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転生と転性と天性の錬金術師  作者: いざなぎみこと
第二章 神霊王女争奪戦
43/62

#39 隠者奏者

 それぞれが各々の役目を果たすために森へ、街へと散開を始める。


 小隊の分配は三部隊、以下の通り。

 逃走した『屍喰いの鴉』の追跡追撃を務めるは、ステラ・ヴァニラの二名。

 街へと赴くはレジーナに加え分隊員のノクト・キャストの三名。

 そして最後にヘルメスとリル、シアラ。そしてもう一人、ルベドの森の深部へ向けて神霊種の里前の泉まで進んでいた。


「おっし。辿り着いたぞー! お化け植物め、なんつー繁殖力だ。三日見ぬ間に元通りだ」

「切り開いたのは私だがな」

「魔力の影響で生命力が異常なまでに高まってますからね。一応楽な道を通ったつもりですが、疲れましたね……」


 リルはククリナイフにこびりついた植物の汁を払う。一時間前に出発し、シアラが案内したルートを通ったものの、驚異的な生命力の植物が邪魔して思うように進めなかったのもあり、ここまで来るのに結構時間がかかった。

 森での狩猟や採集で歩き慣れているリルや、森暮らしのシアラはともかく、ヘルメスは既に疲れ切っている。「なんかいい感じにカッコいい木の棒だ」と言って拾ったそれを杖代わりにしている始末だ。


「ヨハーン……ちょいと休憩しよーぜ。気遣いじゃなくて、単純に俺がキツイってだけだがな」


 ヨハン――そう呼ばれた少年は外套のフードを退けると、にっこりと笑みを浮かべる。


「わかりました。それじゃあお茶にしましょう!」

「茶葉は無いけどな!」


 年はリルと同じくらいだろうか。外套と同じくやはり森林の色彩に溶け込むような緑色の短髪をさらりと流した少年は、そこいらに生えている香草を摘み始める。ヘルメスのツッコミに対して特に返す気もないらしいが、どうやら即席の香草茶を作るようだ。


「シアラちゃんは水汲んで、俺とリルで草刈るかぁ。めんどいけど」

「……やる気なさげだが?」

「事実やる気はない」

「だろうよ」


 ため息一つ、開始早々サボる主を傍目にリルは藪を払いながらヨハンの幼げな顔をしげしげと見つめていた。


「魔女ってより魔男じゃないか? 女の子に見えなくもないが、うーん……」

「……ぶふっ」

「で、実際どうなんだ?」


 当然の質問のようなその台詞に、ヨハンはこらえきれなかったようで口に手を当てふきだした。


「僕のような魔術学問を修了した男性は、所謂魔法使いと呼ばれてますね。性別の区別で魔女と魔法使いが分かれているにすぎませんよ」

「聞こえていたか。すまないな」

「それに『魔術小隊(ウォーソーサラー)』は魔女だけで構成されてはいません。男性の魔法使いの僕と、もう一人家事全般を担当しているリルさんみたいな人もいます」

「へぇ。待遇が良ければ私も行きたいくらいだな」

「おいコラ。完全なる安全を捨ててまで給金を求めるんか、おのれは」

「冗談だ。……にしても……」


 目線を上下に、まじまじと、品定めするようにヨハンを眺める。

 まずもって線が細い。腕にしろ脚にしろ、軽く力を込めると枯れ木みたく折れてしまいそうだ。少女の細腕よりかは肉付きは良いものの、男性にしては発育が悪いといえよう。疑うのはもっともと思ってしまい申し訳なく思うが、死線を潜ったことが無さそうなのほほんとした温和な表情が何より気がかりだ。


