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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第一章 魔性の森の錬金術師
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#6 錬金術師のお友達

「改めて依頼をしたいのです。我が娘、リュノアに呪術をかけた愚者の捜索を!」

「……アンタも命知らずっつーか、金に目が眩んだ命知らずの兵も大概だけど。てかこの前の兵士を続投で雇うとか鬼だな」

「時間も時間……アンタが統治する都市でも日が昇り始める時間だろう……ここには届かないものだけどもさ……ふぁぁ……」


 暁光も届かないルベドの森に住まう錬金術師、ヘルメスの邸宅は、平時と変わらず極彩色の花に埋もれて佇む。家主であるヘルメスとその忠実な従者リルは揃って眼を擦り、眠気に耐えながら来訪者に毒づいた。なぜなら来訪する時間も常識を逸した時間であり、護衛の兵士も人の家の庭先で甲冑を脱ぎ捨てて食事の準備まで始めていたからだ。

 ヘルメスは当然寝起きだったので、初めて顔合わせした時と同じく黒の下着とランジェリー姿で出迎えているし、リルも一緒に眠っていたため所々無防備にはだけている。


 来訪者とは、平民ながら商業都市の市長にまで登り詰めた男にして、最愛の我が子の内の一人、リュノアの解呪治療を依頼したガドルノス・リュカティエルであった。最敬礼の姿勢でヘルメスへと頭を下げている。


 白髪混じりのオールバックと眉間に深く刻まれたしわが生み出す貫録は、偉丈夫(いじょうふ)剛毅(ごうき)と様々な言葉を尽くして表せる。

 だのに、美女を前にしているとて大仰すぎる平伏の態度は、事情を知らない人からしてみればいったい何事かと思うだろう。


「そもそもだな、なんで俺が依頼を受けると思って来てるんだよ。錬金術師は何でも屋みたいなモンだが、危険を好んで冒す気にはならんぞ」

「ええ、ですのでこちらも断腸の思いでここへとたどり着きました。本来は愛娘を守るのは私共の役目……ですが、魔術呪術の類に我ら一般人は到底敵わないのです。なけなしに雇った魔法使い共も貴女様に比べれば有象無象……もはや頼れる方はヘルメス殿しかいないのです」

「ちょい待ち。俺以外にも誰かを雇おうとしといてまた来たっつーのか?」

「ですから断腸の思いと……ここへ至る出費と損失、依頼遂行の際の――んんっ! ええ、もろもろの理由で」

「ぶん殴るぞオッサン」


 下手に出続けていた最初と比べて、随分と度胸がある物言いになったものだと感心しながらも、ヘルメスは内心腹を立てる。


 一つに、人がホイホイ依頼を受けると思い込まれている事。

 二つに、そのくせ依頼が済んだ後に最低限の報酬だけで済まそうとしているのが見え見えな事。

 三つに、最高の錬金術師たるヘルメス(じぶん)を差し置いて、どこぞの馬の骨にリュノアの命を預けようとしていた事。ひいては能力を見くびられていると感じた事。


 言うまでもなく最後の点においては、依頼を受けたくないヘルメスの意思とは矛盾している。

 だが世界唯一にして世界最高の錬金術師を知っておきながら有象無象を頼ろうとするのは言語道断。「正当な報酬」を払うことを約束するならば、幾許かの危険を飲み込んで矢面に立つ気ではいた。


 そもそも自分たちの保身云々を主張していたが、実際に手を出されたところでどうとでもなるのが事実でもある。まあ、先ほどの主張はただのものぐさから出た建前でしかないというわけだ。

 もっとも、報酬がヘルメスお気に入りの「リュノア本人」な時点で、ガドルノスは依頼を極力避けたかった。(ゆえ)に世に言われる『魔法使い』を雇った。そんな抵抗虚しく匙を投げられ、転じて断腸の思いで、というくだりに行きつくワケだ。


 利害が一致しなければ依頼契約が結ばれるワケもなく、今のところ平行線ということだ。

 ガドルノスは「しまった」といった面持ちながらも、余裕すら感じ取れる表情で慇懃に謝罪する。恐ろしくも人は慣れるもので、ヘルメスの美貌を直視するのも慣れ切ったようだ。


