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最近のルーテシアは、オベロスタから見て女性らしくなってきた気がしていた。今までは髪の毛もところどころ寝癖がついたままの日があったのだが、最近ではそれはないどころか、しっかりオイルを塗っているのかつやつやと輝いている。
表情も、時々女性らしい憂いを帯びたものになる時がある。いつまでも子供だと思っていたルーテシアがそこまで変わるとは、恋はすごい力を持っている、とオベロスタは楽しくてしょうがない。
そこまでルーテシアが好意を寄せるようになったのに、ヘルマンは未だに笑ってくれないらしい。今のところ仕事に支障は出ていないが、笑わないまま時が過ぎれば、ルーテシアの悩みも深くなるだろうとオベロスタは懸念していた。
オベロスタはルーテシアからの情報しか得られないので、そろそろヘルマンとも直接会いたいと思ってはいるのだが、そんな機会はなかなか訪れない。どうしたものかと考えていたある日のことだった。
来館者が少なかったので、王立図書館のカウンターにルーテシアとオベロスタは並んで座り、最近読んだ恋愛小説について小声で語っていると、一人の男性がやってくる。その、図書館に滅多に来ることのない騎士の顔にオベロスタも見覚えがあった。
「!? ヘルマン様!?」
オベロスタが声をかける前にルーテシアが先に気がつく。小声だが、いつもよりも大きなボリュームだったのが、彼女の動揺を表していた。
「こんにちは。ルーテシアさん」
ヘルマンはオベロスタのことなど目に入っていないようで、真っ直ぐにルーテシアの目の前までやってくる。
「どうかなさいましたか?」
ルーテシアは頬を赤く染め、上目遣いでヘルマンを見ながら尋ねた。すっかり恋をしたルーテシアの顔に、オベロスタは思わず吹き出しそうになる。なんとか咳払いをしてそれを堪えた。
「仕事で本を探しています」
「どのような本ですか?」
「地理と気候の本です。隣国プルガトルに行くことになりそうなので」
「プルガトル……そう、なのですか」
アルビリオン王国と古くから親交の深いプルガトルは馬車で4日ほどの距離にある。行くとなれば最低でも10日は帰ってくることができないだろう。それをわかって、寂しさからルーテシアは表情を曇らせた。
しかし、ヘルマンは表情1つ変えない。
「そういった本はありますか? プルガトルへの行程を考えるための資料と、向こうの気候が知りたいのです」
「かしこまりました。それでは、いくつか本をご用意いたします」
どんなに落ち込んでも頭は回るらしい。ルーテシアは頷いて、ちゃんと該当する本がある本棚へと歩いていく。
オベロスタは残ったヘルマンを遠慮なく見る。
(しかし、本当に表情の変わらないやつだな)
面白い言動のルーテシアを見て笑わないというのも頷けた。これは本当にルーテシアの片想いなのかもしれない。
そう思いかけて、オベロスタは1つの違和感に気がつく。
(待てよ。プルガトルへ、なんて、騎士の人間なら何度も行き来しているはずだ。今さら行程と気候を調べなくても、自分たちで蓄積した知識があるはずじゃないか? それに、騎士はほとんど図書館に来ない。と、いうことは、もしかして……)
オベロスタはヘルマンの顔を見ながら思わずニヤリと笑うと、目が合ってしまった。
「……貴方はルーテシアさんの同僚ですか?」
声色も表情も固い。それは、ルーテシアに声をかけた時と、比べ物にならないものだった。
(なんだ、ルーテシア。上手くやってるみたいじゃないか)
オベロスタはニヤニヤと笑いながら、
「そうです。ルーテシアは俺の後輩で」
と、あえて呼び捨てで呼んだ。ピクリとヘルマンのこめかみが動く。なかなかの迫力で見下されても、オベロスタの愉快な気持ちは消え去らなかった。
「いつも旦那さまの話はよく聞いていますよ」
「……そうですか」
「ヘルマン様!」
ルーテシアが本棚から3冊の本を抱えて戻ってくる。
「こちらがアルビリオンからプルガトルまでを網羅した地図。こちらがプルガトルの10年分の天気を記録した書物、こちらはプルガトルの近代史です。天候や食文化についても軽く触れておりますので参考に……あら?」
そう説明しながら、ルーテシアはようやくヘルマンの表情に着目した。ヘルマンは、公開訓練の時に感じたような、不機嫌な表情のように思える。
「ヘルマン様、何かございましたか?」
「……いえ。こちらは借りても?」
「ええ、構いません」
ルーテシアがカウンターの中に入って貸出の手続きをする。その間、ヘルマンが睨んでくるので、オベロスタは笑いを堪えるのに必死だった。
「こちらで手続きは終わりです。8日以内の返却をお願いします」
「ありがとうございました」
ヘルマンはルーテシアから3冊の本を受け取ると、最後にこう言って図書館から出ていく。
「それでは、また夜に。ルーテシア」
「……!」
ヘルマンの背中を口をぽかんと開けて見送っていたルーテシアは、みるみる内に顔を真っ赤に染めていく。
「な、名前……」
そう小さく呟いた隣で、オベロスタは声を出さないように笑い転げていたのだった。