 怪訝な眼差しでじろじろ見られているヨハンも、ヘルメスへと助けを求めるように視線を出す始末。


「俺とレジーナのお眼鏡が曇ってるとでもいいたげだな?」


 悪戯っぽくつついてみるヘルメス。


「……正直、そうだな」


 むすっと、リルが断じた。


「あはは、よく言われます」


 それに怒るわけでもなく柔和な笑みを返すヨハン。その曖昧な対応にすらリルは癪に障る。


「んじゃ、君の腕前を証明するために、ちろっと披露してやんな」

「はい! それじゃあ隠れてきますね」

「……隠れる?」


 そう言ってヨハンはフードを目深に被ると茂みにがさりと潜り込んでいった。


「三秒間、目を閉じてろ。んで、その後魔力でヨハンの位置を探ってみ」

「ふむ、まあできないことも無いだろうが。主と違って」


 さらっとヘルメスをくさしてから、リルは三秒間目を閉じる。

 一、二、三。ゆっくりと数えて呼吸を整え、集中力を高めるために敢えて目は閉じたままにする。一つの感覚を研ぎ澄ます時、それ以外の余計な情報は遮断した方が良いことは経験則で知っている。肌を通して伝わる魔力の感覚の波を読み取り、位置を特定しようとすると――。


 ――何処にもいない?


 大気中の魔力はただただ濃いが、良くも悪くも均質化されている。他の生物が居ない限り常に一定である自然の魔力に、人間固有の魔力が混じれば魔力の波は当然乱れる。それが大きかろうと小さかろうと変わりない。

 故に視覚や聴覚よりも魔力を感知する方が簡単に生命を見つけることができる。狩猟にも応用していた便利な探知行為――のはずだった。


「……バカな」


 つい目を見開いて辺りを見回してしまう。

 ついぞさっきまで確実に捉えていたであろうヨハンの魔力が消えた。


「どこに――」

「ここですよ」

「――うわぁっ!?」


 言葉の半ばでリルの背後から亡霊のようにヨハンが湧いて出たとリルは錯覚する。


「びっくりさせるな! 斬りかかるところだっただろ!」

「そ、それは申し訳ないことをしました」

「いや反射的に斬るなよ。確認してから斬れよ」


 俯瞰で眺めていたヘルメスには事の全容を理解していたので冷静だが、リルは狐に鼻をつままれたくらいに驚いている。


「どういうことだ? 魔力が動いている気配がしないどころか、背後に回ったことすら気付かなかったが……」

「ふふふ、お褒めの言葉、有難いです。これが僕の権能、『隠密(ハイド)』です」


 権能――最早聞き慣れてしまった超常現象を差す単語に、つい納得と懸念と疑問が噴出する。


「権能、ね。かくれんぼじゃ無敵の力だが……しかし、今アンタからほとんど魔力を感じないな。たった一回きりの魔術行使で随分疲れている。どうやら自発的に魔力の気配を絶っているといったところか」

「……深い洞察、鋭い指摘。ええ、その通りです。」

 

 苦笑しているヨハンの顔色は言葉通り青ざめており、長距離を移動したわけでもないのに肩で息をしている。


 『隠密(ハイド)』の正体はジャミングに近いものといえる。

 ヨハンの体内に流れる魔力を意図的に極限まで低下させると同時に、魔力探知阻害の効果を持つ音波を流すことで他者の魔力探知を妨害する魔術だ。


 音――つまり空気の振動を媒介として発動するので、広域に効力が波及し味方の位置も副次的に隠蔽することも可能だ。しかし味方へも魔力探知阻害が及んでしまうデメリットがある。そして当然ながらこの世の空間上から姿形が消えるわけではなく、目で視ることはバッチリできる。『隠密』するのはあくまで魔力探知にのみ限られる。


「何分も使用すれば僕も結構辛くなっちゃうんです。自分自身で調整操作を行っているけど、自発的に魔力枯渇状態になりますから」

「魔力感知で敵を襲うタイプの魔獣などには高い効果があるみたい――だな……」


 ふいとリルの視線が一瞬ヘルメスの方へと向いたかと思えば、そっと逸らされる。


「おう、目線を逸らすなや」


 魔力探知ができない主人への当てつけに加え、ヘルメスの背後から聞こえる、がさりがさりと草木を踏み潰す音に対する脅威への警戒だ。


 三匹の灰色の体毛を持つ鹿――それは剛鹿(ダイアディア)と呼ばれる中型の魔獣。

 ガサガサになった灰色の毛皮は並大抵の刃物ならば掠り傷しかつかないだろう。敵対生物らしき三名を認識した紫色のつぶらな瞳は確かにこちらを見据えている。


「どうやら僕の『隠密(ハイド)』に当てられて魔力の識覚が狂ったみたいですね」

「そりゃ気が立つワケだ。急に五感以上に優れた感覚を奪われりゃあな」


 威嚇の唸り声と荒い息を上げながら、額をこちらに向けて地面を何度も蹴り上げる。強力な外敵ひしめくルベドの森で生存した象徴たる二対のねじくれた角は節くれだっていて、貫かれれば肉も内臓もズタズタに引き裂かれるに違いないだろう。


