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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
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#42 打算破算

「――聴こえたか?」

「ええ。ばっちりと」


 やや大きめの街路樹の上で二人、屋敷を眺める影があった。


「こちらの存在はばれていないだろうな? お前の話じゃ盗聴と読心の魔術を使う魔女がいるって言ってたが」

「ご心配なく。周囲に意識を向けている隊長だったらともかく、どうやら立て込んでいる状況みたいですから。それに――」

「例の〈音魔術〉か」

「プラス権能、です」


 身体を流れる魔力を自ら抑制する権能を持つヨハン。さらに音を操作する魔術を編み出し駆使する彼は、隠密行動に優れた適性を持つ。その能力を買われて『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』の斥候・偵察を務めている。


 ヨハンが施した魔術は〈消音(デッドサイレンス)〉――文字通り音を消す魔術だ。といっても、完全に消せるほどの効力は無い。あくまで音の指向性を操作して物音を聴こえにくくする程度。しかし〈消音(デッドサイレンス)〉にヨハンの権能〈隠密(ハイド)〉が加わると、こと隠密作戦において大きな武器となる。

 なにせ視覚よりも魔力が目に見え、気配よりも鋭敏に肌で感じるのだ。ただのスニークでは気付かれようにも魔力の反応を抑えれば、大幅に索敵される確率は下がる。


 ノクトの〈盗聴(サウンドコレクト)〉の範囲はヨハンが知る限り半径百メートル。彼女の調子次第で十メートル前後探知範囲の振れ幅があり、意識的に音の選り分けもできる――これが彼女の魔術の全て。

 今はノクトが近場の音――ガドルノスの身体が発する音に意識を向け、集中している。近寄る微弱な魔力にも、近づく微細な物音にもそう簡単には気付かないだろう。


 という前提があっても、そこは慎重なヨハン。探知範囲ギリギリの距離で、周到にも遮音領域を作り出し、声を潜めて会話をしていた。


「だけど、リルさんは気を付けてくださいね。権能の効果がかかっているのは僕だけですから、近寄りすぎないように」

「承知しているし、心配無用だ。気配を消すのは得意分野だからな」


 人狼特有の能力、気配希釈の異能。人狼として不完全なリルだが、感覚的な感知に関しては常人とは比べる対象が無いほどに優れている。それでもさすがに百メートル以上離れたこの場所からは、会話を聴けるほど異常でもない。


「して、なにやら大騒ぎしているようだが、なにがあったんだ?」


 屋敷内の会話を音の指向性を制御して、疑似的な盗聴を可能にしているヨハンへと、会話の内容を伺う。視界に捉えた場景と合わせても、いい雰囲気とは思えない。


「あいつら……!」


 勘は当たったようで、ヨハンが苦々しく言った内容に、忌々しさを隠さずに歯ぎしりするリル。

 錬金術師として表舞台に顔を出し始めたヘルメスの初めての依頼主、リュノアの身柄を狙うのは分かっていたことだった。しかし動きが早すぎる。こちらを襲ってからまだ半日も経っていないのだ。そこまで思慮する頭があの組織に備わっているのか、それとも頭目の知恵のまわり方が異常なのか。


「どうやら今日が復学日だったみたいですね。本人の希望でお付きの者も居なかったみたいです」

「……とことん呑気か。あのお嬢様は……」


 唇を読んだヨハンの声に、さすがのリルも苦言を呈す。

 街のどこか剣呑な雰囲気も、親と従者の僅かな機微も伝わらなかったのだろうか。それは当時その場に居たわけでもないのでわかりようがないが。


 だが、これで二人は現状の問題を理解することができた。


 第一にヘルメスが――主が神霊種に捕まったこと。

 第二にリュノアが鴉の連中に捕まったこと。

 第三に件の鴉の連中が未だルベドの森、ラブレスの街に潜んでいること。


 言わずもがな問題の解決には必然的に優先順位が付くものだが、今回はどれもが深刻だ。可及的速やかに処理することが求められる。


 とはいえ最優先事項に据えるのはヘルメスの安否の確認となる。

 神霊種の殺意は僅かな合間攻防を交わしただけで解することができた。明確に、確実に、実際に、ヘルメスを殺すことのみに執着していた。そんな連中の元に捕まっているヘルメスの安否が、今、この時、いつまで持つか……「安」から「否」になるかは誰も分からない。


 第二、第三の問題はおそらく並行して解決される事項だ。

 リュノアはあくまで人質として奪取したはずだ。それ以外の用途――あまり深くは考えたくないが――でもなければ、身の安全は保障されるはずだ。潜んだ鴉の連中も、まさか一つの街を統べる男の愛娘を連れて、他所の国へ逃げ去ることはしないだろう。


 ならば狙うは関わりがあり、戦う力の無い者。ラブレスの人間――分かり易く至りやすい答えにして、おそらく一番敵に理がありこちらに一番害のある戦術だ。


「だとすれば、次に狙われるのは? 見当がついているのでしょう?」

「現『聖天教』主教代理兼聖女――ラフィーゼ・エリュシオン」


 ラブレスの街にて『聖天教』を広く流布することを仕事とする『聖女』――ラフィーゼ・エリュシオン。彼女の名は一連の事件を経て、良くも悪くも大いに広まった。

 偽りの『聖女』であること。腐敗した主教の所業のこと。そして、途方もない美女が――ヘルメス・トリスメギストスが協力者として傍に居たこと。噂話から実話、嘘から誠の全てがない交ぜになって街を行きかっている現状、どちらも鴉の耳に入ってると思っていい。


