思った。
先に馬車に乗ったヘルマンがルーテシアを振り返る。
「よく似合っています」
「あ……ありがとうございます」
視線の逃げ場がなく、ルーテシアは頬を染めてわずかに微笑んだ。二人は馬車へ乗り込むと並んで座る。手は繋いだままだ。
(ヘルマン様……)
久しぶりにヘルマンと触れ合って、ルーテシアの胸は甘くときめいている。もっと近づきたいという気持ちをぐっと堪えて、ほんの少しだけ手に力を込めた。すると、ヘルマンも優しく握り返してくる。
(ずっとこんな時が続けばいいのに)
窓の外の景色を見ながらそんな風に思う。馬車の中ではほとんど言葉を交わさないが、ルーテシアはそれでも十分に幸せだった。
ヘルマンへの気持ちが大きくなるにつれ、不安も比例して大きくなっている。それが、こうして触れ合うだけで溶かされていくような気がした。
(楽しい一日になるといいな)
変わり映えのない日常で気が滅入って来ていたルーテシアはそう願いながらヘルマンの手を握り直した。
懇親会は町の郊外にあるゲストハウスで行われる。ここは王族所有のゲストハウスだが、主に今回の懇親会のような騎士達の交流の場に使われている。
馬車に乗って20分ほどでゲストハウスに到着した。乗った時と同じようにヘルマンが手を引いて二人は馬車から降りる。
「まずは隊長と小隊長のところへ挨拶に行きましょう」
「はい」
二人はゲストハウスに入ると、まず談笑している隊長と小隊長のところへ向かう。小隊長は第一王女アンジェリカの警護を取り仕切っており、隊長はその上で女系王族の警護を取りまとめる役割を担っている。
騎士は家族にも現在の任務を明かすことがないため、ルーテシアは細かな役割は知らない。だが、小隊長は結婚式にも来てくれていたため、顔はしっかりと覚えていた。
「隊長、小隊長」
挨拶をしやすいようにか、一緒にいてくれた二人の前に並び、順番が来るとヘルマンが声をかける。三人はまず敬礼をして挨拶をした。
「本日はお招きいただきありがとうございます。ヘルマンの妻、ルーテシアと申します」
三人の挨拶が済むと、今度はルーテシアが二人に挨拶をする。
「よく来てくださいました、ルーテシアさん。隊長のギルガムです。お会いしたいと思っていましたよ」
隊長のギルガムが目尻にシワを作りながら微笑む。薄いピンク色の髪の毛にちらちらと白髪が混じっている男性だ。
「何しろ“笑わない騎士”の奥様ですからなぁ」
そうガハハと笑う。ヘルマンが目の前で自分の異名を聞くのを初めて見るので、ルーテシアは気を害していないかと横目で気にするが、特に変化はなかった。
「結婚式ではどうも。今日もお会いできて光栄です」
続いて小隊長のアルセフが挨拶する。初めて会った時も控えめな印象だったが、この国では珍しく黒髪に茶色の瞳という地味な色に親近感を抱いたことを思い出した。
二人に挨拶をしようと後ろにも列ができているので、少し会話をしただけですぐに譲る。居場所を確保すると、ヘルマンが飲み物を取ってルーテシアに手渡した。
「以前から気になっていたのですが、小隊長さんっておいくつですか?」
飲み物を数口飲んで落ち着くと、ルーテシアがヘルマンに尋ねる。小隊長のアルセフは落ち着いているので年上に思えるが、整った顔立ちに瑞々しい肌を持っているので同年代にも思えていた。
「確か私の3つ上なので27ですね」
「お若いのですね」
「ええ、この年で小隊長はかなり若いと思います」
未だに挨拶を続けているアルセフを見るヘルマンの瞳にはどこか尊敬の感情が乗っている。
「普段から落ち着いた方なのですか?」
「はい。私と一緒にいても口数が少ないのでほとんど会話はありません。仕事には厳しく、誠実な人です」
「そうなのですか」
ルーテシアはアルセフとヘルマンはどこか似ていると感じた。ヘルマンも仕事に対して真面目に取り組んでいるように思う。
そうしてアルセフについて話すヘルマンを、今まで知らなかった騎士としての様子が垣間見えるようで、新鮮な気持ちで見つめていた。




