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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#58 鴉ノ別レ

「んじゃ、あとは首尾通りに頼む。くれぐれもやりすぎないよーに。特にヴァニラの手綱はしっかり握っておくこと」

「アタシはこのレズ金術師送り届けてからしばらく離れてるから。……くれぐれも、よろしくね。ステラ」

「はいはい。了解しましたよ、ヘルメスちゃん。いってらっしゃい、レジーナちゃん」


 ヘルメスはそう言うと、レジーナが駆る箒に座り巨岩の柱へと降下していく。魔力で駆動する不思議な箒は二人分の体重を掛けてもまるで揺れず、さらには続けざま飛び乗ったリルの重みと衝撃も軽々受け止め運んでいる。


「……もう既にやりすぎな気はしますけどね」

「ステラおばあちゃん、それ言ったらオシマイですよぉ?」

「無理もない。一番無茶するのは、決まってあの人(ヘルメス)


 降りていく三人を見送りながら、眼下の惨状に苦笑いするステラ。やれやれと言った風にノクトとキャスト二人が付け加える。


「とにかく、僕らは言われた通りに仕事をするだけです。……言われた、通りに……」

「……そうです。もう決めたこと、決まったことです」


 冷静に、俯瞰するように口走るヨハン。対する『神霊女王』シアラはらはらとした様子で何故か空を凝視していた。


「そういう割には不服そうね、ヨハンちゃん」

「……だって、なんだってあんなこと――」

「もー! げんかーい!! はやくうちたーい!!!」


 突如、気味悪いほど静かにしていたヴァニラがハンマーを振り乱しながらぎゃあぎゃあと喚き出す。空で待機状態にある魔力で生み出した音と風の魔術弾。それら全ての軌道をヴァニラの重力魔術で維持しているのだ。


「そもそも撃たないものですからね、ヴァニラさん」

「わかってるけどー! でーもー!! うーちーたーいーのー!!!」


 暴れるたびに魔術の制御がおろそかになっているのか、ふらふらと宙に浮く魔術弾が揺れ動く。


「こーら、ヴァニラちゃん、集中。落としちゃダメよ」

「あぅっ」


 ステラがたしなめるように頭を軽くコツンと小突く。


 グォォン……。


 ――いい加減静かにしてほしいのだが。


 乗り物にされているミストルティンがあげた、小さな唸りに込められた言葉の意味を解する者は居なかった。




 所変わり被害地点――黒曜石のイヤリングから聴こえる無数の報告に、コルヴォは狼狽していた。


 ――坑道が一つ魔術の砲撃で潰れました! 通行不能です!

 ――翼竜組が人狼の群れに補足されてます! このままでは飛び立てません!

 ――坑道から離脱した部隊が人狼と交戦中――コルヴォ団長! 聴こえていますか!?


 報復襲撃があまりにも早すぎる。あれだけの傷を負っていたのに。一日も経たずにヘルメスの受けたダメージは神霊種の里を襲撃する直前に確認していた。通常なら……いや、仮に異常な存在でも動けるはずがない。人の形をしている以上、血が流れる人間であるならば。


 と、ごく普通のことばかりが頭を巡ったのち、コルヴォははたと気付く。


「つーか何も考えてねーんじゃねーか!?」


 口をついて出た言葉はイヤリングでの交信先にも聴こえていたようで、状況に関係のない言葉に受け手側の慌てっぷりが伝わってくる。


 第一、目的がただの虐殺ではなんのリターンがあるのだ。あの錬金術師の胸がすけばなんでもいいのか? 師団長クラスは生きていると踏んでいるのか? だが、あまりにも大雑把が過ぎる。仮にまだ神霊種(エルフ)たちをここに置いてたらどうなってたことか、言うまでも無いだろう。


 暴挙暴走とも取れるヘルメスの攻撃に、まだ交信は続いているにも拘らずコルヴォはクロウを見る。


「おい、師団長! クロウ!」

「行ってこいコルヴォ。お前の部下だぞ。また見殺しにする気か? 早いとこ指示を出してやれ」


 いや、そもそもだ。それ以上に頭をもたげる言葉を先んじて言われているのだ。


「見殺しにしねーよ! ……ってかそもそも行けるかよ! アンタ、さっきなんて言った!?」

「次の師団長はお前だ。以上、さあ行け!」


 サルバトーレはコルヴォの尻を蹴とばすように、坑道の坂へと足で押す。


「って言っても~? 坑道狙われてるならアンタも巻き込まれる可能性はあるだろうし~? ま、せいぜいみんな、仲良く、まとめて死なないよ~に~? がんばんなさ~い? ケヒヒッ!」