 リュノアとガドルノスとの、リュカティエル家との繋がりが分かっていれば、彼女との接点を見出すのは自明の理だろう。


「妥当ですね。なら僕は、いち早く隊長と合流して『聖天教』の方へ使者を出してもらいます。リルさんが行く方が好ましいんですが……」

「心配いらない。ラフィーさ……ラフィーゼさんはレジーナさんにも何度か会ってる。事件解決に一枚噛んでもいたから、きっと信じてくれるはずだ」


 主教代理の要職に就いたラフィーゼの話も、つい数日前に手紙で聞いたばかりだが、彼女には神殿騎士団が――騎士団長リキエル・ジンドラークが付いている。彼の実力は実際に手合わせしたリル自身がある程度理解している。もしも敵わないまでも、深手を負わすも戦力を削るもできるだろう。


「了解しました。護衛の人手が揃ってるなら首尾は楽そうです。リルさんは?」


 目を伏せ、決断的に見開いたリルは言い放つ。


「人狼の隠れ里――私の里へ協力を仰ぐ」

「それ、は……」


 ヨハンは思わず答えに迷ってしまった。力を持たない故に捨てられた人狼たるリルが、自分を捨てた一族へと協力を仰ぐ。彼からは真意を読みがたい判断だった。


「その決断に至った理由は如何に?」

「今、鴉にあって私たちに無いものは頭数だ。特にあいつらは未だ底が見えない。隠しているのか、はたまた調達しているのかはさておきな」

「……それでも、魔女や魔法使い一人の戦力とは比較になりませんよ。一騎当千……とまでいかずとも、掃討殲滅は容易だと思いますが」

「なにも実力を疑っているわけじゃない」


 直接の戦闘を垣間体感したのも、『魔術小隊(ウォー・ソーサラー)』の一員たるヨハンの魔術を垣間見たのも、つい先ほどのこと。再三ながら、彼女たちの実力を疑うわけではない。

 一騎当千の実力を封じる手段は、手段を選ばなければ考えようはいくらでもある。それは神霊種に襲撃されたヘルメスの例が当てはまる。


「クロウって男。実力はまだ把握しきれていないけど、上に立つ者としての器量はあった。初対面の時に引き連れていた奴らも粒ぞろい。何人かはステラさんの魔術で倒したけど、あれは下の下だったから、本隊の練度はかなり高い水準で考えていいと思う」


 今必要なもの。リルは必死に考えた。


 一騎当千の強さか?

 一意奮闘の意思か?

 一閃撃滅の剛刀か?


 違う、今は違う。

 個の強さが当てにならない今、必要なものは群――数の力。

 しかし雑兵では務まらない役目。叶うなら狼の群れ、強者の兵が望ましい。


「冷静で、引き際を心得ていて、なによりも狡猾……話術詐術の申し子のような男が、ああ見えて主は心根が優しい……というより、甘い主の心根を読んでいたら? 有効な手段として、真っ先に何を思いつくか?」

「……なるほど。改めて考えるまでも無い、至極分かり易いことだ」

「だからこそ、人目は避けたかったんだがな。……まったく、しょうがない主だ」


 いくら怠惰で、ものぐさで。三欲と快楽悦楽くらいにしか執着が無くて。時に善悪の境界をも余裕で踏み越えて。


「けど、それを止めなかった。止めれば、あの方が悲しむから?」

「……かもな。後はたぶん、私のせいだ」


 彼女の申し訳なさげな一言に、ヨハンは理解した。

 それでも主は、従者の夢を叶えてあげたかった。錬金術師と人狼、互いに人目にも日の目にも当たることを許されない者たち。自分たちを誤魔化し、取り繕い、覆い隠しても、リルという一人の女の子に世界を楽しんでもらいたかった。


「――いえ。あの方は些末なことだと思っていますよ」

「……そ、そうか?」

「ええ。きっと」


 ……善悪の境界を踏み越えても。けれども、自分が決めた道は外れない。


 「家族の悲しい顔は見たくない」――酔いの気まぐれか、いつしか珍しく呟いた言葉をヨハンは思い出す。


 ――やっぱり優しい人だな。


 気恥ずかしそうにキャスケットを目深に被るリルへと微笑んだ。


「と、とにかく! 方針が決まったなら行動は迅速に、だ!」


 肺に深く空気を取り込み、大きく息を吐き出す。落ち着く時、二人して決まってこうしていたものだ。


 不思議と心は落ち着き、頭から雑念は離れてく。呼吸とは、げにまっこと不思議なものだ。


「救ってみせるぞ、主を。リュノアさんを。そして、シアラさんも――」

「ええ。叩き壊してみせましょう。奴らが描いた絵図を、一片残らず」


 今度こそ二人は駆けだした。

 互いが正しいと信ずる、未知待つ道の先へ。

最後までお読みいただきありがとうございました。


ああ、いつまで甘々とした展開を書けるのか、わかったもんじゃないです。

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