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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#55 狼破鴉刃

「……どこまで知っている、だと?」

「ああ。言葉通りの意味さ。主従関係の内に人となりや性格は知れたとしても、君の主がどのような歴史を、人生を歩んだか。それは本人が語るか、ごく近しい誰かの話か、あるいは本人たちが後世に遺そうとした物でしか解き明かされないものだ。彼女のような高名で、数多くの逸話と影響を与えた人物なら、なおさらね」


 サルバトーレの言葉にリルは少しだけ歯噛みするが、軽く息を吐いて向き直る。ククリナイフを床に捨て、服の中に手を入れた。


「知っていたところで、貴様に言う必要があるのか?」


 おもむろに引き抜くと、服の中からウルミベルト『グレイプニール』の奇妙極まりない刀身が姿を現した。


「なに、よぉ……あれぇ……!?」

「ハハハッ! 錬金術師恐るべし、だな。作り手の技術はさることながら、あんな物を扱う者に要求する技能とて相当なものだろうに」


 従来の剣とはかけ離れたしなやかさを誇るフォルムに、確かに有しているだろう抜身の刃の鋭さ。そんな常軌を逸した造りの剣は、やはりクロウとシュカの経験則にも当てはまらないようだ。


「そうだな、強いて言うなら……私の答えはこれだ」

「フハハッ、そうかい、それは残念だ。言えば分かるかもしれないのにね。君の知らない主のこと……ヘルメス・トリスメギストスと神霊種の不和の原因とか、ね」


 ニタリと嗤うサルバトーレの言葉が、リルの心にグサリと刺さる。


 思えば自分はまるで知らない。

 そもそも自分を拾ったことさえ主の気まぐれに過ぎない。

 趣味嗜好は多少なりとも二年の歳月で知ってはいるが、過去の話は聞いたことは無い。


 ――自分はあの人のことを何にも知らないし、知ろうともしなかった。


 悔恨の念がリルの心の隙間を、サルバトーレの甘言がリルの油断を、ほんのわずかに射止めたのだろうか。


「そりゃああの人が……しきりに口にすることはあるさ」

「ほう。それはいったい?」


 口を滑って出たのかもしれないが、何故かリルは自分を咎める気にならなかった。


「……「てんせい」――」

「ふむ……「てんせい」……?」


 ヤツの言う通り、もし知ることができたのなら嬉しいくらいだからだ。


 互いが戦うべく揃えた足並みを止め、痛ましくボロボロになった主の姿を思い出していると、この目の前の男に憎悪という憎悪が湧き出して止まらない。


 けれども知りたかった。少しでも、自分が手に届かなかった情報が欲しかった。他者が紡いだものでもいい。ヘルメス・トリスメギストスという一人の人間のことを。


 対するサルバトーレも鴉爪を一歩引く。顎に手を当て、考え込む姿勢でぶつぶつと呟き始める。


「ふむ……「転成」、違った性質への転成。「天成」、天然に成ったモノ。「天性」……フッ、どれも錬金術師には似合いそうな言葉だが……いや――」


 はたと、サルバトーレが目を見開く。


「……「転生」……生まれ、変わり――」


 確信を得たと言わんばかりに。


「――クククッ……カカカッ……ハッハッハッハッハァッ!」


 口角を歪めて、相対する者を恐怖させる愉悦の笑みと共に。


「く、クロォ~? ど、どうしちゃったのさぁ急にぃ?」

「……本当だよ。何がどうしてそんなにおかしい?」


 全てのピースがはまったと、自信に満ちた表情で爆笑してのけたのだ。


 その姿に異変を感じたのは何よりもシュカだ。リルとて例外ではないだろうが、背中を預けた間柄であるシュカには殊更おかしくなったと思えてしまった。


 本物の笑いを見せることさえ珍しい男が。

 偽物の表情を取り繕って鴉の頭として君臨してきた男が。

 真を誰にも見せず、仮のまま日々冷静冷徹に依頼と任務をこなしてきた男が。


 そんな男が、今や人目をはばからず、よもや相棒だったシュカの目さえも慮らず、馬鹿笑いをしては喜んでいるのだ。これが異常と言わずに何を異常と言うのか。


「クハハハッ……いやいや済まない。ともすればあり得る話なんだろう。なるほどな。ハハッ、とことん恐ろしい()だ。いや、同類(・・)だからこそ、通ずるものがあるというのかね?」


