#59 鴉ノ攻防
「〈遍く虚構・戦姫の宝剣〉」
胸元より取り出した神銀の塊が美しい剣と化す。マジックを披露するように手元と、ついで胸を見せつけ、どちらにせよサルバトーレの目を釘付けにする、そんな算段。
「シッ――」
それに乗じて振るわれるリルのククリナイフ。これまた神銀製で、刀剣の切れ味に戦斧に似た重厚な刃を持つそれの一閃。閉所で扱いづらいだろうザグナルを器用に回し、槌部でこともなげに受け止める。
「お粗末なミスディレクションだな」
「言ってろカラスが」
互いに食い掛るような狂気的な笑みを浮かべると、ヘルメスの細腕が神銀の剣へと伸びる。
「リル! 33・4のコンビネーション!」
「了解だ、主!」
――ほう、そのような連携を……?
密かにサルバトーレは感心の念を覚える。よもや錬金術師が近接戦闘の連携を取ってくるとは。
聞き慣れない符号に同意して攻撃の手筋を変えるリル。下段の斬撃中心に攻めを組み立て、サルバトーレは鴉爪での防御を余儀なくされる。
さて、では連携の指示を出したヘルメスはと言うと――。
「だりゃあぁぁっっ!!!」
縦振り一閃――空を斬る。
横薙ぎぶん回し――こちらも同様。
渾身の連続突き――一向に当たる気配無し。
「……お粗末すぎるな」
冷ややかな表情でリルの攻撃を受け流していたが、さすがのサルバトーレもこれには呆れ顔。全て得物で受け流すまでも無く、リルの攻撃を回避する前提の動きで事足りる始末。剣戟の残響が耳を刺す室内で、呟いた声が聴こえることは無い。
「せぇあっ――!」
「でぇぇいっ!」
もう一度、渾身――ヘルメスにとって――の踏み込みを以て、剣の切っ先を閃かせる。同時にリルは低い姿勢から深々と踏み込む。こちらも渾身の一撃。背負い投げのモーションからの斬撃が、弧を描いてサルバトーレを襲う。
「チャンバラごっこは二人仲良くあの世でやってろ!」
それすらも所詮ガキの遊びだと断じるサルバトーレは、わずかな怒気を孕ませザグナルを突き出した。槍部、そして鎌部の交差する部分がリルの斬撃を受け止め、鎌の湾曲部を伝って軌道を逸らしていく。先端部が重い構造のククリナイフが、家屋の床に深く突き刺さってしまう。
そのまま深い踏み込み、リーチの長さを以て、ヘルメスの顔面へと刺突を放った。
突きの姿勢で大きく流れた身体で、ヘルメスがこの攻撃を回避することは不可能。
仕留めた、そう思ったサルバトーレの武器のちょうど真下、届くはずの無い剣の切っ先が伸びる。
「な――グッ……!?」
明らかに剣のリーチを超えた刺突が、サルバトーレの脇腹に深々と突き刺さる。
突きの構えにより元から半身だったのと、僅差だが反応してさらに身をよじったおかげか、致命傷は免れたようだ。が、それでも思惑の外の攻撃を受けたためか、体勢が大きく崩れる。
「隙アリ、だ!」
傷を抑えて下がったサルバトーレに追撃をかけるリル。地面に刺さった切先を軸に、そのまま大きく一回転。その反動を思い切り叩きつける。決して曲がらないという信頼任せで、二振り目のククリナイフがサルバトーレの上半身を軽く掠めていく。
「チッ、浅いか」
「上等上等。少しずつでいい、このまま削っていくぞ」
「了解だ、主」
深追いせず、ククリナイフの血を払いながらリルは下がる。掠めたとはいえ人狼の膂力は凄絶に尽きる。風圧で傷は開き、かまいたちと化した斬撃軌道が深く肉を切っていた。
先程のザグナルによるカウンターは、ヘルメス自身確かに回避することは不可能であった。
ならば攻撃。一も二も無く攻撃。身を省みず攻撃。
なによりこの男に守勢に回るなど、ヘルメスの気が許さなかった。
軽く三メートルは伸びている神銀の長槍を引き戻しながらも、黒い雷が槍の表面をバチバチと迸る。
「〈遍く虚構・戦姫の宝槍〉。遍く物体の支配者に対して、些か注意が足りないねぇ」
