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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#45 均き夢幻

 ヘルメスの体に流れる全魔力を黒雷に変換。

 効果範囲・射程範囲を闇の竜巻の中心部で固定。

 周囲に被害を及ぼさぬよう、誰一人として傷付けぬよう、闇を祓うように。


「『元素因子』充填完了、『錬成因子』確立――」


 残滓一つたりとて残さずに絞り上げた魔力を収束。


 『元素』を集約し、『因子』を確定。


「万物創造の始原たる紅蓮の焔よ、浄も不浄も飲み込み戒め無に帰し給え――」


 点火、そして解放――竜巻の中心部を起点に火焔が召喚されるや、爆焔は空を駆け、天へと昇り、蒼穹を貫いた!


「〈天罰の焔戒〉――!」


 大気を切り裂くような甲高いノイズを放つや、一瞬のディレイを伴い炸裂する。

 この世で起こるだろう一切を上回る轟音通りに威力は凄まじく、同時に驚異的な精度を誇った。

 轟々と威勢を強め森を飲み込まんとする巨大な竜巻のみを、跡形もなく消し飛ばした。


 静寂が場を支配する。まるで何も無かったように。

 何十秒も黙りこくっている。無音がむしろうるさく感じるくらいに。

 誰もこの静寂から逃げ出せず。破ることさえ罪深く思ってしまうほどに。


 プツリ――誰にも聞こえてないだろう僅かな音が、本人のみに聴こえると、ヘルメスは力無く膝をついていた。


「あっ」


 なにか頭の中の糸がプツリと切れたような、大事な線が断線したような音。


 ――これが聴こえた時はヤバいんだ。


 聴こえたのはいつ以来か。転生前だったろうか。


 ――これで二度目か。


 意識が飛んだこと、知覚できるはずのない事象が自覚できる。


 ――あの闇の精霊は?


 辺りの音はもちろん、心音さえ聴こえず、身体の感覚すら空へ、地へ、溶けて解けて離れていく。


 ――二人は無事なのか?


 そんな自身の一大事においても、ヘルメスが気にするのは二人の安否。


 ――ああ、泣いちゃってまあ。


 ぼろぼろと泣き腫らしてるシアラに、目の焦点が未だにあっていないニルド。


 ――でも、まだ駄目だ。寝るわけにはいかないんだ。


 暗転していく世界に残らんとするも、意識はそこで消えていた。


 シアラが駆け寄ってくる姿を最後に捉えられなかったのが、ヘルメスにとっては本当に残念だったろう。


「しっかりしてくださいヘルメスさん! こんな……こんなことって……!」

「この私が……錬金術師に……助けられた……」


 ニルドは呆然としている。傷一つ負っていない自分の体に。闇の精霊に捧げたはずの自分が生きていることに。心ここにあらずといった様子だった。


「駄目、魔力が……どうしても……」


 シアラは倒れ伏せたヘルメスに最低限の処置を施そうとするも愕然としていた。呼吸は弱く脈拍も遅い。体温は下がり切って氷のように冷たくなっていた。魔力が完全に枯渇しきっている故の症状だ。

 経口で丸薬を摂取させようとしても意識が無ければ飲むことも出来ない。〈精霊魔術〉で魔力の移譲を試みるも無駄だった。渡した魔力が途端に吸い尽くされるや体を通過して霧散していく。穴の開いた桶に水を注いでるようなもので何の意味をなさないのだ。


「どうすれば……」


 今際の際の崖っぷち。あと一歩で死を迎えるだろう、絶望的な状態だった。


「者ども、番えい……フィーネス。やはりその闇の精霊の力は危険すぎるのだ」


 ニルドの指示を失い周りで立っていたエルフたちから一人、姿を現す。

 細身ながら絞った体躯に鉄条のような筋肉を付けたエルフ。白い髭を長く伸ばし、風の精霊を傍に付けている。薄めた銀の瞳が鋭い輝きを放っている。


「アルボザ……皆、何故構えるの!?」


 古風な語り掛けに誰が指示をしたかを理解する。アルボザと呼ばれた者とエルフたちの敵意と弓矢は、全てニルドに、そしてヘルメスに向いていた。


「マナリア王女……ご容赦を。彼の者、ここで命脈を断たねば、今後神霊種に禍根を残しましょうぞ」

「その通りです! 闇は森を喰らい、いつかは滅びを招く……そこな錬金術師にしてもそうでございます! 村長と母君を殺した事実は拭い難きものです。この二人は今、ここで、止めを刺すべきでございましょうぞ!」


 「そうだそうだ」と、「今が好機だ」と。エルフたちの合いの手が上がる。それでもニルドは悲痛な面持ちをしながらも決して否定はしない。

 唯一彼女たちを守ろうとするのが、本来彼女らを裁くべき立場であり、二人の前に立つシアラだった。


「でも、ニルドは……ヘルメスさんは……! これが神霊種の里の総意なのですか!? 詳しくは知らないけれど聞き及んでいます。お姉ちゃんは……ニルドは亡き我が父と母に救われた恩義へ報いるべく、粉骨砕身の意気でこの里に尽力したと! ヘルメスさんだって……きっと……なにか、理由が……」