「申し訳ございません、ご無礼をお許しください。さて、報酬の話といたしましょう」

「そりゃもちろん、言わずもがな、なんじゃないのか?」


 やはりそう来るかと、おくびにも出さないように努力をしていたものの、娘を愛するがために命と私財を賭してここまで来たという彼の背景を知っているヘルメスとリルには痛いほど分かってしまう。

 

「……大事な愛娘ですが、ヘルメス殿に救われたことを甚く感謝しております。そして貴殿の手腕に見惚れたのは、娘だけでなく我ら一同も同じくでございます。本来ならば、両手放しで嫁がせたいほどですがね」

「ほっほぉー、そりゃあそりゃあ。嬉しい事でありまして」


 まさかの親公認に、ヘルメスの顔は馬鹿正直ににへらと歪む。全く進展が無く進捗絶不調の『おにゃのこハーレムライフ』の夢だったが、ようやく光明が差したというか、第一歩からの二歩目に繋げれそうだと感じた。

 しかしどうにも、ガドルノスから不穏なオーラを感じていた。我が子を見送るには随分と殺気が籠っている。


「貴殿を縛れるとは思ってもいませんが、一つだけ条件を」

「一応聞いておくよ」

「娘を……リュノアを不幸にしようものなら、森ごとでも貴殿を滅ぼしますので、悪しからず」


 鋭く輝く灰の眼に、即座に反応したリルを片手で制止しながら、ヘルメスは家の方へと踵を返した。


「では、どうか依頼の件について……なにとぞ」


 背中に掛けられた言葉にヘルメスが振り向くと、懐から『白金の鈴』を取り出して鈴の音を一際大きく鳴らす。そのまま兵士に荷車を引かせて市街方面へと向かっていった。



 荷車を見送り、幾分か早い朝食を取り終えた主と従者は、託された依頼に揃ってため息を吐いた。


(あるじ)。あんまり報酬が貰い辛い流れにされてしまってないか、これ」

「……んなの俺が一番ひしひし感じてるっつーの。クッソ、気を利かせるのも無防備すぎるのも特大ミスだった。もっと辛辣にあたっときゃ良かったかな」


 (あるじ)の突っぱねるような発言に、従者はジト目で「さらさら思ってないくせに」と言う。


「リュノア・リュカティエルが死ぬのも嫌だったんだろ? (あるじ)が好きそうな清楚で、可憐で、おっとりした可愛い娘だもんな。だから気を利かせて『魔獣除けの鈴』なんかをこっそり持たせた。本人らが気付いたのか雇った魔法使いが気付いたのかは知らないけど、つけ入るチャンスがあるって思いこんで案の定付け込まれたワケだ。見せびらかして鳴らしてきたもんなー」

「……怒ってんの?」

「べ、つ、に。別に全然怒ってないですよーだ」


 香草を煎じた茶を淹れながら、テーブルで何やら書き物をするヘルメスに口を尖らせる。


 ガドルノスが最後に見せた白金製の鈴は、ルベドの森からガドルノスの領地までに現れる魔獣が嫌う波長の音を出す鈴こと『魔獣避けの鈴』だ。

 リュノアを治療した後、こっそりと鈴を荷車の内側に括り付けておいたのだ。それを知ったからこそ、兵士も変えずにガドルノス本人が魔獣の巣窟たるこの森まで出向いたのだろう。


「で、さっきから何を書いているんだ?」


 そっぽを向いていたリルは目線を戻し、羽ペンを紙に走らせるヘルメスを見て聞く。


「フフフ、「依頼斡旋書」さ」


 ニッと笑ったヘルメスは木の葉と枝が描かれた便箋へ指をさす。ついで滑らかに筆記体で文章が書かれた便箋を紙飛行機の形に織っていく。出来上がった紙飛行機をリルに手渡すと、虚空に手をかざして軽く念じる。


 バチリ――大気を割く稲妻の音と共に『黒い雷光』がヘルメスの掌を走る。『黒い雷光』は掌から紙飛行機へと伝わり、紙飛行機を乗せているリルの手を避けて包み込む。


 指をパチンと慣らすと、カタカタと紙飛行機が独りでに浮かび始めた。風や推進力は一切働いていない上、その場で滞空する紙飛行機には微かに雷光と薄っぺらい皮膜のような物を帯びている。


