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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
52/62

#48 精魔合流

 所変わってルベドの森中層。神霊種の里を南下して約二百メートルほど。


「はぁっ……はぁっ……」

 

 竜巻で吹き飛ばされたヘルメス、シアラ、ニルドの三人は、森の中をあてどなく彷徨っていた。


「ヘル、メス、さん……生きて……ます、か……?」


 返ってくるはずがない返事を待って、シアラは非力ながらもヘルメスを担いでいる。ヘルメスへ魔力の供給を送りながら進む彼女はとかく遅く、なおも少しずつ速度を落としていく。


「――――」


 その後ろ。物言わぬ屍のように、ただシアラの後をついて歩いているニルド。銀の瞳は何処までも虚ろで、魔力の喪失でボロボロになった体は頼りなくふらついている。

 闇の精霊『スプリフォ・ニクス』を呼んだ代償か、自暴自棄になって同胞までも殺そうとした心の揺れか、はたまた長殺しの犯人(ヘルメス)に救われたことに未だ信じられずいるのか。心ここにあらず、といった様子だ。


「ニルドも、生きてます……か……?」

「…………」


 同じく返ってくる答えは無い。僅かに残った意思でついていってるに過ぎない。


「きっと、きっと……中層に戻れば……ヘルメスさんの……」


 息も絶え絶えの今、向かっているのは木っ端微塵になったヘルメスの家だ。地上には何も残っていないが地下には錬金工房がある。難しいかもしれないが、精霊の力で床を壊せば薬品か薬草の貯蔵があるかもしれないし、誰も居なくてもミストルティン――ヘルメスの番竜が帰ってきているかもしれない。ヘルメスの仲間の誰かと連絡が取れれば御の字だ。


「耐えて……ください……私の……魔力、で……!」


 そう言っているシアラの魔力も底をつきかけていた。通せば通すほどに漏れ出る魔力を補うべく、魔力を通し続けていたためだ。穴が開いた桶に水を流し続けている行為に等しい。けれども、そうでもしなければヘルメスは既に死んでいただろう。尽きかけの息を保っているのもシアラのおかげだ。


「火柱と……竜巻……見た人が……居るはず……」


 『屍喰いの鴉』――森から準備万端に現れた奴らは、元より神霊種たる自分たちの奪取を目的にしてたのだろう。おそらくヘルメスが生み出した火柱……〈均き夢幻・天罰の焔戒〉は関係無い。里の所在自体は前から目星を付けていたはずだ。


 ――だとしてもあれだけ派手な火柱が上がれば、誰かしらが気付いてきてくれる……ハズ!


 ルベドの森、ヘルメスの錬金工房廃墟前。

 辛々辿り着いたその先、縋りたかった救いの手にようやく巡り合えた。


「やっぱり……来た! 二人とも!」

「――ヘルメスさん!」

「……まさか、こんなことが――」


 声の方角に目を向けると、森の中から三人が姿を現した。

 汚れた緑の外套に身を包む少年、魔法使いのヨハン。その背後に純白の修道服を身に纏う少女が息を軽く切らしながら後を追い、さらに後ろには十字槍と白い鎧を着こんだ偉丈夫もついていた。


「ヨハンさん……良かった……本当に良かった!」


 泣き出したい気持ちを辛うじて抑える。ヨハンが連れて来た後ろの二人は果たして誰か、あまりに推し量ることができなかったからだ。


「あの……あなた、方は……?」

「申し遅れました。私は『聖天教』の聖女……今は主教も兼任しております、ラフィーゼ・エリュシオンと申します。こちらは聖堂騎士長のリキエル・ジンドラーク、私の従者です」

「以後お見知りおきを」


 ラフィーゼの優雅な一礼に、リキエルの見事な敬礼。その目に異種に対する奇異は無い。ヘルメスの知り合いともあって、今度こそ肩の力を抜くシアラ。


「は、はい! ありがとうございます! シアラ・ウィル・マナリア……神霊種の女王、ですっ!」

「話はヨハン殿から聞き及んでおります。現状を察するに、そちらも逼迫(ひっぱく)した事態であることは窺えました。さあ、自分がトリスメギストス殿を運びましょう」

 

 そう言って軽々ヘルメスを担ぎ上げたリキエル。途端に表情が困惑に染まる。


「……軽すぎる」

「貴方が力持ちだからじゃなくて?」

「いえ。おそらく重度の魔力欠乏……本来ならば体格から見てもっと体重はあるはずです。何故ここまで酷い状態で生命を保てているのだ……?」


 リキエルの言葉にラフィーゼも触れたが目を見開く。冷め切った体はまるで夜風に吹かれた石のようだ。息も弱々しく、最低限の生命活動しかしていないのが目に見えていた。素人目から見ても絶望的だ。狼狽えたラフィーゼの反応に、とうとうシアラは泣き崩れる。


