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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#54 狼鴉激突

 リュノアが『屍喰いの鴉』の団員に送られた数分後、暗い路地裏のクロウとシュカの二人だけが隠れ家に残っていた。


 薄らとした明かりが二人を照らす。

 二人の間に漂う無言。

 無言が彼らを嫌うことは無かった。


 ただただ静かな空間のみが二人の心地を悪くすることなく、やんわりと流れていくだけ。普段なら無音を愛するように、穏やかな心持ちで時間のみが過ぎていくはずだった。


「……臭い立つな」

「へぇ~……って、何が?」


 そんな静寂を破ったのは珍しくクロウからだった。


「濃厚な臭いだ。血に飢えた獣特有の、隠そうともしない殺気の――」

「……ふ~ん?」


 口角をニヤリと上げたクロウが、椅子の背もたれからゆっくりと身体を起こす。


 途端に不思議と、扉が力無く開いた。古い扉だからかギシギシと、やや耳障りな音を立てながら。当然ながらノックはされていないし、こちらから呼びかけてもいない。同じ師団長のコルヴォでさえ、訪れる際は一言の断りを入れるものだ。


「ちょっと誰よぉ~?」


 不機嫌そうに髪を掻き分けて、シュカが呼びかける。

 普段ならばそんなことをした団員に拳骨一発と晩飯抜きの罰だけ与えて笑って済ます程度。

 だがしかし、そもそも開いた扉の前に立っているはずの団員がいない。


 ほんの数瞬だけ考えさせられる時間を与えられたシュカが、はたと思考を戦闘モードに切り替える。


「……さっきまで番をしていた団員は、あのコ連れてったわよ、ねぇ~?」


 シュカは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。さらにその補充で別の団員が番をするまで確認していた。だから扉の前に誰も居ないことはおかしなこと――。


「シュカ、下がってろ」


 手で制しながら立ち上がるクロウを見て、シュカの警戒心は頂点に跳ね上がる。状況を理解し、扉から距離を取って戦闘態勢に入る。


 ……入るまでの三秒程度の時間だった。


 陰がゆらりと、影がぬらりと、輪郭を持って確かに動いたのだ――。


「クロ――」


 なにより先に下がっていたシュカには影の輪郭が触れることは無いだろう。だが彼女よりさらに前に陣取って、なおかつ彼女を庇うような位置にいたクロウは接触してしまう。


 総団長を捨て石のような扱いにして引いた――その事実を悔いる前に――。


 ガギャンッッッ――!!


 刹那、ぼんやりとした部屋の明りがゆらぎ、耳を弄する金属を強烈に打ち合わせた音が、狭い室内を満たすように響き渡る。


「……正直、心底驚いているよ。錬金術師の後ろで威嚇ばかりしていた少女が、まさかここまでたどり着くとはな」


 軽口を、にわかにひきつった笑みで引きずり出したクロウ。


 突き出したように蹴り放った右の足刀には、二刀のククリナイフが力強く押し付けられていた。


 銀色の、精緻な文様が刻まれた、肉厚のククリナイフが二刀。


「言いたいことはそれだけか?」


 その持ち主が、閃光もかくやな速度で斬り込んだ影の正体が、一瞬の攻防を見逃しかけたシュカの瞳に映った。


「――お前は……っ!?」


 白黒の侍女服を纏う黒髪の人狼の少女――錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスが従者、フェンリルである。


 驚嘆して気圧されてしまったシュカなど気にも留めず、リルは意識をクロウに戻す。


 ――完全に気配を断っていたはずなのに。


 驚きまじりに、だが即座に思考を今に合わせる。


「我流――〈(むくろ)()ち〉」


 分りもしない声量でそう呟くと、ククリナイフを胴体目がけて十字に叩き合わせる。


 無類の硬度を持つ神銀を加工した得物――研ぎ澄まされた切れ味もさることながら、打撃武器としても無類の性能を誇る。そんな物質をかち合せれば、果たしてどうなるか?


 再びクロウが左の足刀で受け止めようとすると、初撃をはるかに上回る衝撃でさらに強烈な斬撃が叩き込まれたのだ。


 再び爆発じみた金属音が鳴り響く。ひときわ大きな残響を伴って、骨の髄まで響きそうなくらいの重い重い一撃だ。クロウの足にも当然相当のダメージを負わせたはずだった。


「ぐっ……オオゥ……普通の人間だったら、骨一本じゃ済まなかっただろうな」


 が、踏みとどまって持ち直したクロウは、歯を食いしばって痛がっているものの、余裕そうな佇まいは崩していなかった。打ち込んだ感触から、発言通り骨すら折れていないだろう。

 しかし、相対するリルはその余裕を、打ち込んだ際に感じた感触を、そして意趣返しのように知覚したことを統合して理解する。


「さっき、貴様は私のことを血に飢えた獣と言っていたな。臭い立つだとかなんとか」

「ん? ハッ、なんだい? 気付いてなかったのかい? 殺気だった獣臭をまき散らしていたことをさ」

「いや、なんだ。そっくりそのまま貴様に返してやる。お前から掃きだめの臭いがプンプンするんだよ。ゴミ捨て場の害鳥のな」


 やけに敏感な嗅覚が感じ取った鳥獣の臭いと、『鴉』の名を冠する団名。


「獣人種、鴉獣人とはな。鴉の王様が鴉の獣人、似合っているぞ、クロウとやら」


 こと分かり易いまでにリンクする二つの情報に、些かな捻りの無さまで感じられる。リルは思わず笑いかけながら卑下するようにねめつける。


 見え透いた挑発のようなセリフに誰よりも敏感に反応したのは、制されたシュカであった。


「……チョーシこいてんじゃ~ねぇよぉ、この駄犬がぁ」


 間延びした口調そのままに語調で怒りをあらわにする。どこから取り出したか、イバラのように棘がびっしりと生えた鞭を片手に、蛇の獣人特有の縦に伸びた黄色の瞳孔で睨みつける。


