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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#47 軽佻浮薄

「ひとまず、私がいいと言うまではヴァニラちゃん。魔術禁止ね」


 反論をさせる暇も与えず口を手でふさぐステラ。


「助けるために来てるのに、ヘルメスちゃんたちどころか神霊種までまとめて吹き飛ばしちゃ、本末転倒でしょう?」

「っぷは! でも、どうするのー? こうして見てるだけじゃ、いつか飛んでっちゃうよ?」

「大丈夫。先に翼竜(ワイバーン)を堕とせばいいの。後は適度に重力の加減をしてもらえば、私一人でも十二分よ」


 微笑みを絶やさないステラ自身、ヴァニラと同じくらい深く考えていなかった。『屍喰いの鴉』の練度自体は道中捻った連中から察するに、そこそこといった程度。裏組織の中でも多少は鍛えたくらいに思っていた。


 現在の状況も、抵抗できぬ者を運ぶだけ。警戒はしているがあくまで理内の出来事のみ。災害のような理外の事象に相対すれば、簡単に崩れるくらいに隙があった。


 つまり隙を作る。隙を作る魔術には心当たりがある。即席ながらも放てる、可能な限り安全で効果的な魔術が――。


「まあ、なんとかなるわね。まずはお掃除よ――〈爆響(ソニックフレア)〉」


 慈母のような笑みをたたえていた彼女にはまるで似合わない、肉食獣のような犬歯を剥き出し、口腔を露わにする。詠唱の刹那、カパアッ、と開いたステラの口から、音の衝撃が解き放たれた。悲鳴をも飲み込み、神霊種を積み込もうとする鴉を文字通りかっ飛ばして場を荒らしていく。


「むー? あんまり……効果無さげ?」

「あら、あの一帯は空気が薄いのかしら……音の通りが悪いみたいですねぇ」


 かしげるステラだが被害は甚大、晒された鴉の団員たちは木っ端のように吹き飛ばされた。


 今の魔術は『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』が一員、魔法使いヨハンが得意とする〈音魔術〉の模倣改造(ラーニング)だ。本来は苦手な音域のみを強力にするだけだが、ステラが放ったそれはさながら轟雷の如し鳴動。音と同時に押し出される空気の壁で殴打されるに等しい。


 魔術の放射地点に近かった者の鼓膜は破壊され、多くの者が聴覚に大きなダメージを負う。平衡感覚にまで達する異常に、そこら中で転び倒れる者が続出する。謎の空気の薄さが幸いしたのかどうか、気絶しているためなのか。エルフたちの方がよっぽど被害は少ない。鼓膜は辛うじて守られていたようだ。


「……チッ、バカデケェ声だな……やはり来たか。おい、翼竜車を飛ばせ! 各自撤退、アントニオとフリスクは支援、シルヴィオは俺と足止めしろ!」

「「「イエッサー!」」」


 音を聴きつけたコルヴォが姿を現すや、現状を素早く把握。師団内の上官と思しき男三人に指示を飛ばす。


「ヴァニラちゃん。ほんのちょっとだけ(・・・・・・・・・)、重力を強くしてちょうだいな」

「りょーかい! 〈高重力場ハイグラビティフィールド〉!」


 魔術行使と同時にヴァニラが大槌を地面に打ち付けると、里周辺の空間の重力が強くなる。


「――おもっ……」

「うげぇっ……沈、む……」


 およそ、抵抗しても耐え切れずに地面にめり込んでいくほどに。


 そんな常人が立つのもままならない重力の中を、ステラだけ電光石火の速度で突き進む。勢いを殺さず翼竜車の前に躍り出るや一瞬の詠唱――。


「〈竜断(ドラゴンスレイヤー)〉」


 稲光を纏った手刀が瞬く間に翼竜の首を真っ二つに両断。その凄まじい威力たるや、真空の断層を生み出し、手刀の向く先の団員すらまとめて斬り裂いていく。かまいたちと呼ぶには過剰なまでの切れ味を誇り、見えないダメージを負ったと錯覚するほどだ。


「重力解除!」

「あいあーい!」


 ステラの合図でヴァニラは魔術を解除。重力が通常に戻った瞬間、さらにステラのスピードが上がる。地面が抉れ爆ぜるほどの踏み込みを以てして、ジグザグ走行を繰り返しながら手近の鴉たちに一撃をお見舞いしていく。装着した銀のガントレットが、文字通り一撃で意識を刈り取り、戦意を打ち砕いていく。


「そこまでにしろ、クソババアが」


 悲鳴を上げる間もない団員とはまるで違う気迫。

 コルヴォは抜剣し道を塞ぐ。

 一目で違い年若い少年のものとは別物だ。


 ――あれが、あの子が、この一団の首魁。


「ゼアッ――!」

「シィッ――」


 互いに息を止め、剣戟と拳撃を叩き込み合う。

 

