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「うーん」


 勢いよくヘルマンの寝室の扉の前まで来たはいいものの、ルーテシアは迷っていた。ヘルマンは長旅で疲れているはずだ。そんな時に自分のわがままで時間を使わせるのは悪いと思い始めた。


「それに、もう寝ているかもしれないものね……」


 流石に、ノックもせずに忍び込む勇気はルーテシアにはない。


「やっぱり今日は我慢しよう」


 そう呟いて自分の寝室に戻ろうと思った時だった。


「ルーテシア?」

「きゃっ!?」


 突然横から声がして、ルーテシアは飛び上がって驚く。部屋の中にいるとばかり思っていたヘルマンが、すぐ側にいた。


 ヘルマンは肩からタオルを下げていて、ラフな格好をしている。どうやらお風呂に入っていて、戻ってきたところのようだ。


「何かありましたか?」

「え、えっと……」


 心の準備ができていなかったルーテシアは、心臓をバクバクと鳴らしながら口ごもる。何か言わなければと焦るほど、頭が真っ白になっていく。


「……眠れないのですか?」


 答えないルーテシアにヘルマンが助け舟を出してくれた。どんな時でも寝付きがいいルーテシアに無縁な言葉だったが、そう理解してくれたのなら、と何度も頷く。


「……では、少し話して行きますか?」

「! はい!」


 ルーテシアは元気を取り戻して返事をする。予想外の出来事はあったが、無事にヘルマンとの時間を過ごせることになって、嬉しくて仕方がない。


「どうぞ」


 ヘルマンは寝室の扉を開けてルーテシアを招き入れる。結婚してから3ヶ月が経ったというのに、ルーテシアがヘルマンの寝室に入るのはこれが初めてのことだ。


 ルーテシアの寝室と同じ間取りだが、ずいぶんと綺麗に整頓されていた。ぎっしりと本が詰まった本棚を見つけ、それを見たい衝動を抑えながら、ルーテシアは2人がけのソファに座る。ヘルマンはその向かいの一人がけソファに座った。


(ここがヘルマン様の寝室……!)


 心なしか、ヘルマンの匂いがするような気がする。それに、目の前には髪の毛が湿ってくたっとなっている、ラフな状態のヘルマンがいる。ドギマギして、抱きついた時のことまで思い出してしまい、顔が赤くなってきた。


「この12日間、変わりはありませんでしたか?」


 黙っているルーテシアにヘルマンから質問をする。


「はい、両親も兄も姉も元気で、たくさん話しかけられたので疲れてしまったくらいです。それに、何だか不思議な気持ちでした。まるで結婚前に戻ってしまったようで……」


 実家にいると、ヘルマンと結婚したことがまるで幻だったのではと思う時があった。


「結婚したのが夢じゃなくてよかったです」


 ルーテシアは朗らかに笑う。ヘルマンは一瞬の間の後、咳払いをしたのだが、ルーテシアは特に気に留めることはなかった。


「本棚、見ても構いませんよ」


 チラチラとルーテシアの視線が本棚に向いていることに気がついて、ヘルマンがそう言う。


「いいんですか!?」

「大した本はありませんが」


 許可をもらえたことでルーテシアは躊躇いなく立ち上がり、本棚へと向かう。こんなに近くにたくさんの本があると、見ずにはいられないのがルーテシアだ。ヘルマンもその後に続いた。