 苛立ちが募りそうなヘラヘラした顔でサルバトーレは、こと愉快そうに己のみが理解し面白く思っていることを抜かしている。


「……で? お前は何を知ったと? ほら、さっさと話せ。私もあまり気が長い方じゃあない」

「そうだな。気が変わった」


 別にそんな頭のいかれた男を理解する必要も無いと断じてリルは言うも、途端にサルバトーレの語調が変わる。あからさまに戦意を露わにした声色に、リルも口を歪めて微笑んだ。


「どうせそんなことだろうと思ったよ。いいさ、お前が言いたくなるまで、その服の中にしまってる鳥の羽を一枚ずつむしり取ってやる」


 どう動こうと、ヤツを、主の敵を、殺すために。

 殺しの経験があるとかどうとか、そんなことはどうでもいい。

 今この場で、あの男を殺せればそれでいい。


 サルバトーレの狙いがどうあれ、この結果は分かり切っていたことだ。

 だからリルは『グレイプニール』を抜いたのだ。

 アイツを殺してやろうと、心の底からリルは思っていた。


 さて、ビンビンと感じるリルの殺気を前に、サルバトーレの背後に立っていたシュカもついたじろいでしまう。しかしそれも数瞬のこと、軽く息を整えては、過去の窮地を思い出して平静を取り戻す。


「……ほらぁ、クロォ。本気なら、どうせ使うんでしょ~」


 暗がりに手を伸ばしたシュカが投げ渡したのは、まるで鴉の(くちばし)のように鋭く尖ったツルハシ。


 戦闘用に改良された戦槌――いわゆるウォーピック、更に区別するのならザグナルと呼ばれるものである。闇に溶け込む漆黒のザグナルは、持ち手に巻いてる布までも真っ黒で、艶のある光沢を帯びている。

 槍状になった先端、ハンマーの形に加工された背部の打突面と、状況に応じた使い分けを要求される、見た目以上に使い手を選ぶであろう武器だ。


「フッ、有難いな。こいつを持たなきゃ、俺の全力の半分も出せやしない」


 身の丈に匹敵する長さのザグナルを片手で弄ぶ。閉所でありながら自分の手足同様に苦も無く構え直したサルバトーレ。リルとの間にピリリと、張り詰めた空気が漂いはじめる。


「やはり手に馴染む。お互い得物で戦う者同士、この感覚は理解できるんじゃないか?」

「ああ。使い慣れた武器はいいものだよ。ともに命を奪ってきた間柄だから、なおのことそう思える」


 初めて意見があったような気がする。リルも『グレイプニール』の切っ先を軽く引き戻し、直ぐにでも攻撃を仕掛けられるよう構え直す。


 ヤツの武器のただ真っ黒ではなく艶のある光沢は、幾千幾万と浴びた血のためだろう。同じように獲物の命を奪ってきたリルの武器が浴びているような獣の血ではなく、クロウの武器が浴びているのは人間の血。生命の生きた証を刃身に吸わせ、出来上がったのが自分の分身たる武器でありながら、その刃が向けられる対象は完全に異なっている。


「時に、君は人を殺したことはあるのかい?」


 僅かながら頭を過ぎった思考が表情に出たのだろうか、見透かしたように問いかけてくるサルバトーレ。


「……さてな」

「フハハッ! 嘘が下手だな。主とは違って君は分かり易くて可愛らしいよ」


 ギリッと歯ぎしりし、リルは威嚇するように吐き捨てる。


「ハッ、よしてくれ。嬉しくともなんともない。ただただ汚らわしいだけだ」

「本心だよ。いやしかし、君とは裏腹に、君の主は分かり辛いことこの上ないね。口を出た言葉のどれかに必ず嘘が入り混じるんだから。……天性の嘘吐き、唾棄したくなる女だ……女ですら無いかもしれんな、ハッ」

「吐いた唾は飲ませんぞ――貴様ッッ――!!」


 普段なら口喧嘩程度の、なんてことない挑発だと思うかもしれない。だがこの時のリルには怒髪天の失言であったことに間違いない。


 怒り任せに振るった長い刃長をたわませて、通常ではありえない角度を反射するように、『グレイプニール』の白刃がサルバトーレを襲う。


 狙い通りと上段から串刺しにせんと迫る刃を、サルバトーレはザグナルを豪快に縦に振り下ろして弾いた。そのまま地面に突き刺さり木の床を陥没させる威力と速度はやはり凄まじく、直前で軌道を変え首を貫こうとしたリルもつい防御に回ってしまう。


