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 次の休みの日、ルーテシアは町に出かけた。いつも必ずもっている本は今日は持っていない。今日の目的は本ではなく、ヘルマンへのプレゼントを買うことだった。


 素敵な本をもらって、自分もヘルマンに何かプレゼントをしたいと考えている。誕生日でもなんでもないのだが、婚約時から一度もプレゼントを渡していないので、日頃の感謝を込めて何かあげたいとそう決めた。


 それにルーテシアは、ヘルマンがプルガトルから帰ってきた日に、膝に乗せられてかなりの密着状態でしばらく抱きついていたことを、顔を合わせる度に思い出してしまっている。抱きついたのは二度目とはいえ、あんなに近かったのは初めてでまだ慣れない。


 子供のように甘えてしまったのも、思い返すと熱が何度も上がるんじゃないかと思うほど恥ずかしく思っていた。そのため、何か口実がないと顔を合わせずらいということもあった。


「うーん」


 町を見て回るが、何を渡したらいいかすぐには決まらない。今回は本はやめようと決めていたので、紅茶、料理器具などを見て回るが、全てヘルマンは持っている気がして決め手がなかった。


 そもそも、ルーテシアは男性に自分だけで選んで本以外のものをプレゼントするのは初めてだ。父や兄へのプレゼントは母と姉と一緒に選ぶか、ルーテシア一人で選ぶとしたら必ず本を渡していた。


「難しいわ……」


 ルーテシアはそうぼやきながら歩く。ヘルマンに何をあげたら喜ぶのかわからないし、喜ぶ顔すら想像できない。


「ん?」


 あてもなく歩いていると、一軒の男性向けの帽子屋さんが目に入る。普段は目に止めず通り過ぎてしまうが、オシャレな帽子がたくさんディスプレイされているので目についた。


「そういえばヘルマン様、前に出かけた時は帽子をかぶっていなかったわ」


 アルビリオン王国の男性はオシャレで帽子をかぶる人が多い。ヘルマンが持っているのかいないのかもわからなかったが、1つくらい持っていてもいいかもしれないと思う。


 吸い寄せられるように店内に入ると、壁一面に帽子が並んでいる。


「たくさんあるのね……」


 一つ一つじっくりと見ながら店内を歩く。ハンチング、ベレー帽、ハット……。たくさんの種類の帽子を眺めながら、それをかぶったヘルマンを想像する。


「これも似合いそう。あ、これも!」


 ルーテシアは様々な帽子で想像するが、ヘルマンはどれも着こなしてしまいそうだ。


「このベレー帽なんて、きっと可愛くなりそうだわ。でも、こっちのハットでかっこよく決めるのもありね……」


 想像してニヤニヤと笑ってしまう。ルーテシアは帽子を買うのにこんなに楽しいと思ったことは初めてだ。


 長い時間をかけて、ルーテシアはハットを買うことにした。つばが前下りに長いのでかっこよくなりそうだし、ワンポイントで鳥の羽が付いているのが可愛いと思って決めた。


 早速その日の夜、ルーテシアはプレゼントを持ってヘルマンの帰りを待っていた。いざ渡すとなると本当にこれでよかったのかと不安になり、ドキドキとする。


 ヘルマンはルーテシアが思っていたよりも早い時間に帰宅した。ひとまずプレゼントは隠して出迎える。


「おかえりなさいませ、ヘルマン様」

「ただいま、ルーテシア」


 すっかり挨拶を交わすことも定着した。ルーテシアは幸福感たっぷりの笑みを浮かべる。


 そのままルーテシアはヘルマンの食事に付き合う。今もヘルマンが喋らないことは変わらないが、ルーテシアは苦ではない。今日は、先日買ってもらったプルガトルの本がいかに貴重なものか、そして読んでみて感じた言葉の違いなどについて延々と語った。


 食後はリビングでヘルマンが淹れた紅茶を二人で飲む。食事中に喋り続けたおかげで、ルーテシアの緊張はほぐれていたので、隠してあったプレゼントはすんなりと渡すことができた。


「ヘルマン様。この前の本のお礼に、こちらを」


 包みを渡すとヘルマンはそれをまじまじと見る。


「お礼などよかったのに。長く不在にしたので当然のことですから」

「私がしたかっただけですから。よかったら開けてみてください!」


 ルーテシアが促すとヘルマンは包みを丁寧に剥がしていく。


「帽子……」

「はい、お好みに合うといいのですが」


 ヘルマンは帽子を手に取りくるくると見回している。表情が変わらないので、こういう時はすごくドキドキとした。


「よかったらかぶってみていただけませんか?」


 ヘルマンがかぶっているところを想像しながら買ったが、実際にかぶって似合うかどうかわからない。ルーテシアは見ている内にうずうずとしてきて、そう頼んだ。


 ヘルマンは嫌がる様子もなくすぐにかぶる。


「!」


 ヘルマンの紫色の髪の毛にグレーの帽子がよく似合う。つばが前下りなので顔が見えにくく、ミステリアスさが際立った。


「帽子はあまり持っていないので、そろそろ新しいものがほしいと思っていたところでした。それほど似合う方ではないと思うのですが、やはりかぶる機会もあると……」

「似合う方ではないなんて、とんでもないです!」


 ヘルマンがひどい勘違いをしていると、ルーテシアは興奮気味に主張する。


「とっても似合っていらっしゃいます! もっと普段からかぶった方がいいです!」

「そうですか? そう言われたのは初めてです」

「あえて言わなかっただけですよ! だって、とってもお似合いです! 思っていた以上です!」

「それはよかった」


 ルーテシアは角度を変えていろいろな方向からヘルマンを眺めた。前から見たところも、横から見たところもどちらも捨てがたいくらいいい! と心の中で叫んだ。


「あ、もちろん帽子をかぶっていらっしゃらなくてもヘルマン様は格好いいですよ? ですが、普段と違う姿もまた魅力的と言いますか……。本当に素敵です!」


 感嘆の息を吐きながら饒舌に語る。そんなルーテシアを見てヘルマンは固まった。


「…………」

「……ん?」


 ヘルマンは一体どうしたのかと、ルーテシアは首を傾げる。少し考えて、つい数秒前に自分が発した言葉を思い出した。


「……!!!」


 途端、ルーテシアは耳まで真っ赤に染める。ヘルマン本人に格好いいだの素敵だの、容姿を褒めまくってしまった。まだ好きだとも言っていないのに、こんなに褒めて、変態だと思われたかもしれないと汗が吹き出す。


「あ、えっと……」


 それでも、今の発言が嘘だとも言えない。両手を熱くなった頬に当てて俯くと、立ち上がったヘルマンがルーテシアの側までやってきて、頭をゆっくりと撫でた。


「……ありがとうございます、帽子。とても嬉しいです」

「よ、よかった、です」


 恥ずかしさから顔を真っ赤にしたルーテシアはそのまま動けず、立ったまましばらく頭を撫で続けられていたのだった。


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