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 無事にレモンケーキは焼け、ヘルマンの淹れた紅茶と共にリビングで食べることになった。あれから少し時間が経ったが、ルーテシアは未だにドギマギとしてぎこちない。


「! 美味しいです……!」


 しかし、レモンケーキの美味しさには表情がほころぶ。ふんわりとした食感に爽やかな甘さ、とても美味しい。


「とても家で作ったように思えません! お店で買ってきたみたいです!」

「それはよかった」

「ヘルマン様、すごいです。お菓子屋さんを開店できますよ!」


 ルーテシアはもぐもぐと口を動かし、あっという間に二切れ目に突入する。


「ルーテシアが元気になってよかったです」

「私はずっと元気ですよ?」


 ケーキを食べる手を止めてそう言うヘルマンに、ルーテシアは意外そうな顔をして目をくるりと丸くさせた。


「いえ、最近様子がおかしかったでしょう。口数も少ないですし」


 大人化計画のことを言われているのだとわかり、ルーテシアはフォークを置いてヘルマンを見る。二人きりで向かい合っている今なら聞けると思った。


「いつもうるさいくらいではないですか? ずっと喋っていて、両親には適当に流されてしまうこともありましたが……」

「私はうるさいとは思いませんよ」


 ヘルマンの深い紫色の瞳と目が合い、ルーテシアは時が止まったかのように感じる。


「私があまり自分から話しをする人間ではないですから。それに、ルーテシアの話は聞いていて興味深いです」

「私の話なんて本の事ばかりで、子供みたいではないですか……?」

「いいえ。私にとって休日の料理のように、別の世界の話が聞けるのは自分の知見が深まるように思います。私は仕事ばかりで、狭い世界に生きているのだな、と」


 自分の話を聞いてヘルマンがそんな風に思っているとは思わなかった。少なくとも嫌がられているわけではないのだとわかり、ルーテシアの胸が温かくなる。


 会話が途切れると、ヘルマンはレモンケーキを再び食べ始めた。ルーテシアは料理中の出来事にも未だに動揺しているのに、ヘルマンは普段と変わった様子はない。


「ヘルマン様……」

「……?」


 思わず名前を呼ぶと目が合った。


(私のことどう思っていますか?)


 無性に知りたくなって、ルーテシアは心の中でそう尋ねる。今まで胸に秘めていられた想いが、ルーテシアの中だけでは抱えきれなくなっていて、今にも溢れてしまいそうだった。


(私のこと、好きですか……?)


「どうかしましたか?」


 レモンケーキを一切れ食べ終わったヘルマンは、何も言わずに見つめてくるルーテシアにそう聞く。ルーテシアは無言で首を振る。


(聞けない……聞けないわ)


 ヘルマンに「好きじゃない」と言われるのが怖かった。もう既に夫婦となっているのに、今になってそう言われてしまったら、これからどんな顔をして生活していけばいいのかわからない。


(一応異性としては見てくれているのかな)


 そうじゃなければあんな行動はしないような気がした。だが、それと愛情があるかどうかは別のことに思える。まだ、笑ってすらもらえていないのだ。


(どんどん欲張りになる。こんな状態で、もしヘルマン様が新しく奥様を迎えることになったら……)


 複数の妻を持つ人がいるのだから、何人もの女性に愛情を注げる人もいるのだろう。もし、ヘルマンがそうなってしまったら、自分よりも愛する女性に出会ってしまったら、自分がどうなってしまうかわからない。


「ルーテシア?」

「あ、すみません」


 つい暗い顔をしてしまったことに気がついて、ルーテシアは慌てて取り繕う。


「ごちそうさまでした。食器、片付けてきますね」


 ルーテシアは食器をトレーに乗せて立ち上がり、そのまま扉に向かう。


(あ、扉。どうしよう……)


 両手はトレーを持っているのでふさがっていて、これでは扉を開けることができない。どうしようかと扉の前で立ち止まると、後ろから影が差した。


「あ、あり……」


 ヘルマンが開けてくれるのだと思いお礼を言おうとするが、伸びてきたヘルマンの手は扉ではなくルーテシアに回り、そのまま抱きしめた。


「……!?」


 ルーテシアは突然のことに真っ赤になって固まる。後ろから抱きしめているヘルマンの頭がルーテシアの肩に乗った。


「ルーテシア」


 ヘルマンは囁くように声をかける。


「もし、何か悩んでいるのなら言いなさい」

「…………」


 固まったままのルーテシアはどう言おうか悩む。さっき、何かを尋ねようとしていたことに気がつかれていたのだろう。


 「私のこと、どう思っていますか?」そう素直に聞けたならどんなに楽だろうか。だが、喉まで出かかったその言葉は、最後の勇気が出ずに表に出てこない。


「…………」


 何も言えずに時間が過ぎる。ヘルマンがルーテシアを抱きしめる力が一瞬強まり、その後すぐに離された。


 ヘルマンは手を上に持ち上げ、放心するルーテシアからトレーを奪った。


「私が持っていきます」


 トレーを持ったまま器用に扉を開けたヘルマンはルーテシアを置いて厨房に去っていってしまう。ルーテシアはへろへろと床に尻もちをつき、赤い顔のままうなだれた。


「ヘルマン様。私、ヘルマン様のこと……好き、です」


 小さくそう呟いて、ぎゅっと目を閉じた。


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