「さて、処理はどうする? 結果的に自分で窮地を作っておいて、私や主に投げるのは勘弁してもらいたいが」


 鼻で笑って責めるように焚き付けたリルに、ヨハンは不敵な笑みを浮かべる。


「これだけで僕はこの森を生きていたはずはないでしょう、フェンリルさん」

「リル、耳を塞ぎな。おもしれーモンが見れるぜ」

「ん? こうか?」


 耳に人差し指を突っ込んで塞ぐヘルメスと、器用に両の狼耳をぺたりと折りたたむリル。

 二人の耳の安全を確認したヨハンが短杖を外套から抜く。漆に似た黒色の木材を切り出して作った、いかにも魔法使いの持つ杖らしくはあるが、どこか楽団の指揮者が振るタクトにも見える。


 ヨハンの眼前で二度三度空で振るい、距離を測るように狙いをすますと――。


「空を弾き裂け、不協なる和音よ――〈雑音響(クイックノイズ)〉!」


 バシンッ、と乾いた音が響いた。


 しっかり塞いでいたヘルメスの耳にも音は届き、聴覚に優れるリルはなおさらだった。


「っつッ……」

「耳が良いってのは時に不便よな」


 反射的に目を閉じて、塞いだ耳をも刺激する音に呻きを上げるリル。

 

「ですがそれは、あの子たちにも同じこと」


 それより過剰な反応を示しているのは、今にも突進せんとしていた三匹の剛鹿(ダイアディア)


 爆音が響いた途端に音の逆方向へと全速力で駆け出して行ったのだ。


「今のは……?」

「破裂音です。イメージは落雷とか、多めの火薬に火をつけたような。とりわけ森じゃそうそう聴けないようなものですね」


 杖の先端に収束した魔力反応。空間から先ほどよりも小さくパチッパチッと、弾ける音が響く。


「お前、耳かきの音とか好きか?」

「む……ああ。あれは心地いい音がするな」

「じゃあ人が根菜とかの硬い物とか、歯応えのある食べ物を食ってる音とかはどうよ」

「なんだそれ。意識して聴いたことはないが、人の咀嚼音なんて聴いてて気持ちのいいものではないだろ」

「そーゆーことだ。お前が好きな音もあれば嫌いな音があるように、どんな生き物にも苦手とする音、音の高さと低さ、音域があるんだ。……耳良いからASMR嫌いそうだしな」

「危険だと直感で理解できる音は単純なショック効果も大きいですから、戦意を削ぐのにお誂え向きだったんです」


 些か理解しにくい……というよりも、前世の記憶から引き出した例はリルにはピンとこなかった。

 ヨハンが補足したように、獣は自然界で発生しない事象に関してこと敏感だ。炎、雷、こと音に関することにはことさらに。


 魔術〈雑音響(クイックノイズ)〉はそれを意図的に発生させる魔術。爆発音から雷の音、獣の鳴き声から放屁や排泄音まで自由自在だ――最も、後者をヨハンが行使することはあり得ないが。


「これが、僕の練り上げた魔術――〈音魔術〉です。音階を駆使して戦況を制圧する戦場の指揮者、とでもドヤっておきましょうか」


 二人に向けてウインクしたヨハンは、ピースサインをして悪戯っぽくはにかんだ。素直に称賛したいが、くさした手前褒めるのも難しくなったリルを真似るように。

最後までお読みいただきありがとうございました。


闇落ちしたり仕事が増えたり日々大変ですが、これからもよろしくお願いします。

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