「なるほど、物体を結合して延長か。らしい手だ」
持ち合わせていた近接用の神銀塊。一つは〈戦姫の宝剣〉。もう一つは〈戦姫の宝槍〉。これらを手元で緊急結合することで、槍以上の長さに高速度の伸縮を行った。結果、外見の変化を伴わずに手元でグーンと伸びる錯覚を引き起こす。
つぎはぎの拡張刀身は以前、竜狩りを行った時も作成したが、純度の高い鋼鉄と荒い鉄鉱仕立てのそれでは見た目で判別がつく。こちらは神銀の純度自体が変わらないため、見た目での判断が付かない。故に刃の伸長を一目で気付きにくい。
ヘルメスは神銀の長槍を二つの塊に分離しながら、歩を進める。
両の手に迸る黒い雷が、未だ残る顔の痣をわずかに照らす。冷笑交じりに口角を上げ、心の奥底の静かな怒りを少しずつ露わにしていく。
「早くフィールドを移した方がいいんでないかい? 狭い所じゃ、ご自慢のエモノサマも満足に振るえねぇだろ?」
「お気遣いいただきありがたいことだが、そうすればお前はこの町の全てを使って俺を殺すだろう? それはいけない、俺に残された勝ちの目が最後の一つとて無くなってしまうからな」
――本当、厭になってくるな。
ヘルメスは心中で毒づいた。
本当にこの男は自分と似ている。
というより、似過ぎている。
自分と合わせ鏡のようだ。
その合わせ鏡をなぞり、手の内腹の内を読まれる前に勝負をつけるのが無難だ。
ヘルメスはちらと振り向いたリルに頷きかけて地面に手を突いた。
「じゃあ、強制的にご退場願おうか――!」
目配せ一つ、警戒していたリルがその場で跳躍、その下を瓦礫の壁が押し通る。ヘルメスの錬金術〈想像錬金〉が物質の構築を組み替え生み出したものだ。威力ではなく質量による攻撃。さしものサルバトーレも受け止めるのは叶わず、家の外までぶっ飛ばされる。
「さあ、ショータイムだ!」
圧し進んでいった瓦礫の壁に乗り、追撃をかけんと追って行くリルを見送り、そのまま地面に突き続けていた手から黒雷が、即座に地面の石、鉄、ありとあらゆる物質の元素に働きかける。
まず地面にヒビが走る。動物特有の第六感か、受け身を取り素早く飛び跳ねたサルバトーレの足元から、無数の石の棘が生え立てる。
――一歩遅ければ串刺しか。
鴉の翼と剛脚の力で宙を舞うサルバトーレだが、わずか一瞬の力の溜めで長く滞空することは叶わない。距離を取り、ヘルメスから遠い廃墟の屋根で羽を休める。
そこへ手を休めずに追撃が入る。ヘルメスの錬金術は時間さえかければ働きかける範囲……つまり射程は無限に及ぶ。次第に家屋の屋根がメリメリと、見えない手でむしられ、こねくり回して加工されていくように変形を始める。
そして生まれたのは、屑鉄の大刀を持った瓦礫の兵士。意思を持たない無機質な動きで、重さのみで叩き切る刃をサルバトーレへ振り下ろす。
――崩してから、大勢の袋叩きで時間を稼ぐ。
脳内予測。次にヘルメスの取りそうな行動を頭の片隅に常に置きつつ、波濤のように繰り出される錬金術の魔の手から逃れるサルバトーレ。
相当量の魔力で動いているため動きは速いが、操られている人形故モーションを読むのは容易い。一体一体が放つ規則的な斬撃の間隙を縫い、ザグナルの槌で脚部を破壊していく。
どうせ完全に破壊しても時が経つにつれ再生していく。あまつさえ数を増やすのだから、動きを止めるに留めておくのが肝要だ。
「そこに浮いた駒を突撃させ、さらに削りにかかる」
瓦礫の兵士を一旦行動不能に陥らせたサルバトーレが飛び立つ直前、そこへ押し留めるようにナイフが飛来する。翼を広げる余地を与えぬ、広範囲に散布された投げナイフは、そのどれもが簡単に肉を裂く切れ味だ。
それに合わせてかっ飛んでくるリル。
鴉の目が捉えたのは、そのさらに背後。
簡易製造された投石機……いや、カタパルトの推力乗せた一撃が、ザグナルの槌と力強くかち合う。
ビキィッッッ――!