「相変わらず、面妖な術だな。独りでに飛ぶ紙飛行機なんて」

「万能の天才にはちょちょいのちょいのモンさ」


 良い出来栄えに満足気に鼻を鳴らすと、なにやら生物がわさわさと動き回っている虫かごをテーブルに持ってくる。


「うえっ……きもちわるい……」


 中に居たのは直径五センチもあろうかという巨大クモ。真っ黒な体に灰色のラインが刻まれており、複雑に絡み合ったそれは髑髏にも似て見える。かごから摘み上げて浮遊する紙飛行機の上にそっと乗せると、八本の足を器用に紙の端に絡み付け微動だにしない。


「運転手は『フルーフドクグモ』さんで。んじゃあ行ってこーい!」


 クモが紙飛行機の上にしがみついたまま動かないのを見て、思いっきり雷光を纏う紙飛行機を開けた窓から放り投げた。


「蛇の道は蛇……呪術を扱う奴に対するならば呪術を扱う者に任せるべきってね」

「体のいい丸投げだな」

「大正解。当たった褒美に撫でまわしてやろう」


 リルの頭を撫でながらもう一度指を鳴らすと、紙飛行機はルベドの森の深部へ向けて爆発的加速を遂げて消えていった。


「さーて、果報は寝て待て、だ。まあ彼らの内情は気にしないで、後はゆっくり待ってから報酬をゆすろうではないか!」

「さすが(あるじ)、ゲスい。自分の手を汚すどころか他人に丸投げした挙句に報酬だけもらうとは」


 返答せずにふくれっ面のリルの頭を撫で繰り回す。




 舞台は変わり、アークヴァイン王国北東部ルベドの森から離れる――。


 アークヴァイン王国北東部、ガドルノスが都市の長として君臨する商業都市ラブレス。

 ルベドの森開拓の最前線拠点として、過去二度の進攻に渡って商人や開拓者が集い作り上げた街であり、アークヴァイン王国最大の貿易の場でもある。

 ガドルノス・リュカティエルはこの街の価値をいち早く見出し、第二次森進攻の際に一代財産を築き上げ、商会の長として君臨した。ひいてはその功績を称えられ、彼が四十歳の時に商業都市の市長として就任した。


 質実剛健が相応しいガドルノスは、十八年間市長としての責務を果たし続けた。無職の文無しを拾い上げて仕事を与え、貧困と格差を無くし、街を活性化させることに務めた。また愛妻家とも知られる彼は、市長就任前からの恋仲であった妻シャルアの子供を三人もうける。公私ともに順風満帆な生活だった。


 さて、それを快く思わない者は必然ながら居た。本人に何ら非も無くとも、成功者や目立つ者を妬み、恨み、嫌う者は往々居るものだ。

 今まで幾多の妨害があった。殺害の予告状が届いたり、暗殺者が家に忍び込んだり、ハニートラップで言い寄られたりなどなど……妨害工作の内容回数を上げればキリがない。


 それでも、ガドルノスは全てを跳ねのけ今の地位まで最短距離で駆けあがった。そうして敵対した者たちを時に非道な手段を用いてでも炙り出し、時には残酷な手段で消してきた。

 だが、今まではそれこそ自分の身がターゲットだったからこそ、彼は自身の骨肉を犠牲にしてでも敵対者を一人残らず叩きのめしてこれたのだ。家族がターゲットになればどうか?

 ガドルノスはこの事件を機に、我が身を顧みずに敵を消してきたスタイルを取りやめ、ある意味ではより強く家族への思いやりというものを思い知ったのだった。



 無数に、雑多に立ち並ぶ色とりどりのレンガや木材で建て上げられた家屋の群れは、思いがけず人の行き来のない路地裏を作り出すものだ。

 日も差さず、ゴミ箱や通気口ぐらいが点在する路地裏で、しきりに辺りを見回しながらうろうろする影が一つ。


「遅い……!」


 薄暗い路地裏にお似合いな陰気な表情を隠しもせずに、リュノアに呪術を仕掛けるように仕向けた犯人たるルスト・クレイトン。来ているはずの『魔法使い』を待ちくたびれて探していた。


 両目を隠す長いぼさぼさの黒髪に隠れて、赤く充血した目は怒りを孕んで鈍く輝いている。


 なぜなら、契約不履行があったからだ。

 本来の契約内容とはまるで違う結果に陥ったことに対する憤怒。本来死ぬはずのリュノア・リュカティエルが治療されて生き残っていることが、彼にとっては我慢ならないことだった。