「ぬぐぐッ……お前らぁ……! 二人とも、終わったら覚えてろよ!」


 中指と親指を忙しなく動かし、罵倒と「くたばれ」のフィンガーサインを連続で行うコルヴォ。その姿を微笑ましく、何やら寂しそうな顔で眺め、シュカはやおらに手を振った。


「覚えていられたらいいわねぇ~」

「そうだな」


 短く答えるサルバトーレ。感傷に浸っている暇は無い。がらんどうの空に目をやるまでも無い。強大な魔力の塊が、目の前に降りて来たからだ。


 傷だらけの錬金術師は眼光だけ変わらない。その後ろ、傍に居る人狼従者も言わずもがな。


「随分派手に登場したものだな、錬金術師サマ」

「市長から許可を得たもんでね。鴉を駆逐するためなら何してもいいってよ」

「ハァ……まったく、脅しの意味がないとはな。これでは商売あがったりだ」


 しかし、鴉の親玉は臆することあらず。無論、怖ろしいのは確かなこと。一団の頭領としてできるはずもない。長年連れ添っただろう右腕さえ怖れている。過去これほどの窮地はなかっただろう。


「とはいえ感謝しているよ。邪魔が少なかったおかげさまかな? 順風満帆に仕事を終えた……ってのは、ずーっと言ってるんだがね」

「……んぁぁ? 誰に言ってんのか知らねーけど、どこが順風満帆だと? いまさら逃げれるとでも――いや、逃がすとでも?」

「気にしなさんなや。それに、不可能を実現できる手腕、それがなきゃ、俺らは今頃、肉の一片たりとも残ってねーよ」


 瞬時、ヘルメスは腑に落ちた感覚に陥る。


 ――ああ、なるほど。俺とこいつは同類か。


 刹那、サルバトーレはその気配を察知する。


 ――ようやく気が付いたのかね。


「お互い、こんなことでしか誇れないくだらない者同士――」

「ああ、だからこそ、負けるわけにゃいかんわな」


 両者とも、得物を抜く。

 一方は武器になるとも思えない白銀の塊を。

 もう一方は身の丈を超す黒のザグナルを。


 火花散らすその姿を、ケタケタと笑う声が茶化すように響いた。


「そんな権謀術数でしか己の存在を見出せないなんてヘルメスに言ってやらないでよ。失礼じゃない」

「……ぁあっ? 今、なんつったぁ~?」


 ありふれた挑発。

 緊迫した場をかき乱す雑味。

 ただそれに反応するのは、当の本人ではなくその右腕。


「あのアークヴァイン王国の筆頭騎士サマが、今やミューレス共和国お抱えの盗賊団兼仕事屋なんてね」

「……やっぱしアンタはムカつくのよねぇ~。同じ穴のムジナのクセして、お高く気高くなっちゃってさぁ~?」


 黄金の瞳を威圧的に細め、飄々とした風のレジーナをねめつけた。しかし、やはり、一切の問答もせずにサルバトーレはただ、ヘルメスの一挙手一投足から目を離さない。シュカは僅かに息を飲む。微かに躊躇ってから、サルバトーレの背を軽く小突くと、改めて忌々しそうに魔女へと目を移す。威嚇するように舌を出し、親指で道を指す。


「魔女ちゃんはこっちに来なよ。互いに思うことあるだろ~しぃ? せっかくならタイマンとしゃれこもうじゃな~い?」

「いいわねぇそれ。こっちもちょびっとばかし聞きたいことあるし、ね」


 そうして意義異論無く二人は歩き出す。リルの超人的視力が、ウォルラインの市街を抜け人目につかない林へと消えていく二人を映している。


「それにしても、だ」


 ドガシャアッ――おもむろに扉を蹴り壊す。ブーツを突き破って広げ出た黒鴉(こっか)の五爪が、僅かな室内の光を受けて鈍く光る。


「随分な執念じゃないか。執着、と言ってもいい。たかだか見知らぬ神霊種(エルフ)、それも女ならまだしも男もいる。そんなに大事かね? それとも、それほどまでにあの王女にお熱かい?」

「そだなぁ。それもある。けれどそれ以上に興味が湧いたんだ。お前らに、そしてお前らの雇い主に」

「……ふぅん。興味?」

「おっと、そこから先は戦いの後――俺らが完全勝利した後の話だ。あぶねぇあぶねぇ、口走るところだったよ」


 睥睨(へいげい)するサルバトーレ。実に不可解だと言いたげだった。


 ――殺意ならともかくとして、興味とは?


 おそらく一度として持たれたことの無い感情だったからか困惑さえも覚える。示威(しい)のために見せた爪の収め所を見失っていた。


「俺らが勝ったらお前らは無条件で雇われる。負ければ……まあいいや、奴隷でも処刑でも好きにしてくれ」


 サルバトーレは思わず目を見開いた。言葉の真意を探り思う。だがそれも数瞬のこと。隣の人狼従者の、ただ冷徹にこちらを見つめる眼差しこそが、錬金術師が戯れに嘯いているわけではないことを示していた。


「もし、俺が乗らなかったら?」

「無慈悲に全員鏖殺さ」

「ハハッ、だろうよな」


 森で、崩れた家で。


「「それじゃあ――」」


 魔女と蛇獣人、あるいは錬金術師にその従者と鴉の長が。


「「やろうか」」


 武器を構え、互いの矜持を掲げる。

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