「〈鴉刃(からすば)〉――」


 そこへさらに逆方向へ返す刀を、ハンマーでの一撃をリルは読み取った。『グレイプニール』を構えるために床のすぐそばに転がしていたククリナイフを蹴り上げ、刀身の腹で素早く受け止める。

 普通なら悪手にも程がある。勢いがついた打撃は、薄く鍛え上げた刀身など簡単にへし折ってしまうからだ。


 ――だがこの刃なら必ず耐える。


 リルは確信していた。己が主の武器はこれしきの重打に打ち負けるはずがないと。必ず耐えきり隙だらけになったサルバトーレに致命の一撃を与えられると。


 だからこそ、受け止めた際に自分の身を走り抜けていった「衝撃の塊」が不思議でならなかった。


 腕に走る衝撃は想定の範囲内。片手で受け止めるのだ。殺し切れない衝撃が痺れとなって腕を襲うのは当然のこと。しかしその痺れは塊となって体を移動していた。一点に収束したエネルギー、とでもいうのだろうか。自分の体にねじ込まれた、異物のように大きな塊が、腹の中の二か所で留まったことに不快感と違和感を覚える。


「君も我流ながら技を以て俺を相手取った。だからこちらも技の一つは見せないと、だろ?」


 ニヤリとサルバトーレが笑んだ刹那、リルの身体の内で、二つの衝撃が爆ぜた。


 音もせず発生した圧力が、身体の内側より内臓を、血管を、ありとあらゆる体内の器官を圧し潰す。


「ガッ――ハッ……!!」


 防御を維持することもままならず、リルは打ち込まれた反動で壁に強かに叩きつけられた。


 ――身体の中で……なんかが爆ぜた……!?


 肺の中から空気を吐き切り、指先すらピクリとも動かせない。体内の、内臓の、そのさらに内側から殴り付けられたような、味わったことのない痛苦。腹部の中央、そこから少し左下の部分へと叩きこまれた二か所の痛打は、呼吸を阻害してリルの体の自由を奪う。


 それが先ほど腕から通過していった衝撃だと気付くのに大して時間はかからなかった。しかし急性的な酸素欠乏症状とあまりのショックにリルの意識に陰が差す。どうも十分に血が回っていないようで、気絶寸前にまで追い込まれたようだ。


「有り難う、フェンリル。錬金術師の従者よ。君のおかげで我らがこの国でこなす仕事の殆どが終わったよ。……だがまだ半分だ。裏付けが取れてこそ、報酬は全額支払われるのだ。……全額は貰わねば、死んだ団員も報われなかろうよ」


 ――仕事? 裏付け?


 全身に回らない血が頭だけに巡るはずもなく。思考がだんだんと朧になっていく。それでもサルバトーレが自分に何をしようとしているのかは、紛争程度とて戦乱に身を置く者として十分理解していた。


「本当なら君のような若い子を殺すことは主義に反するのだが、今の君の状態(・・・・・・・)ならすぐにこちらの位置を特定できるだろう。こちらの拠点をあちこち襲撃されたら、さしもの我々とて困りものだ」


 ザグナルを構え直し、突端の切っ先を脳天に突き付ける。


「だから、君はここで始末する」


 こちらの返答を聞くはずもなくそのまま思いっきり振りかぶったザグナルを、大上段から振り下ろした。


 ギャリイィィィンッッッ――――。


 響いたのは、鋼の音。

 よく手入れされた、剣の音色。

 剣を持っている人などリルの中で思い浮かばないが、確かに切り結んだ残響が聴こえた。


 もはや真っ黒に暗転した視界に、サルバトーレのザグナルを止めた者の姿を留めることはできない。


 だが、とどめを刺そうとした当の本人の、やれやれといった声でその正体がわかる。


「……よく、ここが分かったな。レジーナ・フラメクス」

「勿論、首を掻っ捌かれたホトケさんを見つけなきゃ、さすがのアタシもスルーしてたわよ」


 黒のザグナルと対照的な銀の剣を構えているのは、『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』が小隊長――レジーナ・フラメクスだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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