 爪を噛み、苛立ちを露わにしながらゴミ箱を蹴っ飛ばす。それでも募る暗い感情がまるで晴れない。


「もし……そこのお方……」


 気配は無かった。

 足音もしなかった。

 なのに声だけが狭い空間で響いた。

 背後から突如として声をかけられたルストは、猫のように飛び退いて声の主へと目を向けた。


「な、なんだよアンタ! お、脅かすな!」

「申し訳ありません……どうにも頻りに辺りを見回しておりましたので、気になりまして……」

「な、なに……ち、ちょっと人と待ち合わせをしているだけで……」


 ――陰気なババアだ。


 顔をわずかにしかめながらも、陰気な自分を棚に上げて失礼な感想を思い浮かべる。

 とはいえ、しゃがれた声で話しかけるえらく腰がひん曲がった、顔も体のシルエットも赤いマントで覆い隠した女性。仮に老人でなくとも老人と勘違いするのも無理はないだろう。


 ――目的の人物だったら。


 歯噛みしながら顔をそむけたルストに、赤マントの女性ふと思い出したかのように言った。


「そういえば……貴方のように探し人をしている方を先ほど見かけましたが……もしやその方が探している人ではないでしょうか?」

「ほ、本当か!? ど、どこだ! どどどこにいたんだ!?」


 ルストは襲い掛からん勢いで食い入るが、女性は一歩ひらりと後ずさって躱す。そして落ち着いた声で容姿について問いかける。遅刻している件の人物を探す手間が省けそうな好事に、ルストは詰まった喋り方で語りだす。


「ま、まずソイツはあ、アンタみたいな赤いマントをして……で、でもし、身長はアンタよりもお、俺よりも高い。ひ、百八十はあるんじゃあないだろうか……? そ、そして、褐色で……勝ち気そうな表情で……」

「まあ……まあまあまあ! でしたら私が見た方と同じですわ!」


 口元に手を当てながら人物像の断片をより合わせていたのだろう女性は、思い出すように言った。


「ええ、だって――」


 そう言って女性は、纏っている赤いマントに手をかけた。


 ルストは何の疑問も抱かなかった。強いて言うならマントがずれたのだろう、程度の疑問しか抱かなかった。


 だがそれが……いや、どのみち彼にはこの先の末路は無かった。


 助かろうと、助からなかろうと。



「それはアタシ(・・・)だからね」


 刹那、赤いマントが視界を覆う。


「え――うぁわっぷっ!?」


元依頼主(・・・・)さん。アンタへの依頼契約は履行済み――今度は悪友(・・)からの依頼だからね。こっちも必ず遂行させなきゃいけないのよ」

「なん――ごぁっ……カハッ――」


 視界が遮断されて驚きの声を上げる。悶えながら耳元に囁かれる言葉に、ルストは混乱を隠せない。首に蛇が巻き付くかの感覚に陥り、力強くルストの気道を、大動脈を絞め上げた時、自分は首を絞められていることに気付く。


 しかし気付いた時には何もかも遅かった。わずか十秒の出来事だ。虚を突かれ、抵抗する暇もなく、ルストは敢え無く意識を手放した。するりと首に絡みついた腕を解き、力なく地面に伏したルストの白目を剥いた顔を見た女性は、満面の笑みでガッツポーズする。


「お仕事完了!」


 陽気な掛け声を上げて気絶したルストを片手で抱え上げた「勝気に笑う褐色長身の女性」は、無造作に路地の壁に立てかけられていた箒に手をかけて放り投げる。


「聴こえてないだろうけど言っとこうかな。これからじーーーっくりと、お話を聞かせて貰おうじゃない。元依頼主さん」


 一回転した箒が空中で静止するのを見計らい、女性はひらりと飛び乗る。男女合計二名を乗せているにもかかわらず、その箒はさらに上昇を始める。


「それじゃあ出発進行!」


 指を鳴らすと謎の推進力をもってして箒は爆発的加速を遂げる。風を切る速度で二人の男女を乗せた箒は、ルベドの森の深層へと飛び去って行った。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 そろそろ錬金術師らしさを出したいところですが、それはまた後程。


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