あまりの剣圧に響く炸裂音。
互いに歯を食いしばり、得物同士をかち合せるリルとサルバトーレ。
そして無惨にもザグナルの槌の中ほどまでめり込むククリナイフの刃。
「もう一撃――くらえ!」
「やってくれたな!」
刃を食いこませてなおも暴れようとするリルに、サルバトーレは声を荒げて蹴り飛ばす。槌より引っこ抜けたククリナイフが付けた傷跡に、普段は冷静沈着で冷淡なサルバトーレも動揺を隠せていなかった。
長年戦場を連れ添った我が得物。無銘とは言え確かに優れた品であるのは、サルバトーレ自身がよく分かっている。故にショックは大きく、数瞬、湧き上がる怒り、驚き、そして憎しみ。それらに囚われ、思わず足を止めてしまう、十分すぎる理由だった。
だが、決して攻めの手は緩めない。
大規模な地面の蠕動を想起させる、轟音を伴う地響き――追撃を止めて姿をくらましたリルと合わせ、何が来るかはあっさり予想が付いた。
「チッ。……不味いな」
舌打ちするサルバトーレに、案の定足止めの投げナイフが降り注ぐ。避けるように身を隠し、翼を収めて廃墟の路地を高速で駆ける。一歩、二歩と加速を重ね、飛び立つに必要な速度を得てから大きく跳躍すると、同時に背後で大地が、文字通り隆起した。
陸の全てをぶち壊し、刺し貫かんとする勢いで、無数の瓦礫混じりの巨岩がせり上がった。
廃墟街の建物、道路、公共の設備もろとも。
いや、それすらも巨岩の材料にしているのだ。
唯一の救いは、どうやら精密なコントロールと両立するまではいかない点だ。
おそらくだが錬金術師は、身を隠して移動しているサルバトーレのだいたいの位置を、従者が交戦している位置で割り出している。
そこへ巨岩を発生させる。ただそれだけだ。従者が巻き添えを喰うことも、周囲への被害もお構いなしだ。
廃墟街丸ごとがヘルメスの武器――まさに遍く物体の支配者、である。
「酷いモンだ。甲斐甲斐しい従者を殺す気かね?」
「俺の可愛い従者をお前の物差しで測ってんじゃねーぞボケガラス。俺が殺すはずもなけりゃ、俺の技で殺されるタマでもねーんだよ」
「……まあ、手加減はしてほしいがな」
どこからともなく飛び跳ねてきたリルが、サルバトーレの対面の屋根に着地する。さすがの敏捷性だが侍女服のスカートが軽く裂けている。どうやらわずかに掠めたらしい。ちらりと覗く右の太腿に備え付けられた暗器のナイフが、銀の輝きを眩く放っている。
「ワリィワリィ。ちょいと派手にやり過ぎたかな? でも、これぐらいしないと足止めにゃあならんし」
「……足止めだと? まさか――」
「俺の?」と言う前にサルバトーレの脳裏をある考えが過ぎる。
「地下でもぐらごっこしている鴉を足止めするためにも、な」
――やはり、脱出の手立ては気付くか。
先刻、廃墟街を貫いた魔術攻撃を行った面々に思いを馳せながら、顔色を変えずにサルバトーレは鼻で笑う。
「崩落で死ぬことは考えていないと? 鬼畜なことだ」
「俺と違っておたくらに何の恨みも無い神霊種たちを攫ったやつらに、そんな慈悲がいるかね?」
「ハッ、違いないな」
魔力の探知に長ける者が『魔術小隊』に居るのであれば、地下を進んでいる人間に気付くのは造作ないだろう。坑道を進む者が、向こうの陣営にとって生かす価値が無い……そう思っているのなら、大規模な地殻に対する攻撃が最も効果的だ。
「だが俺には違うものでな。依頼遂行はもとより、あそこには大事な俺の跡継ぎがいるもんでね」
「……大事な情報、ありがとさん」
「それが伝達されようと、関係は無い。鴉の血盟は、必ず団長を生かすからな」
「それも私たちには関係の無いこと。私と主が、お前を負かしてソイツに会いに行く」
「不可能だな」
翼を大きく広げ、黒鴉の両脚、十爪を大きく広げる。
今まではいたずらに的を大きくしないよう必要最低限、攻防時に最小の動作で稼働させていた己の真髄。
万一に備え十全に整えていた、『屍喰いの鴉』の手勢へと回すための切り札。
「お前たちがそこに行くことは不可能だ」
――ここが切り札の切り処だ。
黒曜の瞳の真っ直ぐな敵意が、最大の敵二人へと注がれる。
「俺の全霊で、今、貴様を、確実に殺す」
鴉の大きな翼が黒い光を閃かせて羽ばたいた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
なんか生きてます。そしてメリークリスマス!
来年はどうなるか分かりません!
33・4のコンビネーションとかいう意味不明な単語を生み出せるくらいには気楽に生きて文字書き続けていきたいと思っています。
ソレジャアノ