「二人一緒でも構わんぞ? まとめてゴミ捨て場の生ゴミに変えてやる」


 リルは一切臆さず、むしろ嬉しそうなまでにククリナイフを構え直す。獣人種のみのこの空間。ともすれば、戦いの高揚に誘われやすい種族の特性でも触発されているのだろうか。血気盛んに互いを威圧しあう。


 キリキリと肝が痺れるような状況の最中、まるで臆せずに再びクロウは二人の間に割って入る。


「いいから下がっていろ、シュカ。さすがのお前だろうと分が悪い」

「……アタシぃ、これでも師団長なんですけどぉ? あんなイヌッコロにやられるほど、甘かぁないわよぉ~?」

「俺でも難儀するような相手だ。たとえ倒せても五体不満足になってもらったら困る」


 じっと、並の人間なら見ているだけで射すくめられそうな蛇の瞳を前に、一切臆することなく、苦言呈することなく言いくるめる。


 遥かに鋭い、刺すような黒い眼光を以てして――。


「そう、君の……たしかフェンリルと言っていたな。言う通りだよ。俺はゴミ捨て場の害鳥さ。いや、ウチの団員はみんなそうか。ゴミ捨て場の害鳥の群れかもしれんな」


 ケタケタと、愉快愉快と嗤う男の瞳に、暗い光が灯っている。


「だがね。害鳥にも害鳥なりの矜持というか、誇りはあるものだ」


 力を込めて足を突き出せば、斬り裂かれた黒革のズボンを押しのけ破り、皮革以上の光沢をもった黒い鳥のような爪が滑り出る。


「では、改めてご挨拶をば――」


 鴉の獣人の名に恥じぬ、黒曜石の刃が如き鋭い五指の黒爪が姿を現した。


「『屍喰いの鴉』が総団長、鴉獣人、クロウ=サルバトーレ・ダリウスだ。光栄に思ってくれ。この国で自分の名を語るのは、これが初めてだからな」


 サルバトーレ・ダリウス――そう名乗った男から感じる圧力が高まったのを感じた。


「……いやぁクロォ~……アンタ、名乗ってなかったっけぇ~?」

「ん、そうだったか? まあいいや、カッコつけにはなるだろう。本気を出したのは本当の話だからな」


 引くに引かれぬ状況になったことを焦ったなどでは決してない。この男は敵と認めたからこそ名乗り、名乗ったからこそ本意気を見せているのだ。

 クロウの……サルバトーレの戦いに挑む姿勢が変わったことを、リルは理性よりも本能が先にしっかりと理解していた。


 ククリを澱みなく構え直す。その所作は今まで己が主(ヘルメス)には一度も見せたことが無いほどに優美で、スムーズなものだった。


 敵として認めた者に見せた所作、ではない。自身に近い……いや、超える実力を持つであろう人物に対し、今自分ができる最高のパフォーマンスを表現したらこうなった。……言いたくはないだろうが、ある種の敬意を表現したらなってしまった、そういうものだった。


 そんな戦いを望むリルに対し、サルバトーレは揺さぶりをかけ始める。


「ちなみにだが、君は何か目的があってこちらに来たのだろう? そう、例えば、どこぞの犯罪組織に攫われた、どこかのご令嬢を救出しに来た、とかね」

「話が早くて助かるな。私も幸運だった。森にいた貴様らの残党を狩っている内に、知った人の臭いがしたから追ってきたらこうなった。日頃の行いの良さかな?」

「しかし残念ながらここにはもういないんだ。というより、早々にお帰りいただいた」

「……なんだと?」


 目的を見透かされた言動に、リルの動きが止まる。


「嘘じゃあないさ。おそらく扉の前でだらしなく倒れてるヤツはその代理で立っているだけさ。可哀想に、まさか立っていただけで襲われるなんてな。君流に言えば、日頃の行いの悪さが出たのかね?」


 ――その笑い方が気に障る。


 誰かに似てる笑い方。それに輪にかけて言葉使いが一々鼻に突く。


「再三ながら使わせてもらうとしたら、俺もシュカも日頃の行いが実は良かったのかね? あれこれと目的を果たしている内に、幸運にも好都合な展開が転がり込んでくる。俺は運命を信じないタチだが……おっと、君の主殿が嫌いそうな流れだね。やめとこうやめとこう」


 なぜだか、どこか己が主と、ヘルメスと似ているヘラヘラとした言葉回し。茶化すような口ぶり。

 しかしヤツの口から出る言葉は一つ一つが何故かふわふわと空気のように軽く感じる。似ているものの受ける印象はまるで違うのだ。


「そう、俺は何より聞きたいことがある。他ではない君に。『天秤の錬金術師』と呼ばれし古き錬金術師に仕えている、若き君にだ」

「…………」

「君は自分の主のことを……錬金術師、ヘルメス・トリスメギストスのことをどこまで知っている?」

最後までお読みいただきありがとうございました。


きっかり二か月ぶりです。

マジで二部は今年で終わるんでしょうか。


あとクロウテメェ最初に名乗ってただろうが、普通に忘れてたぞ。

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