「手を尽くしても、どうにもならなくて……私じゃどうしようも……どうしようかと……」

「なるほど。……後ろの方も怪我しているんですか?」

「……彼女は……ニルドは、怪我はありません。ですが、今はそっとしておいて、ください」


 ただ俯いているだけのニルドも怪我はない。……それでも、シアラには触れることができなかった。今だけは落ち着いて休んでもらいたいところだった。


「それで、錬金工房の扉は?」


 階段の下を指さして、ヨハンが苦々しい表情で言う。


「……頑張りましたが、まったく。です。物理的に破壊することは不可能ですよ」

「ヘルメスさんの魔力を通すことで開閉するみたいですし、今まで取り込ませた魔力で扉を防護しているそうです。私も、なんとか……『スプリフォ』を呼び出して……ぐっ」


 シアラが膝をつく。彼女の魔力もからっけつだ。


「マナリア女王よ。貴女も少しお休みください。トリスメギストス殿ほどでなくとも、消耗が見て取れます……可及的速やかに、安全な場所に向かいますので」

「しかし教会には戻れませんよ? 跡形無く盗賊連中が発破をしかけられ、もう……安全とは言えなくなりました」

「……なんとかヘルメスさんの錬金工房を開けましょう。そもそもヘルメスさんの体は普通じゃない……まともな医療じゃどうにもなりませんから」

「しかし我らとて薬学の深い造詣などは……それに錬金工房にあるのはトリスメギストス殿の薬、まさに人智を超えるものしかないのでしょう? 成分も性質も知らぬ物を与えるわけには……」


 リキエルの言い分はもっともだ。常に常ならぬ物を作り上げる彼女の御業を、薬品を。この場に居るものは一切知り得ない。とはいえなんの処方もしなくてもいずれ死に至る。


 がさりがさり――。


 表層方面の草むらが騒がしく揺れ始めた。


「うわっ、また来た!」

「チッ……こんな時に限ってまあ……!」


 現れたのは醜小鬼(ゴブリン)――高い知能を持ち、群れを作ることで知られている二足歩行の魔獣。

 一体一体は他の魔獣に比べて低いものの、当然身体能力は人間とは比較にならない。また武器や防具を簡易的に制作する特徴もある。群れを作る性質もあり、数の暴力を以て襲い掛かることを主な戦術にするため侮れない魔獣だ。


「数だけが厄介だな!」

「特殊な能力が無いならいくらでもやりようがありますよ!」


 群れに臆せず立ちはだかるは、十字槍を構えたリキエル。


「ラフィーゼ、マナリア王女、御下がりください! 我が盾となりましょうぞ!」


 果断なる態度にて迫る醜小鬼(ゴブリン)の群れが近づくや、十字槍の穂先をおもむろに突き込んだ。名前通りの十字に配置された刃が、まとめて醜小鬼(ゴブリン)たちの首を刈り取っていく。草縄に石をあてがう防具の類は何の意味をなさない。


「おっるぁぁぁっっ!!」


 見た目と膂力に違わぬ十字槍の一閃。長く重い槍を小枝のように振り回すリキエルは、辺り一面を不浄の鮮血で黒く濡らす。


「ヨハン殿、漏れた敵は頼むぞ!」


 それでも群れを相手取るには手数が足りない。


 対してヨハン。転がる小石を拾い上げると、〈音魔術〉を行使する。


「〈共振(レゾナンス)〉――〈振動弾(レゾナンスバレット)〉」


 ブブブッ――やにわに振動音が小石から響くと、抜けた醜小鬼(ゴブリン)に目がけ石ころを投擲する。


「シッ――!」


 手ごろなサイズだが威力は驚異的。ズドン、ズドンと、一発一発が着弾する度に炸裂音を響かせ、醜小鬼(ゴブリン)の肉体を貫徹していく。


 〈共振(レゾナンス)〉――様々な物質へ音波による振動効果を付与する音魔術。本来は微弱な振動を与え、物質の内部構造の検査や遠隔での室内索敵に使用するものだ。音の反響を読み取り、家具や人の配置を調べるのが主な用途。


 これを攻撃に応用したものが〈振動弾(レゾナンスバレット)〉だ。音の振動効果を投擲物に乗せることで、威力を飛躍的に向上させる。

 考案者のとある錬金術師(・・・・・・・)曰く「物体の分子結合を切り離し、振動により生じる高熱で肉体を溶断する」だとか。欠点は大きすぎる振動を与えると投擲物自体が自壊してしまうくらいだ。


「抜けた醜小鬼(ゴブリン)はここで留めます! できるだけ漏らさぬようお願いします!」

「前衛は任せてもらおうか!」


 少しずつ削り倒していくが相手は多い。抜けていく敵を取りこぼさぬよう連射速度は上げていくが、小石を壊さず繊細なコントロールをするのは困難を極める。二人がじりじりと押されていく。