「そのようなことは分かっておりまする! ニルドが示した義について、我らが忘れるとお思いか!?」


 アルボザは叫んだ。わなわなと身を震わせ、奥歯を噛み締めて、耐えるように言葉の続きを絞り出す。


「しかし……それでもなお……王女よ。貴女を失えば今度こそ終わりなのです。これ以上里の者を失うのは私共とて……。錬金術師、汝恨むならば己が所業を……そしてニルド・フィーネス。汝に恨みなかれど、我らが未来のために、その命をここで散らすのだ」


 罪を断ずるように。抱いた迷いを断ち切るように。ヘルメスとニルド。二人へと矢を突き付けるアルボザ。風の魔力を込められた鏃はいとも容易く頭蓋をも貫き死に至らしめるだろう。それが四方八方、いつかヘルメスたちを狙った時の再現とばかりに三人を包囲した。アルボザが放つ一矢の号令に合わせて死の雨が降り注ぐだろう。


 意識を失ったヘルメスはともかく、ニルドも一切の抵抗をせず、ただ己が裁かれるのを待つ罪人のように身を正していた。


「放て――」


 号令と同時に矢が放たれる――はずだった。


 ――バチッ。


 号令を妨げたのは森で聞こえるはずのない放電音。


 一拍の空白を生み出した音に次いで、温暖な森に不釣り合いな一陣の寒風が吹き抜けた。


「やめろや……テメェら……」


 声の主は錬金術師、ヘルメス・トリスメギストス。音の正体も彼女から微かに漏れ出した黒雷の放電音。ゆらゆらと幽鬼のようにふらふらと立ちはだかるその姿は、名高き錬金術師とは思えないありさまだ。


 しかし平時のヘルメスが到底纏うはずのない気配が、徐々に、如実に、空間を満たしつつあった。


「俺を殺りたきゃ……好きなように、しろや……。だが……少しでもその子たちに……シアラちゃんに……ニルドちゃんに、手ェ出したら――」


 ――全員、殺すぞ。


 魂の芯の芯まで凍てつかせる声。

 鈍く暗く、澱みゆらめく蒼き瞳の焔。

 尽きたはずの魔力と異なる未知の恐怖。


「ひ……っ?」

「ヘル……メス、さん?」

「う……あ……」


 殺意はエルフだけでなく、シアラはおろかニルドさえ威圧した。


 意識は無かった。身体に魔力は欠片たりとも残っていない。

 拷問による肉体的苦痛に合わせ、強大かつ緻密繊細なコントロールを要する〈均しき夢幻〉による精神的疲弊も加わり、立っていることすらままならない……はずだった。


 ヘルメスを駆り立てるものは何か。

 故と理由を問うべき本人は既に虚ろの底に沈んでいた。


 二人を護る一心で立ちはだかるは、あの錬金術師。

 二人の親を確かに殺した娘を一人天涯孤独の身に晒した、あのヘルメス・トリスメギストス。


 心変わりなどでは到底言い表せない絶対なる矛盾に、矢を番えているエルフたちはただ立ち尽くしていた。誰も彼も、現状を正しく理解することなど到底無理だった。

 そしてとうとう、僅かにも満たない全てを吐き出したヘルメスは倒れ伏した。

 駆け寄ってくるシアラとニルドにも気付かず、他のエルフたちの顔すら見れずに。



 ――同時に、遠くの樹上から覗く無数の影たちが、錬金術師の沈黙を目視する。


「あの女、本当に里まで帰るとは……アホですかアイツ? 親殺しの一族の仇がですよ?」

「まさにアホなんだろうよ。正気の沙汰じゃねぇ。敵陣に一騎駆けするようなもんだ」

「にしても信じられねぇ噂だがな。錬金術師が神霊種の噂を握りつぶしたとか。あまつさえ神霊種の長を、親父とお袋を殺したとか。ヒッデェ話だぜ。子持ちにゃことさら堪える話だ」


 声を潜めて会話をする影は、一様に黒いマントで頭まで覆って身も潜めている。

 今やエルフたちは周囲に目と魔力の感知を配る余裕は無かった。魔力を限りなく抑え、探知範囲外から観察を続けていた。


 師団長より託された我らが仕事をこなすべく、時期を待っていたのだ。


「……この予測もまた、師団長の言う通りか。まったく、いつもいつも――」


 鎖で縛られた王を引きずる奴隷の紋付。

 反王政的な意匠を凝らしたマントを羽織る軍勢。

 陣中から鈍色の籠手をきしませて、一人の少年が姿を現した。


「超え甲斐あれど、掌の上で踊ってる気分だけはどうにかしてもらいたいね」


 眼帯の奥底の暗闇を露わにするは『屍喰いの鴉』――『商人』の師団長、コルヴォ=ランピオン・スレイグレイブだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。


新しい錬金術〈(ひとし)き夢幻〉です。

どんどん某錬金術漫画に近くなってますが、ヘルメスは万能型且つ属性満遍なく使えるので問題ないです。たぶん。


コルヴォ君の名前、変なところで止めてるせいかスレイブが先に予測変換で出てくる件(スレイが正しいです)。

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