 打ち合わせたのは拳と剣。

 打ち勝ったのは、本日は拳。


 剣とガントレットから烈火が迸り、コルヴォは大きく押しのけられた。マスクに覆われ表情は掴みにくいが狼狽が見て取れる。


「この戦闘スタイル……『暴食のステラ』――お前も与しているとは……!」

「コルヴォ=ランピオン・スレイグレイブ――伝えられた人相通り、『商人』の師団に間違いありませんね」


 銀色のガントレットを装着したステラの動きは魔女どころか、武術家の一線を画す。

 コルヴォの一撃は無駄を排した鋭い一閃だった。首筋目がけ閃く切っ先を、ガントレットの背面で受け、流し、腹部に痛烈な一撃を叩き込む。

 たった一合の切り結びで腹に痛打を受けたコルヴォは、思わず口――マスクで塞がれているが――を押えて飛び退いた。


「がぁっ……シルヴィオッッ」

「イエッサー!」


 後方から名前を呼ばれた団員が姿を現す。だがあまりにも正直すぎる。連携と呼ぶにはあまりに拙い。即座に反応し、振り返りざま裏拳を側頭部に打ち込む。衝撃でマスクのグラスを叩き割り、昏倒させるには十分すぎる一撃――そのはずだった。


「シルヴィオ・シルヴィーノ――お前の証は受け取った。後は任せて、先に逝け」


 籠手の矢筒から三本速射される仕込み矢を放つと、百八十度身を翻すコルヴォ。牽制目的か、そのまま背を向けて逃走したではないか。ガントレットで力任せに矢を払いのけ、追い打ちをかけようとするも足が止まる。


 コルヴォの籠手の先端には、何やら銀色に輝くものが括りついていた。

 二対一組のドッグタグ。その片割れだ。誰のものか、そして何故彼の下にあるのか。

 理由を考える暇を与えず、且つその意味を自供するようにシルヴィオは、死にそうなくらいに低い声で咆えた。


「ア……ディオ……ス、師団長(ボス)……!」


 目玉が飛び出かけるほどの裏拳をもらってもなお、離れないシルヴィオ。

 片手には導火線に火が灯った爆弾。もう片手には右腕に絡めた、「決して離さない」という意志を宿したかぎ爪ロープを握りしめて不敵に笑んでいだ。


「まさか――」


 バグォォォンッッ――!!


「あらっ!? ステラぁ!?」


 黒煙を伴った強烈な爆炎に包まれる二人。

 まさかの自爆にヴァニラも悲鳴を上げた。まともに食らえばステラとて致命傷を負うだろう。それに爆弾の中心地にいた男――シルヴィオは確実に死んでいる。


 いや、死を覚悟したからこそ、自分の証をコルヴォに渡しておいたのだろう。その間に態勢を立て直したコルヴォはすぐさま指示を出す。


「急げ! もう一台(・・・・)早く飛ばせ!」


 森の奥、一台隠していたのか翼竜車がふらふらと飛び立った。未だ〈爆響(ソニックフレア)〉に竦んでいるのだろう、震えながらも鞭打たれ、徐々に高度を上げていく。その足先には三段の籠、一段約六人前後積載されているのが視認できた。


「もう一台……」


 滞留した黒煙を拳圧で吹き飛ばしながら、ステラは姿を現した。負傷はおろか服や毛先の一寸さえも焼け焦げず、彼女はまったくの無傷だった。団員一人を使った自爆特攻が効かなかった事実。だが臆するも驚くもなく、ただただコルヴォの冷徹な指示のみがこだまする。


「各個散開! 三人の分隊を組んで撤退しろ! 正面からやりあうな、火力も速力奴らの方が上だ!」 


 号令へ「イエッサー」の返答のみを残し、懐から各自取り出したボールを地に叩きつける。途端に煙が辺り一面立ち込める。


「ということだ、『暴食』の。悪いがここでおいとまさせてもらう」


 翼竜車が無事離れたのを確認し、コルヴォも煙玉を地に叩きつける。毒性の無い白煙は瞬く間に森の一画を満たし、その場から離れる者たちの行方を覆い隠す。


「……抜かりましたねぇ」


 ガントレットの内で拳をやるせなさそうに握りしめる。


 追撃はできない。ヴァニラは威力に特化した魔術しか使えず、精細なコントロールを要する魔術はステラのみが使える。しかしもはや高度も速度も十分に取られてしまった。撃ち落とせば、載せられた神霊種たちの安全は保障できない。


 さらに翼竜車の残骸、籠の中を破壊しながら確認して確信する。案の定、撃墜時に一切合切残らぬよう、爆弾がびっしり仕掛けてあった。当然の如く服毒自殺している団員のことも鑑みて、いざとなれば何もかもを吹き飛ばす覚悟があったのだろう。