「くそっ、まずいな……」

「一撃、ぶっぱなしましょうか!?」

「いや、ヨハン殿。それは避けたい! 鴉が森に潜んでいるやもしれぬのだ!」

「音でばれる……ってことですね。だったら――」


 プランBに移行するヨハンが、ふと足を止める。


 尽きかけていただろう魔力が膨れ上がる気配を肌で感じる。


「……顕現せよ、『スプリフォ・シルフィード』――」


 二人の後ろで、魔力が渦巻く風を形作った。


「なっ――!?」

「シアラさん!?」

「今は……一分一秒が惜しいんです。そこを――」


 双眸に湛える激情。翡翠の輝きがさらに強まると、呼応して魔力が滾った。


 膨大な魔力反応に気付いたヨハンとリキエル。


「全員伏せてッ――〈障壁(シールド)〉ッッ!!」

「うぉぉっ――!?」


 烈風の刃が森を、群れを、万物を斬り裂いて吹き抜ける。

 吹き荒れる風は枝木や石ころを巻き上げ、辛うじて断ち切られず耐えたそれらをも白刃と成す。範囲内の物質が乱気流に押し流され、空間上の物体へと突き刺さり、圧倒的速力を以て切り刻んでいく。


「退いて、ください――っっ!!」


 悲鳴も意識も、肉も骨も、血も涙も飲み込んで。

 眼前のありとあらゆる物を旋風が引き裂く。

 魔力を押し固めた盾を張るも、簡易的な壁にしかならない。


「やばっ――」


 当てられる風圧のみで亀裂が入る。

 こじ開けるようにヒビが走っていく。

 割られるのも時間の問題だ。


 しかし、今の「ヤバい」は〈障壁(シールド)〉が割られる事態についてではない。


「耳を塞いで! 衝撃に備えて!」


 喝ッッッ――と背後から耳をつんざく大音響が放たれる。


「うぉわぁっっ!?」

「きゃあっっ!」

「ぐっ……!」


 竜巻の威風を通り抜けた音の壁がせき止め、空気の波動が押し返す。


「これは……!?」

「……ステラさんの、〈爆響(ソニックフレア)〉……僕の魔術の模倣ですよ」


 耳を塞いで音の方向を見るヨハン。倒れた神霊種たちを乗せた荷車を引いているステラとヴァニラが森の奥より姿を現した。


「助かりました、ステラさん。……でも、あんまり真似っ子はやめてくださいよ。自信無くなります」

「あらら、どうしてかしら? とってもいい魔術よ?」

「……威力がダンチだから嫌になるんです」


 大人びたヨハンが珍しく拗ねている。


「シアラちゃんごめんなさい。アルボザ殿含めて三分の一ほど、なんとか救うことができました。でも二十人くらい持ってかれちゃいました」

「……いえ、むしろありがとうございました。こちらはおめおめ逃げたまま、どうすればいいのか分からない状況でしたので……」

「私の矜持を賭けて奪還いたします。それに……こちらも、急務ですね」


 今にも息絶えんとしているヘルメスを一瞥し、階下の錬金工房の扉へと向かうステラ。


「中々の耐久性ですね。ヨハンくんの魔術をもって破壊できなければ、手段は一つでしょう」


 腰を落として呼吸を整える。立ちどころに湧き立つ魔力を掌、そして腕全体に集中させる。足を強く踏みしめ、腰の捻りを加え、全身を連動させて突き放った。


 ギラリと鋭い眼光は扉の一点を捉えたままに、詠唱する――。


「〈絶衝刻印(エングレイヴ)〉」


 メギャンッッッ――ッッ!!


「うっ――!」

「……なにが……起こったの?」


 それは地上、上階の反応だった。擬音にすらし難いほどの雑音が階段の下から聴こえた。……そして、それを傍で見ていたヨハンは、あまりの衝撃に階段へとめり込んでいた。


 ――掌底……の魔術……?


「ガフッ……」


 声が出ない。強い圧力で木の階段に押さえつけられたため、肺の空気全てを絞り出されてしまった。

 初動は確かに見えていた。確かに手の付け根を打突面として、扉に向けて打ち込んだ。そして確かに、腕が消えるほどの速度で動いていた。

 しかし消える刹那、ガントレットの周囲を粒子のような炎が覆いつくした。それが扉に着撃した瞬間大爆発を伴って穴が開いたのだ。


 爆弾を先端に括りつけたハンマーを叩き込んだ……とでも表せばよいのか?

 魔術と呼ぶにはあまりに物理的で、思わず「掌底魔術」なんて言いそうになってしまった。

 とはいえ、おそらく年単位で取り込ませたヘルメスの魔力を、瞬間的ながらも上回ったのだ。


「ちょっと乱暴ですけどね……ともあれ開きましたよ」


 柔和な笑みを浮かべてステラは開門した錬金工房の入り口をこじ開ける。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 

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