 本棚にはぎっしりと本が詰まっている。ヘルマンが好きそうな歴史物語から、冒険物語まで揃っていた。


「ヘルマン様も冒険物語、好きなのですか?」

「子供の頃はよく読んでいましたね」


 一般的にアルビリオン王国の冒険物語は子供が読むものだ。ルーテシアは気にせずに今でも読んでいるが、大抵の人は15歳くらいで卒業する。


「私は今でも読みますよ。だから、いただいたプルガトルの本、本当に嬉しいです!」


 ルーテシアは恥じることなくそう言い、改めて喜びを伝える。


「私が読み終わったらヘルマン様もお読みになりますか?」

「そうですね……せっかくですから読んでみます」

「そうされた方がいいです! プルガトルの本なんて滅多に読むことができないのですから! たぶん、同僚に言ったら羨ましがられますよ」

「同僚……」


 ヘルマンは僅かに眉をひそめた。


「はい! 前回ヘルマン様が図書館にいらっしゃった時に会いましたよね? オベロスタさんという、恋愛小説が好きな同僚なんですけど」

「……男性だったのですね」

「はい。王立図書館の司書はほとんど男性です。いくら恋愛小説が好きと言っても、プルガトルの本は読みたいと言うと思います。本好きなら、誰もが憧れますから!」


 ルーテシアはヘルマンの異変に気がつかず、興奮した様子で饒舌に語る。ヘルマンは固い表情で頷いて、二人は本棚から再びソファへと移動する。


「……?」


 先を歩いていたヘルマンはルーテシアが座っていた二人がけソファに座った。ルーテシアは今度は自分が一人がけソファに座ればいいのかと思ったが、ヘルマンは自分が座った隣を指さす。


「ここにどうぞ」

「……!」


 ルーテシアは言われるがままヘルマンの隣に座ったが、大人が二人座って余裕があるソファではないので、どうにも距離が近い。緊張から身体をこわばらせて固まった。


「ここにある本も読んでかまいませんよ」


 ヘルマンは特に何もなかったかのように先程からの話題を続ける。ルーテシアはなぜヘルマンが隣に座ったのかわからずに、前を向いたままぎこちなく頷く。


「ありがとう、ございます。では、読みたい時はヘルマン様に……」

「勝手に入って構いません」


 そう言われてルーテシアは思わず隣を見る。ヘルマンとの距離の近さに改めて気がつき、頬が真っ赤になった。


「か、勝手に」


 心ここにあらずでヘルマンの言葉を繰り返すと、ヘルマンはしっかりとルーテシアを見て頷く。


「ここはルーテシアの家でもありますから」


 ルーテシアは何度か瞬きをしてからふわりと顔を綻ばせる。ずっとヘルマンの家にお邪魔しているような気持ちがどこかにあったので、家族として認められたようで嬉しかった。


 だが、ずっと近距離でヘルマンの顔を見続けていることが恥ずかしく、ルーテシアはもう一度視線を前に戻す。ちらりと視線を斜め下に向けるだけで、ヘルマンの手が目に入った。


(大きな手……)


 その手に触れられることを思うと、ルーテシアの熱がどんどんと上がっていく。そんな想像をする自分を恥ずかしく思いながらも、触れたいという想いが蘇ってくる。


 ちらりとヘルマンの顔を見るとばっちりと目が合ってしまった。すぐに逸してから、もう一度見ると、やはり目が合う。


 隣に座っているだけで恥ずかしかったはずなのに、もっと近寄りたくてたまらなくなってしまった。


「あの……ヘルマン、様?」

「何でしょうか?」


 ヘルマンは涼しい声で聞き返す。ヘルマンは普段と変わらない様子なのに、自分ばかりあたふたとして悔しいような気持ちになった。


「だ……」

「?」


 自分は今から何を言おうとしているのかと、恥ずかしくてたまらない。しかし、今は二人きりで、ルーテシアとヘルマンは夫婦だ。


「だ、だき……ついてもいいですか?」


 消え入りそうな声でルーテシアはそう口にした。言った側から後悔して、逃げ出したくなる。拳をぎゅっと握って、言った言葉を訂正しようかと考えた。


 しかし、すぐにヘルマンの手がルーテシアに伸びてくる。


「!?」


 気がつくとルーテシアはふわりと持ち上げられて、ヘルマンの膝の上に乗せられた。すぐ側で目があって、ルーテシアは顔から火が出るのではないかと思う。


 こんなに近くで顔を合わせていることに耐えきれず、ルーテシアは思い切りヘルマンに抱きついて肩に顔を乗せる。ヘルマンの手もしっかりとルーテシアの背中に回され、子供をあやすように一定のリズムで叩く。


「いいですよ」


 ルーテシアの耳元で、今さらながらヘルマンが言う。緊張するのに落ち着くような気持ちにもなって、しばらくルーテシアは抱きついたまま時間を過ごしたのだった。


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