「子供と思って抜かったのは私めの不手際……まったく末恐ろしいものですねぇ。今どきの若い子は……」


 思わず感嘆してしまったステラに、森の影からヴァニラがひょっこりと顔を出す。


「ねぇねぇステラぁ、だいじょうぶー? ヤケドしなかったー? 私、もっと魔術撃った方がよかったー?」

「ええ、まったく怪我はしておりませんよ。魔術もイイ感じのコントロールでした。ただ……ただ私の落ち度です。まさか、逃げ切られるとは思わなんです」


 普段通りの優しい笑み。そのはずだがヴァニラには物悲しそうに映っていた。

 一呼吸つくと、瞬時吐き出し足を地に強く踏み込んだ。震脚、踏鳴(ふみなり)と教わった技法だ。


 救えなかった己。力を発揮しきれなかった己。少年の覚悟を見誤った己。悔恨は尽きぬことは無い。


 長生きの分だけ悔いるせいで、発露の仕方も雑になってくる。

 最近はもっぱら魔力と同時に放つ打撃、大地を力強く踏みしめて澱んだ内々の気を放つことだった。


「舐めた真似をしました。取り返しましょう。すぐさま」


 深く息を吐いて笑みを消す。慢心を改めた彼女に今や隙は無かった。

 気付けばこちらを見ていたアルボザと目が合う。踏鳴の衝撃で気つけが効いたのだろう。何が起こったのか分からないが惨事が起こったのは分かっている、といった風だ。


「アルボザ殿、と仰っておりましたね。体調はいかがでしょうか。薬液を直接注射されたようですが」

「む……今は大事無い……はずだ。一瞬で気を失った劇毒だ、明日はどうなっているか知らぬ」

「でしたらそのままお聞きください。申し訳ありませぬが目視でおよそ二十余名、攫われてしまいました」

「……そう、か」


 そしてステラは起こった事を、事実のみを淡々と語る。アルボザの顔色は真っ青だった。体に残る薬の毒素のせいか、およそ里の人口の三分の一が攫われたためか。


「一先ずは治療を優先いたしましょう。私も多少ならば快復に繋がる魔術の類を使えます。薬液の効果の目星もおよそついておりますので、きっとなんとかなるかと」


 そう言って取り出したのは空の小瓶。以前ヘルメスの錬金工房を襲った鴉たちが忍ばせていたものだ。


「この薬液、推察ですが大気中の酸素を奪う性質を持っているのでしょう。薬液は魔力を触媒に酸素と結合し別の物質に昇華。結果として、一時的に空間から魔力と酸素両方が費えるのです」

「……つまり、我々から魔力を、風を、奪ったと」

「おそらくはそういうことかと。貴方たちが精霊の行使……中でも風の精霊の力を借りることに長けているのも、扱いやすさ故でしょう? そのことを知ってさえいれば、まずは優先的に魔力と風を奪う……そう思ったのです」

「……その言い方は不躾ですな。我らは敬意を以て精霊と交信している。妙な言い方は止めてもらえまいか?」

「申し訳ございません、口が過ぎました。ええ。なにせ魔力と元素の因子は世界に満ちている……故に神霊と精霊は親しみやすく、行使が容易だと知り合いが仰っていたので」


 不審な顔つきでアルボザは言葉の意味を探るが、ことステラは冷静極まりなかった。


 超自然的な力を精霊から引き出す〈精霊魔術〉は、名の指す通りあくまで魔術。魔力を触媒とし、力の媒体たる精霊を通して、火や風を作り出す。属性は行使する精霊に準拠するため、精霊が存在しない土地ではそもそも使用が不可能なのだ。

 水中で火を熾すことも、大地に風を吹き抜けさせることも土台不可能な話であり、桁外れの出力を誇る最上位精霊『スプリフォ』を行使するシアラすら、精霊のいない場所で力を行使することはできない。


 ――それにしても、この小瓶。


 服毒自殺した者の症状に酸素と魔力を奪う薬液。死因は酸素欠乏による窒息に加え、急速な魔力欠乏による心停止。まさに魔法のような薬液。


 ――ヘルメスちゃんの錬金術で作った薬みたいで……。


「……ともかくです。森を削った竜巻の後を追えば、逃げた子たち……『神霊王女』にその従者、そしてヘルメスちゃんとも合流できるのでしょう? であらばアルボザ殿。貴方がたも傷付いておられます。ひとまずは私たちに同行願えますか? 安全な場所なら思い当たります故、ゆるりと治療もできるでしょう」


 不信を払うように首を振り、提案するステラ。


「……ああ。有り難く、受け入れよう」

「ではまず全員を運び出しましょう。荷車、借りますね」


 ひょいひょいと倒れ伏すエルフたちを持ち上げる魔女二人。ヴァニラは大槌を抱えたまま片手で二人持ち、ステラは一挙に五人同時に抱え上げ、荷車にそっと積んでいく。


「……化物か、アンタら」

「こう見えてもヴァニラちゃん力持ちなんですよぉ」

「ステラもすっごい力持ちだからね!」


 目を真ん丸にしたアルボザ。ステラは場に似合わず、雰囲気に似合ったふんわりした笑みを浮かべる。

最後までお読みいただきありがとうございました。


「浮つく」と「余裕」。

確かな差はありますが、度が過ぎると「余裕」も大きな隙になるって話です。


それはともかくお婆さんが近距離武装でガンガン動き回る様は心躍ります。

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